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 階段付近でジュデイとシンディと合流して、また雑談をしながらA館へ向かった。その雑談の内容は主に、大勢で1人の教師に教えを乞うという人生ではじめての体験に対する胸の高鳴りだった。


「これまでお母さんか家庭教師のマンツーマンの勉強しか知らないから、あまり想像がつかないね」ジュデイが言った。


「そうねー」と私は応えた。実を言えば学校教育がどういったものかについて身に染みて分かっているのだけれど、そんなことはおくびにも出せない。「私も本でしか知らないけれど、勝手に「いまのところがよく分かりません」なんて質問はできないから、予習復習をしないと人によっては置いてかれちゃうかもね」


「うわぁ、大変だぁ」


 ジュデイは口もとを歪める。


 確かに、と私は思った。6歳から学校教育に慣らしていく前世と違い、これまで集団で行動する経験をほとんどしてこなかった16歳がもし学習進度で躓いてしまったら、それはよほど大変なことかもしれない。


「……でも大丈夫よ」私は言った。「放課後に私のところに来てくれればいくらでも教えてあげるわよ。もちろん、なにか用事があればその限りではないけれど」


 そもそもだ、前世の感覚で言えば授業内容や進度はかなり易しい。3年の後期に受験戦争を戦うわけでもないし、留年制度があるわけでもない。ただ、恥をかくだけだ(いやその恥こそが、貴族階級がもっとも恐れる概念の1つであるわけだけれど)。


「うん」とジュデイは頷いた。「時間があれば見て欲しい。でも、前みたいに理由もなしにするっといなくなるのはやめてほしいかな」


「ごめん、今度からちゃんと理由を言うわ」私は言った。


「私も頼ってくれてええんやで」シンディが言った。「こう見えて勉強も得意な方やから」


「文武両道なのね」ディアナが言った。


「私は意外とは思わないわよ」


 私は言った。昨日の目を腫らした私への気遣いは、確実に頭の回転のはやい人間のそれだった。


「誉めてくれてるってことでええんやんな?」シンディが応えた。「おおきにな」


「私にだって聞きに来て欲しいわ」ディアナが言った。「それぞれの得意分野だってあるでしょうし、あなたにだって私たちよりも得意な科目が今後見つかるかもしれない。その時は是非アドバイスをちょうだいね」


「うん、ありがとう」ジュデイは笑った。



 そんな会話を暫くして、8時40分過ぎに無事A館に到着した。通りすぎる学生課や同学部生に、おはようございます、と軽く頭を下げて、階段を上って1年生のフロアに進む。そしてまた後でと手を振ってそれぞれのクラスに散っていった。3組に顔を出すと、また何人かの女子のクラスメイトが私を心配しにやってきた。潜めた声で、もう大丈夫なの? と声をかけてくれる。私は、もう元気100倍よ、と答えて、クラスメイトは改めて安心してくれた。幸いなことに、男子のクラスメイトに私の涙のことは伝わっていないようだ。()()()()()()()()をされずに済みそうだ。


 そんなこんなで8時55分になると、ディオンヌ先生が教室にやってきた。「おはようございます!」


 先生は扉を開けると、明るい表情で快活な挨拶をした。私たちも、おはようございます、と返す。先生は教壇の前にさっと移動して、手にしている黒のハンドバッグをその上に置いた。


 先生は教室の全体を見渡してから言った。「全員揃っていますね。ですが一応出欠だけはとらせてもらいます。私も含め皆さんも、まだ名前と顔の一致が不十分でしょうし、返事の声からいろいろ分かることもあります。ご協力をお願いします」


 先生はハンドバッグから名簿らしきファイルを取り出し開くと、ではさっそく、と言って男女関係なしの50音順で名前を読み上げていった。私たちは名前を呼ばれると、はい! と大きな声で応えた。全員の出欠確認が終わると、先生はファイルを閉じた。


「みなさん、本日も元気そうで何よりです」先生は言った。「今日から魔法の授業が本格的にはじまります。みなさんのほとんどが、いまだ安定して物を浮かせ続けるのが困難な状態だと思います。そんな状況から安定して物を浮かせたり、ここは火操学部ですから火を自由自在に操ったり、一歩踏み込んでその他の属性の魔法を使いこなせたりできるのか、きっと不安の方が先行していると思います。私も当時は同じことを思っていました。でも安心してください。この学部に入学して、少なくとも浮遊や火をまったく操れないとなった人を私は知りませんし、私がそんなことにはさせません。みなさんはただ楽しんでください。それに今日、4時間目にさっそく浮遊魔法の実技があります。私が教わった時と同じ担当の先生が懇切丁寧に教えてくれて、50分の時間で確実に自分は変わったと実感させてくれます。その積み重ねを存分に楽しんでください。もちろん、1時間目の私の魔法史の授業もね」


 クラスの雰囲気がとても和やかになる。先生のアドバイスの内容自体も然ることながら、最後のフランクなお願いにディオンヌ先生の新たな魅力を皆が見出だしていた。


 先生は気持ちよく微笑んでからいくつかの事務的な連絡事項を伝えて、9時半までの小休憩を告げた。用を足しに教室を出るもの、近くのクラスメイトと雑談するもの、先生に話しかけにいくもの、エトセトラ、みな様々に過ごす。私はジュデイとたわいもない会話をして(もちろん、座っているのは教卓正面の席だ)、小休憩の終わる1分前には教科書を机に出して準備した。



 時計が9時半を刻むと始業のチャイムが鳴った。先生は教室に生徒全員がいるのを確認してから言った。「それでは授業を行います。みなさん、教科書の5ページを開いてください」


 私たちは速やかにその指示に従う。指示されたページは、私が登校前に部屋で先に目を通した「はじめに」の部分だった。


「この部分を抜き出してテストに出るなんてことはありませんが、せっかくみなさんが学ぶ学園の設立経緯や目的が端的に書かれていますので、さっと触れておこうと思います」先生は軽い咳払いをして、教科書の記述にある程度沿いながら自分の言葉で解説をはじめる。「モータウン学園はいまから666年前、現在の王室の創立とともに富国を目的として設立されました。魔法自体の発祥は隣国の「ファシナンテ王国」になりますが、我が国のこの学園こそが世界で初の魔法の国立教育機関です。学園の設立以来数多くの優秀な魔法使いを排出し、彼らの働きによりこの国は世界一の魔法国家となりました。いまや魔法の最先端のほとんどが、この国から全世界に向けて発信されていると言って過言ではありません。私たちはその誇りと使命を胸に、これからもその権威の歴史を紡ぐための努力を惜しんではならないのです。――なんてことが書かれていますが、そこまで気を張る必要はありません。先ほども言ったように、みなさんはまずただ楽しんでください。権威や誇りや、使命や責任なんてものは、楽しむことの先にあるのです。それをすっ飛ばしてそれらに囚われると、いつかひどい竹箆返し食らってしまう。私はそういう人たちを何人か見てきました。私はみなさんにそうなって欲しくはありません。ただ、それは難しいことではありません。まずは自分だけの目標をつくることです。他人と自分を比べず、自分の中のものさしとにらめっこすることを、それを忘れなければ魔法は必ずみなさんに応えてくれます。私はそれを歴史を通して伝えていければと思います」


 先生は一呼吸を置いて、気持ちのいい笑みを浮かべた。


「では、本格的に授業内容に移ります。9ページを開いてください」

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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