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友達っていいね。
私は言った。「4号館に駆け足で向かって、5分くらい入り口で待っていたら彼女が1人で出てきたの」
彼女は相変わらずひどく落ち込んでいた。私が声をかけても心ここに在らずと言った具合で、食事に誘っても「いまは何も食べたくない」という返答だった。近くのベンチに座りそこからしばらく無言に近い状態になって、結局何もできぬまま解散になってしまった。それがいろいろショックだったんだと思う、と私は話した。
「もし私があの直後のエイダと会っていたら」を想像して、そこから物語を組み立てていった。何も食べたくない、は自身の部屋に戻った際の率直な気持ちを代用した。全て真っ赤な嘘で通すのは無理だと私は判断した。だったらいっそ、私の感情的な揺らぎを3人にも共有してもらおうと考えた。ある種の復讐のための機械であることをやめて、こうして私のために時間を作ってくれる3人の友達がいる状況下で、全てを1人で抱え込むのはリスクが高すぎる。もし何かしらを取り零してしまった時、宿願と友達を同時に失うことにもなりかねない。だったら開示できる部分は開示して、責任が発生しない範囲内で、一緒に思考してもらうことが現在の最善に違いなかった。
「きっと何か生徒同士のトラブルを抱えているんだろうなということは感じたの」私は言った。「ただ、私はそこから1歩も踏み出すことができなかった。それをするためには私は彼女を知らなさすぎたし、彼女には何か、私なんかが触れてはいけない孤独のようなものをその身に含んでいるように感じたの。根本的に。ちょんと指先で触れただけで薄い陶器のように割れてしまうような、そんな危ういもの。最悪こちらまで傷つきかねないもの。私はそれを恐れてしまった。多分、それが1番のショックだったんだと思う。その陶器の中に納められた彼女の孤独の本質を目撃することで、私自身が致命的に損なわれてしまう予感がしたの。でもそれはあくまでも予感で、もう既に確定した事実として目の前の彼女はとても傷ついていた。それらを天秤に乗せて、私は自分が損なわれてしまう予感の方に傾けてしまった。抱き締めてあげるだけで何かしら彼女の中でよい効果が期待できたのかもしれないのに、結局何もせずにただ損なわれた彼女の背中を見送ってしまった。私は自分のその卑劣さを許せなくなって、泣いてしまったんだと思うの」
「……それは、あなたが思うほど卑劣なことではないと思うわ」ディアナが言ってくれた。「その薄い陶器のような孤独って、きっと誰しもの心の中にあるものなのよ。私もあなたも、ジュディやシンディにだって。それが何かの大きな力によって掘り起こされてしまっただけ。きっとあなたはその大きな力の方を恐れてしまっているのよ。それが何かの拍子で自分に降りかかるかもしれないという可能性に手足がすくんでしまったのよ。その大きな力に損なわれる自分を想像してしまったのよ。その彼女を通してね」
ディアナの言う通りだ、さすがの言語化能力だと思った。私はいま、エイダを通して自身の深く狭く暗い場所に進み入っているのだ。まるで井戸の底に降りていくように。そして、それはエイダのことだけじゃない。この学園で私の体験する全ての事柄が、そのメタファーでもあると言って差し支えがないのだ。
「でも、それってそこまで責められることでもないと私は思うわ」ディアナは続ける。「だって昨日会ったばかりの仲なんでしょう? むしろ会いに行くという選択肢をとっただけでも素晴らしいことよ。それだけで、彼女はとても嬉しかったと思うわ」
「……そうかな」
私はより胸が締め付けられる気持ちになった。
「なぁ、それってやっぱいじめとかなんかな?」シンディが言った。
「その可能性が高いと思う」私は答えた。「でもそれは憶測の域を出ないわ。現時点でそれを前提に物事を語るのは危険すぎるわ。とりわけこの学園の中においてはね」
「……ねぇ、今度私たち4人でその彼女に会いに行ける機会とか作れないかな。味方がたくさんいるって分かる方が彼女にとてもいいと思うの」ジュディが言った。
「――そうね、考えてみるわ」私は答えた。
ここまでを話したところで、注文した料理と飲み物が運ばれてきた。閉店まで後30分を切っていたので速やかに食し退店した。寄り道せず寮に帰って、部屋の前に着いたのは17時を少し回ったところだった。今日は寮の食堂が19時から、大浴場が20時から利用可能になっているので、また少し会話をしてから階段に18時50分と約束して一旦解散した。部屋に入るとディアナがまた少し心配してくれた。言語化した後に遅れてやってくる震えのようなもの――まさに過去の性被害を告白した時に訪れる冷え冷えとした感触と同質のもの――を彼女は気にかけていた。私は軽く体を動かし健勝をアピールして、それが杞憂であることを伝えた。
ディアナは安心すると言った。「時間まで読書していたいのだけど、構わないかしら?」
「ええ、もちろんよ」私は答えた。「私も『孤児たちはみな唄う』の続きを読むわ。また時間になったら声をかけるわね」
「そうしてもらえると有難いわ」
彼女はさっそく、自分のシステムベッドデスクにハードカバーを広げて読みはじめた。私は歯磨きをして、今日渡され教科書を整理してから、自身のシステムベッドデスクに座り文庫本を開いた。
私は18時半に読書を中断した。『孤児たちはみな唄う』は、後1つの物語を残すところまで読み進めることができた。しかしディアナに声をかけるにはまだ少し時間が早かった。私はひとまず薄めの折り畳めるバッグに溜まった洗濯物を入れた。廊下の給水室の横に魔法で動く洗濯乾燥機が部屋の数だけ並ぶランドリーがあって、食事と入浴中に作動させて帰りに回収する算段を立てた。その準備を終えると時刻は18時37分になった。私はディアナに声をかける。やはりそれだけでは反応はなかったので、肩をタタッと叩いた。
「時間ね、ありがとう」ディアナは応えた。「どう、『孤児たちはみな唄う』は読みきれたかしら?」
「ごめんなさい。まだ最後のお話が残っているのよ」私は答えた。
「そんな謝ることじゃないわ」彼女は言った。「私が勝手に、ネタバレを気にせず語り合いたくてうずうずしてしまっているだけだから」
少し頬を染めながら言う彼女はとてもかわいらしかった。
「じゃあしっかり読み込まないといけないわね」私は言った。「ねぇ、食堂へ行く前に洗濯機を使いたいから少し早めに部屋を出てもいいかしら?」
「ええ、構わないわ」彼女は答えた。
私とディアナは着替えやタオルを準備して速やかに部屋を出た(食事を終えたら部屋に戻らず、そのまま大浴場を利用するからだ)。時刻は18時45分だった。階段付近にまだジュディとシンディの姿は見えなかった。私とディアナはランドリーに入り、自分達の部屋番号が割り振られた洗濯乾燥機を見つけた。並んだ洗濯乾燥機全てにそれぞれの部屋番号が割り振られている。金属製のコンパクトで白いドラム型だった。私はその中に洗濯物を入れて、指定の場所に粉末状の洗剤を投入し、スイッチを押した。洗濯乾燥機が回転をはじめる。仕組みは前世のものとさして変わらない。泡まみれになる洗濯物を見送りランドリーを出ると、ジュディとシンディが階段付近に到着していた。私たちはまた少し雑談をしてから階段を降りる。私たちは昨日と同じように食堂と大浴場を利用した。ビュッフェ形式の夕食を楽しみ、体を洗ってから広い湯船にディアナの頬の柔らかさを堪能しながら浸かった。その間、またクラスメイトが私を心配し声掛けをしてくれた。どうやら女子のクラスメイトのほとんどが私の涙ながらの帰寮を知っているみたいだった。私はそれに恥ずかしさを覚えながらも、とにかく健勝をアピールした。そしてまた明日と手を振って別れた。
大浴場から出ると、私たちは速やかに自分達の階に上がった(今日はレベッカを見掛けることはなかった。でもきっと、昨日とは対照的に胸のすくような表情をしているに違いない)。私たちはまた階段付近で少し雑談をしてから別れた。私とディアナは、私の洗濯物を回収しにランドリーに入った。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




