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【連載版】彼女が悪役令嬢? それって「あなたたち」の感想ですよね?  作者: 福原光花
1,2 ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス
21/111

10

生きててすみません(メンヘラ発症)

 

「わ、わた、しは、あなたの婚約者に対していかがわしい気持ちを向けて、しまいまし、た」エイダは俯いた状態で呟くように言った。


「え、聞こえないわ。もう1度言って」


 レベッカにはもちろん聞こえているはずだ。口もとがニタニタとほころんでいるのだから。


 レベッカは先ほどからの大きな声で、顔を上げて、という要求にくわえて、具体的に、を追加させる。そして何度も文言を訂正させる。その時間がこれまでのやりとりで1番時間を取った。


「私は!」エイダは顔を上げて叫んだ。その声は枯れていて、痛々しいノイズが混ざっていた。「ロバート会長に対してよこしまな視線を、何の自己批判もなく垂れ流しにしてしまいました。自身の身分や相応も考えず、既に固く結ばれているかもしれない誰かの存在も考慮せずに、まるで涎を垂らした獣のように。私はそんな自分が気持ち悪くて仕方がありません。でも、いまエイダ様に教育をしていただいて、そんな自分を分離、殺すことができました。もうこんなことはロバート様だけでなく誰に対してもけして致しません。本当に、……ありがとうございました」


「――やっと分かってくれたようね」レベッカはやっと満足した。


 レベッカはずっと両脇から肩を押さえさせていた取り巻きの2人に、無言のまま顎をしゃくって立たせるように指示を出した。エイダは腰が抜けている様子で、立つのに一苦労した。最終的に壁に寄りかかるようなかたちになった。


「声が枯れるまでよく頑張ったわね」レベッカは言った。「そのままだとかわいそうだから、いまから治してあげるわ。あなたにとっては、ちょっとしたお手本になるのかしらね」


 レベッカは杖を取り、反対の手でエイダの喉元に軽く触れて、()()()()()を唱える。「『ゲリゾン』」。


 レベッカの手がライトグリーンに発光する。するとエイダは自身の喉に起きていた炎症や痛みや閉塞感が取り除かれていくのを感じた。レベッカは続けて、エイダの顔を両手で覆った。エイダは目を瞑りビクッとするも、もはや抵抗する力も意志もなかった。エイダの顔からは乾き張り付いた涙の不快感と目もとに蓄積された熱が取り除かれた。


 治癒の呪文は炎の属性とまさに対極の位置にある魔法で、それも操ることのできるレベッカの優秀さを端的に提示しているシーンだ。そしてそれもまた、レベッカのエイダに対する優位を誇示するシーンの1つでもある。


「はい、これできれいな顔に戻ったわ」レベッカは言った。「次は服ね。これは私の得意な火・熱に関連する魔法よ」


 レベッカはエイダの胸ぐらの辺りに手をかざし、唱える。「『ルパサジ』」


 レベッカの手が今度はピンクに光り、上下に擦るような動きを見せる。すると深いしわになってしまっていた部分がきれいに伸びてしまった。しかしほんのり温かいだけで、火傷しそうなほどの高温は感じなかった。レベッカはそれを他の目立つところでも行った。


 治癒の魔法のおかげもあって思考が正常な働きを取り戻しつつあるエイダは、やっとレベッカの行動の真意を理解した。レベッカはいま、私が傷ついたという客観的事実を悉く隠蔽、消し去ろうとしているのだ。


 

「制服もこれで元通りね」レベッカは言った。「これから3年間着るものなのだから、大事にしなきゃダメよ」


 レベッカの言い種はまるで他人事だった。誰のせいでそのしわができたのよ、なんてエイダは口にしたくなったが、顎がわずかに震えるだけでそれは声にならなかった。体がもはや抵抗を拒否していた。


「最後にこれだけは言わせてね」レベッカは言った。「大事なのは継続だからね。もし今日のことを忘れてまた不正直を行っているのを見たらまた教育をしないといけなくなるから。気を付けなさい」


「……はい」


 エイダはその体の意志を受け止めるより他なかった。


 レベッカは遮音の魔法を解いてから言った。「エイダさん、ごきげんよう」


 レベッカは翻り、取り巻きを連れて立ち去った。今日は街道沿いのどの店で昼食を取るかという話をしながら。



 エイダは壁に寄りかかったまま、しばらく動けなかった。このまま霧のように痛みもなく消えてしまえたらいいのになとまで思った。しかし、こんな時でもお腹は空いてしまうもので、ぐぅー、と大きな腹の虫が鳴った。体は心とは裏腹に生きることを望んでいた。エイダは食べ物を求めて、袋小路を後にした。


 エイダはとりあえず、昨日ルームメイトと利用した学部棟近くの食堂でクリームパスタをテイクアウトすることにした。それを寮の部屋で食すことにした。


 エイダは食堂までの移動に注文と受け取りをこなすなかで、密かな期待を抱いていた。誰か、私が受けた傷に気付いてくれないかと。しかし、誰も気付いてはくれなかった。外的な痕跡はレベッカによって悉く消し去られていた。いっそ大声を出して泣き喚くことができたらいいのだろうけど、涙は既に枯れ果てて、叫びも喉の奥さらに深いところで完全につっかえていた。まるでレベッカに何かしらの呪いをかけられたみたいに。いや、暴力とはまさに呪いそのものなのだ。


 エイダの痛みや傷は客観的に完全にないものとなった。レベッカと4人の取り巻き以外に、誰も私が損なわれたということを知らない。知る手立てもない。エイダはその事実を噛み締めて、自身の部屋へ帰室した。ルームメイトはまだ帰っていない。彼女は速やかにクリームパスタを食そうとしたが、パスタを巻いたフォークをうまく持ち上げることができなかった。結局1つも口も運べないまま、パスタを残してベッドに潜り込んでしまった(部屋の内観は私の部屋とおおよそ変わらない)。そしてやっと、一滴だけ涙を溢すことができた。冷えていくパスタが醸す悲しい匂いだけが、彼女を慰めているようだった。




 

 私 (ホイットニー)も自身の部屋へ帰室した。扉のノブに手を掛けると回ったので、ディアナも戻っているようだ。私は静かに扉を開いた。


 ディアナは自身のシステムベッドデスクに座り、あのトランス的集中力でハードカバーを読んでいる。もはや見慣れた光景だ。ハードカバーのデザインはまた違うものだった。ただそれには見覚えがあった。オータム・ジェラルドの、私も読んだことのある比較的最近の長編だった。題名は『巡礼の土地』。


 ただいま~、と一応声だけは掛けた。もちろん、ディアナからの返事はない。私はそのことに逆に安心した。私がジュディに具体的な理由を告げず教室から速やかに出ていったことは彼女も知っているだろうし、極端な心配をされたらどうしようと思ってはいたのだけれど、それは杞憂だったようだ。


 私も自身のシステムベッドデスクに座る。暫くボーッとしてから、昼食を食べていないことを思い出した。しかし、食欲はまるでなかった。飢餓中枢が遮断されたようになにも感じない。エイダとは対極だ。



 今更ながら、エイダを助けにいくべきじゃなかったのかと思った。私のやったことは、客観的に見て自身の批判する傍観者のそれだった。そこにどれだけ高尚な目的を用意したところで、そんなものは客観的には何の意味もない。いまの私では見張りの2人を突破することすら不可能だろうけれど、そうであれば大人に報告するだけでもよかったのだ。ディオンヌ先生でも、近くにいた他の教職でも構わない。誰かが傷ついていることを知っていながら何もしないというのは、結局のところ()()()()()なのだ。意志に関係なく、レベッカの支持者なのだ。いま私はそのことを、かたちのあるもののように実感している。もしかすると、それが私の胃を満たしているのかもしれない。


 私の焔はまた、不安定に揺れ始めている。



「あら、帰っていたのね」


 ディアナはそう言って、ハードカバーに栞を挟んで閉じた。


 私は俯きがちに応える。「ええ、ついさっきね」


「ジュディが心配していたわよ」ディアナは言った。「一体どこに行っていたの?」


「――入学式前に少し話した別学部の同年生を西側の施設案内中に見かけたんだけど、なんか元気がなさそうだったから会いに行きたくなっちゃたのよ」私は嘘を言った。不正直だ。「ところで当のジュディはいま部屋にいるの?」


「いいえ」ディアナは横に首を振った。「シンディがクミルの体験入部に連れていったわ。あなたが心配だーって言いながらお昼を結構な量食べちゃって、それを見かねたシンディがスポーツで発散だって引きずっていったのよ。自分の運動着を貸してあげてね」


「それはありがたいわ」私は言った。「後でお礼を言わないとね。それと謝罪も」


「そうね」ディアナは応えた。「――ねぇ、あなた泣いているの?」


 え、と私は口にしてから、自身の顔を触った。確かに、両の目から1本ずつ涙の通り道ができていた。まったく気が付かなかった。そして認識してしまうと、どんどんと温かい涙が溢れてきて止まらなくなった。通り道は幾重に枝分かれした。肩が震え、嗚咽まで出してしまう。


 ディアナは少しあたふたしてから、自身の収納からハンカチを取り出して拭きに来てくれた。いきなり理由を追求せず、背中まで擦ってくれた。私はもう思う存分泣くことにした。枯れるまで出しつくす、いまの私にはそれ以外の選択肢はなかった。それが、私なりの贖罪だった。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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