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【連載版】彼女が悪役令嬢? それって「あなたたち」の感想ですよね?  作者: 福原光花
1,2 ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス
20/111

9

書いていて自分でもしんどいシーンが続きますが、特大のざまぁのために食いしばって書いてます。

 

 レベッカの顔が離れたことで、エイダの呼吸にはまた幾分の余裕が戻った。肩で大きく息をすることで、震えもましになる。ただし、エイダはけして許されたわけではない。このような緩急、あるいはインターバルをもうけるのがレベッカの常套手段なのだ。しかし、それもここまでだ。自身の意図した効果が十分にエイダに作用していると判断したレベッカは、一気に攻勢にかける。


「エイダさん、ちゃんと正直になりましょう。偶然とはいえ彼の胸に飛び込むかたちになって、あなたはどんな気持ちを抱いたの? そしてその気持ちを、とりわけ平民のあなたが持つことがどれほど愚かしいことか、ちゃんと口にして欲しいの」


「……わ、わた――」


 エイダの声は喉の奥に引っ掛かってしまったように弱く小さい。


「私の顔を見て言いなさい」レベッカは冷淡に言った。


「わた、わ、た」


 エイダは言われた通りにレベッカの顔を見るも、その獰猛な剣幕に言葉が押し潰されてしまう。そしてその容貌に、赤髪は憎いほどよく似合っている。


「ぜーんぜん、聞き取れないわねぇ」レベッカはそう言うと、またエイダの左耳を掠めるように壁を蹴った。「腹から声をだせぇ!!」


 レベッカの声はまるで地震のようによく響く。さすが軍務伯の娘といったところだ。


 ひぃいいい! とエイダは悲鳴を上げる。そしてまた顔を俯ける。「許してください許してください許してください許してください」


「許してください、ってことは自分に非がある分かっているのよね? だったら言えるわよね? はやく言いなさい。――いますぐ!!」


「わ、私は!」


「だぁからぁ! 私の顔を見て言え!!」


 レベッカは再び、エイダの左耳を掠めるように壁を蹴る。エイダは反射のように勢いよく顔を上げた。



 レベッカは内心おかしくて堪らない(と私は読解する)。エイダは、レベッカの思い描く通りの行動をしてくれるからだ。そして、エイダのいまの顔の()()()は、彼女が思い描いていた以上のものだった。目は赤く充血して、涙と鼻水がとめどなく頬や口もとを滴って、そのうえ左の口角からは涎まで垂らしている。自身に匹敵する美貌がこれほどまでに醜く歪む。もっと、もっとだ! レベッカの加害は激しさを増していく。


 

 エイダは僅かな勇気を振り絞り、レベッカの顔を目掛けて叫んだ。「わ、私は! 生徒会長が好きだとか、そんな気持ちは一切ありません! レベッカ様から奪って自分のものにしたいなんて微塵も考えていません! ただ自分の予想に反して優しい対応をしてくれたのが意外で、少し嬉しく感じただけなんです! 平民が王子様に好意を向けるなんて烏滸がましいことも理解してます! だから――」


「嘘をつくなぁぁああ!!」


 レベッカはエイダの自己弁護を遮る。


 エイダはまた、ひぃいいい、と悲鳴を上げて俯いた。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ちっ、とレベッカは舌打ちをする。そしてエイダの下顎のあたりを掴んで、無理やり上を向かせた。「嘘よ嘘よ嘘よ、そんなわけがない、ありえないのよ。ロバートとあの距離で会話して、あのこの世のものと思えないほどのハンサムな微笑みを真正面から受けて、少しも心の揺るがない女がこの世にいるはずがないのよ」


 エイダはわけが分からなかった。レベッカの言葉が先ほどと明らかに矛盾しているようにしか思えなかったからだ。先ほどは「素敵な異性を見かけたら既に相手がいることを前提として行動や浮かべる表情を考えるべきだ」と言いながら、いまは「ロバートを前にして特別な感情が発露するのは当然、必然で、そうじゃないのはおかしいんだ」と言っているのだ。端的に言って理不尽だ(いや、これまでのレベッカの行動全てが理不尽そのものではあるのだけれど)。在校生の代表として入学式で素晴らしいショーを披露して、そこから学園長の式辞にまで繋ぐスピーチまで任された彼女が、自身の発言の矛盾に気付かないわけがない。どれほど怒りに心が満ちていたとしても。ただでさえ満身創痍で、思考回路がショート寸前なエイダにとって、それはまるで後頭部を岩で殴られたような不意の衝撃だった。



 もちろん、その矛盾はレベッカの戦略だった。彼女は一方的な理不尽が強力に相手の思考力と意志を削ぐことを理解している。全ては計算ずくだ。全てはまさに、彼女がセルフプロデュースするショーと言って過言ではない。「一緒に昼食を取りましょう」という嘘から、彼女は伏線を張っていたのだ。そしてそれは、実際のところレベッカが「正直」を自身の都合のよいものとしてしか扱っていないことを意味していた。くわえてそれは、私が嫌悪する「リアル」の1つでもあった。


 

 レベッカはエイダの下顎を手放してから言った。「エイダさん、あなたが正直になるまで、私はこの教育を続けないといけない。でないと、あなたはこれから自分が生きていこうとする世界で爪弾きにされてしまうわ。いえ、もしかしたらこの学園からそういうことになってしまうかもしれない。私はあなたがそんなことになって欲しくないし、それ以上にあなたの不正直の煽りを受けて別の誰かが傷ついてしまうのが1番嫌なのよ。そうやって致命的に損なわれてしまった人を、私は何人も知っているし何人も見ているわ。私はそういった芽を見つけ次第摘まないといけない立場と責任があるの。それに、今後あなたがそう言う役目を頂くことにもなるかもしれない。だからね、あなたの正直をちゃんと私に聞かせて欲しいの。それこそが、あなたの本当の宣誓の挨拶と言ってもいいのかもしれない。――さぁ、私に向かって宣誓しなさい」


 エイダはそれでも抵抗を試みる。私だったらこの場は相手の望む言葉を発して満足させて、別れてからベーっと舌を出すけれど、エイダにはそういった()()を選択することができない。まぁそれができる人間に、()()()()()()()()()()()の主役は務まらない。物語が進まない。しかも、このある種の誘導尋問が、エイダ×ロバートルートの核心の抽出でもあるわけだから。


「わた、わたじは、あなたの婚約者に対して、す、好きという気持ちはありません」


 エイダは怯え眼をレベッカに向けながら言った。


「違うだろ」レベッカは言った。「違うだろぉおおお!!」


 レベッカは再びエイダの左耳を掠めるように壁を蹴った。エイダはまた悲鳴を上げる。しかし、先ほどまでみたいに許してください、ごめんなさい、やめてくださいとは言わない。彼女はそれらの言葉がレベッカにまったく響いていないことをやっと理解した。でも保留ができない彼女には結局、ロバートのことは好きではない、と繰り返すことしかできない。そしてレベッカも否定を叫び、恐嚇行為を繰り返す。壁を蹴る、胸ぐらや下顎をつかむ、魔法を使い耳元で爆音をならす、エトセトラ。


 エイダとレベッカの根比べの様相を呈するも、もちろんエイダに勝ち目はなかった。ここで先ほどのレベッカの、攻撃の手を定期的に緩める伏線が効いてくる。いまのエイダは、息継ぎのタイミングを奪われた水泳選手のようだ。このタイミングで息が吸えると体が勝手に学習してしまい無意識に水面に顔を出そうとするも、すべて上から無理やりに押さえつけられて息が吸えない。エイダは自身が意識している以上に精神的に追い詰められている。謂わば精神的酸欠だ。そのうえさっきまで実際の酸欠状態を体感したのだから、まさに全方位から来る深海的な圧力を受けているといって過言ではない。その極限状態は、ついにエイダの心を真っ二つにへし折った。全てはレベッカの描いた通りに。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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