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ここから第3章突入です。章題は「Imagine Dragons」楽曲より。
寮までの帰路において、私が涙を流していたことは何人もの生徒に目撃されていた。それはとりわけ1年生の中でちょっとした噂になり、やがて体験入部を終えて帰寮するジュディやシンディの耳にまで届いた。2人は汗をかき汚れた衣服のまま、私とシンディの部屋に急行した。扉から大きなノックの音がして、ホイットニーいるぅ? とジュディの声がした。
「ええ、いるわよ」ディアナが代わりに返答してくれた。「鍵空いてるから、そのまま入ってきなさいよ」
扉は即座に開かれて、白を基調とした練習用サッカーユニフォーム風衣装をした2人が心配の面持ちで入室する。時刻は15時25分だった。私は自身のシステムベッドデスクに座り、ディアナは自身の椅子を移動させて私の側に腰を下ろしていた。
「一体何事よ?」
この時、私は自身の帰寮時の様子が噂になっていることをまだ知らなかった。
シンディが言った。「さっきそこで私のクラスメイトから、あなたたちの友達が少し前に泣きながら帰ってきたわよ、って聞かされてな」
私はその指摘によって、はじめて大事になっていることを認識した。
「ホイットニー、本当に大丈夫なの?」ジュディが言った。
私は応える。「ええ、すっかり落ち着いたわ。心配かけちゃってごめんね」
ジュデイは玄関先でしゃがみこんでしまう。そして泣き出しそうな声で言った。「ほんと、ずっと心配してたんだよ。勝手にビューッとどっかに行っちゃただけでも悲しかったのに、今度は泣いて帰って来たって聞かされて、なんかおっかないことにでも巻き込まれたんじゃないかなって。……ねぇ、あの時どこに行ってたの? 危ないことしてたの? 何で泣いて帰ってきたの? ちゃんと全部教えて」
私はまた申し訳ない気持ちでいっぱいになった。しかし、正直に全てを話すことはどうしてもできない。どうやって誤魔化そうか考えていると、ぐぅー、とお腹の音が鳴ってしまった。
「なんや、何も食わんと帰ってきたんか?」シンディが言った。
「ええ、そうなの」私は答えた。
「せやったら、またどっかの食堂行こか? ホイットニーも何か食いながらの方が話しやすいやろ。私とジュデイも運動後の補給がいるし。それに、いつまでも汚れた格好で人の部屋におる訳にもいかんしな、シャワー浴びて着替えてくるからホイットニーも出る準備してぇな。ディアナも飲みもんだけでもどない?」
「勿論一緒するわ」ディアナは応えた。
「ほら、ジュデイも立って一旦部屋戻ろ」
うん、と言って、ジュデイは立ち上がった。
シンディが扉を開けて、2人が一旦退出する。シンディの気遣いに、私は感謝してもしきれなかった。
学内の食堂は、平日は制服で利用するのが原則のため、私とディアナは特に着替える必要性がなかった。ディアナは椅子を自身のシステムベッドデスクの前に戻し、そこで座って待ってくれている。その間、私は洗面台で顔を洗った。目の充血は退いているけれど、目もとが幾分腫れている。私は化粧水を手持ちのコットンにつけて数分目を覆い冷やした。次に温かいシャワーを浴びて血行の促進を促した。シャワーを終えてバスタオルで体を拭き、ヘアドライもしてまた制服を着用する。もう1度鏡を見るとましになった気はするけれど、まだ少し気になる。むくみの方は諦める他ないので、色味だけは薄めのファンデーションをつけることで誤魔化した。
最低限人前に出られる状態に整えると、私はディアナに声をかけた。「ごめんね、付き合わせちゃって」
「全然、大丈夫よ」
ディアナは読書をせず、椅子にちょこんと座って待っていた。
「本を読んで待っててくれてよかったのに」私は言った。
「いま読んでしまうと切りが悪くなってしまいそうだったから」ディアナは答えた。「ねぇ、先に聞くけど、本当に誰かに危ない目にあわされたわけじゃないのよね?」
「ええ、それはないわ」私は応えた。「どちらかといえば、私個人の感情的な問題なのよ。ちょっとしたきっかけで、ブワッと溢れ出して止まらなくなっちゃった感じというか」
「そのきっかけが入学式の日に会った同年生なのね。でもそれは、直接的に何かひどいことをいわれたわけじゃないと」
「そういうことね」私は応えた。「ただ一口に説明するのは結構難しいの」
「2人が来た時でいいわ。いまは無理しないで」
ディアナは私が泣きじゃくっている間も、少し落ち着いた後も、どうにか理由を聞き出そうなんてしなかった。ただ優しく寄り添ってくれた。それが本当にありがたかった。もちろん、ジュデイのように問いかけてくれることも大切だ。解決や納得に言語化は欠かせない。しかし、ただ素直な体温で無条件に包み込んでくれる場所が、最初は何よりも欲しいものなのだ。3人がそれぞれ異なる役割をもって、必要な優しさを私に与えてくれている。
こんこん、と、今度のノックの音はさっきよりも優しかった。タイミングよく、ジュデイとシンディが迎えに来てくれたようだ。私は、どうぞ、と声をかけた。扉が静かに開かれて、2人はまた玄関先に立つ。もちろん、2人とも制服に身を包んでいる。
「お待たせ」シンディが言った。彼女も控えめなメイクだけをしている。「ここから1番近い『オレンジサイドカフェ』に行こうと思うんやけど、ええかな?」
「ええ、もちろん」私は応えた。「みんな、ありがとう」
ジュデイとシンディには一旦廊下に戻ってもらい、私とディアナは靴を履いた。そして廊下に出て鍵を閉めた。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? しんどくない?」
私が施錠する後ろからジュデイが言った。振り返ってジュデイの目を見ると、少し充血している。端から見たら、泣きながら帰ってきたのは彼女の方に映るかもしれない。
「ええ、体は元気よ。お腹の虫がなっちゃうくらいにはね」私は答えた。「今回のことは、オレンジサイドカフェに向かいながらちゃんと説明するわ」
寮から出るまでにクラスメイトの数人に声をかけられた。私はそれぞれに、もう大丈夫よ、と応えて大したことじゃないと簡潔に説明した。クラスメイトは現在の私の様子を見て納得してくれた。また夕食で、と手を振って別れた。
ジュデイたちへの説明もとい弁解は寮を出てから開始された。まずは部屋でディアナにしたのと同じように、入学式前にあった別学部の同年生に会いに行ったと説明した。
「初耳ぃ」とジュディが言った。「何で教えてくれなかったの?」
「とても恥ずかしがりやで内気な子だったから、あなたが会ってみたいとなって突撃でもされたらびっくりして泣いてしまうと思ったのよ」私は答えた。「私も危うく泣かれかけてしまったんだから」
私は続けて、エイダとの邂逅を――彼女の名前と平民であることは伏せて――おおまかに説明した。中庭にて、よそ見をしていた彼女が私の背中にぶつかってしまったこと。そこから施設案内をしていた上級生のもとに一緒に学部の場所を聞きにいって、彼女の学部棟の入り口までついていったこと(治癒学部ということは開示した)。その部分においては一切の偽りを挟まなかった。そもそも挟む必要性がなかった。問題はここからだった。
邂逅の説明を終えたところで、私たちはオレンジサイドカフェに到着した。A館の2つ隣のE館1階の内部にて軽食を中心に提供しているところで、学園内の食堂で1番遅い17時――ラストオーダーは16時半――まで営業している(その他の食堂は15時くらいには閉まってしまう)。こぢんまりとした茅色を基調とした内装で、ドリンクメニューとパンの種類が豊富だった。現在、時刻は16時20分だった。利用生徒は閉店間際で少なく、私たちは6人掛けの四角いテーブルに通された。それぞれメニューを見て、ディアナはジャスミンティ―を、シンディとジュデイは――シンディの指導により――ミルクと鶏肉サラダを、私は水とデミグラスソースのかかったオムライスを注文した。料理と飲み物が運ばれてくるのを待たず、私はさっそく続きを話しはじめる。
不正直を実践する。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




