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【連載版】彼女が悪役令嬢? それって「あなたたち」の感想ですよね?  作者: 福原光花
1,2 ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス
19/111

8

女性キャラの造形は岡田麿里氏の作品を結構参考にしています。

 

「私はね、8歳の時にロバートと婚約したのよ」レベッカは言った。「それからの9年間、私たちは確かな愛を育んできたわ。でも、彼は素敵だから、私という許嫁がいると分かっていてもちょっかいをかけてくる女がこれまでもちらちらといたの」


 レベッカはエイダの胸ぐらをより強く握り直す。


「私はその泥棒猫たちを1人ずつ潰していったわ。断固として徹底的に、ね」レベッカは続ける。「そして2年前、ついに彼に近づく女は1人いなくなったわ。私という強大な愛が彼を守護していることがようやっと周知された訳ね。それからはほんと気分がよかったわ」


 気分がいい、という台詞とは裏腹に、レベッカの拘束は少しも緩む気配がない。


「だから、こんな気持ちになるなんてほんと久しぶりなのよ」


 レベッカはエイダを壁に押しつける。彼女の胸ぐらを掴むために握りしめた拳に、しっかりと体重を乗せるようにして。エイダは胸が苦しくなる。ただでさえ口が塞がれているのに強く胸を圧迫されたら呼吸がうまくできなくなる。それはやがて軽度な酸欠状態にまで進行した。


「私は見逃さなかったわよ」


 レベッカの声に、明らかな怒気が含まれる。まるで彼女の髪の毛のように、燃えるような怒りをエイダに突き刺している。もしかしたらエイダの酸欠は、レベッカのその怒りの炎が辺りの酸素を浪費することでもたらされているのかもしれない。


「あなたが躓いた自分を受け止めてくれた彼に向けた視線、あれは過去に私が蟻のように潰してきた泥棒猫たちと同じものだったわ」


 エイダはレベッカの言葉の意味がうまく理解できなかった。自分がロバートに対して思った恐怖以外の感情の答え合わせが未だできていない彼女にとって、レベッカの発言は言いがかり以外の何者でもないようにしか感じなかった。いやそもそも、レベッカのやっていることは客観的に見たら言いがかりそのものな訳なのだけれど。ただこの一連は主観的に見て、『オールウェイズ・ラブ・ユー』のストーリー、そのロバートルートにおいて、ある種の核心の提示として求められるものだった。


 エイダはとにかく反論をしなくてはと思った。しかし口は依然として塞がれているし、発声に酸素を消費しようとすると本当に意識を消失ししまいそうな状態だった。彼女は何よりも、いまこの状況で意識を失うことが怖かった。


 

「小さい頃から、私には不思議で仕方なかったのよね」レベッカは言った。「ふつう素敵な男性が目に入ったら自分と同じように思う人が他に必ずいて、もう既にその誰かと親密な関係を築いているかもしれないって考えるのが順序ではないの? 何で一目見てすぐあんな発情した目線を向けられるのかしら? ほんと穢らわしいわ。しかも、それが悉く私よりも目下の女たちなのよ。まぁ、それは仕方がない部分もあるわね。この国で私の家と並ぶ歴史と伝統のある家は、まさしく彼の王家くらいなものなのよ。そう、私たちの婚約はまさになるべくしてなったものなのよ」


 エイダは継続される息苦しさのあまり腰が落ちそうになる。レベッカはそれを許さず、さらに彼女を壁へ押しつける。浮遊の魔法などを用いてそれを行わないのは、エイダを苦しみから逃さないためだ。その仕打ちの性格は、まさに磔の刑だった。


 レベッカは続ける。「その私たちの強力な結び付きは目に見えて分かるはずなのに、それでも女たちは僅かな綻びがあるのかもしれないと舌舐りしながら彼に近寄ってきたわ。9歳や10歳って年齢でそんなことしてくるのよ。我ながら女って生き物は……、って思ったものよ。自分の分相応を正確に量れず、横にいる男の価値で自分の格も上がると勘違いしている奴ばかり。二重の意味で卑しいわ。だから、私はその女たちに思い知らせてきたわ。本物の価値や格、歴史や伝統の重みというものを。いま、あなたにやっているのと同じようにね」


 レベッカも流石に疲れたのか、言葉を切って1つ大きな呼吸をした。その間も、エイダへの加圧と拘束は解かれない。


「ほんと、もうこんなことしなくてもいいと思っていたんだけどね。でもね、しないわけにはいかないの。彼を守るためにはね。それにね、これまでは家格は違えど同じ貴族ではあったけれど、今度は平民なんて、なおのこと気にくわないわ。お父上が平民の受け入れ政策に否定的な意見を持っている理由が、いまやっと分かった気がするわ。あまりにも欲と現実のギャップが開いた存在を見ると、もはや岩の下に隠れた虫を見下ろすような気分になるのね」


 レベッカはやっと、エイダの拘束を解く。エイダは膝から崩れて、地面に両手をついた。レベッカは続けて杖を横に振り、テトワを解いた。エイダは自由になった口から大きく息を吸う。そして何かしら言葉を発しようとするが、何も出てこなかった。声帯がうまく機能してくれない上に、そもそも何を言うべきかという思考すらまるで追い付いてこなかった。


 

「私の教育の本番はこれからよ」レベッカは言った。「筆頭公爵にして()()()のお父上譲りだから、かなり効くわよ」


 レベッカはまず呪文を唱える、「アンソノリゼーション」と。フランス語で「遮音」という意味だ。特定の施設や室内、範囲の音を外に漏らさない効果をもたらす。そう、入学式会場の大ホール全体にかけらていたあの魔法だ。そしてこの魔法は学園内の至る所に付与されているため、不自然に思われにくい。その上見張りまで立たせているのだから、抜かりがない。


 しかし、レベッカはまだ安心できない。彼女は後ろに控えさせている方の取り巻き2人に()()()する。


「ねぇ、1人がそこの木よりも先に行って、もう1人が木より手前に立ってもらっていい? そして手前側の人間が何でもいいから声を出してちょうだい」


 2人はそれぞれ、分かりました、と言って速やかに実行した。レベッカが指定した木は後方3mの辺りに壁際に立っていた。そこから横に引いた線上の先と手前にそれぞれ立ち、手前側が口を手で覆って、あほぉー、おたんこなすぅ、と言った。もう1人がその数秒後、首をかしげながら腕でバッテンをつくった。


 レベッカは、ありがとう、と言って手招きをした。2人が彼女のもとに戻ってくる。


 レベッカはバッテンを示した方に言った。「念のために聞くけど、まったくなにも聞こえなかったのよね?」


 はい、まったく聞こえませんでした、とその取り巻きは答えた。レベッカは再度、ありがとう、と言った。


 ねぇ、あの時何て言ったのよ? とバッテンの取り巻きが聞いた。秘密ぅ、ともう1人は答えた。まぁ、何か積もるものがあるのかもしれない。レベッカは2人のやりとりにまったく興味がないようだ。


「準備は万端ね」レベッカは言った。


 エイダはやっと声帯と思考が噛み合ってきたようで、踞り俯いたままではあるけれど言葉を発した。「わ、私は、生徒会長のことが好きだとか、そんなことはい、いっさいないんですぅ、おねがいです、もうやめてくださいぃ」


「ふん」レベッカは鼻を鳴らした。「私は嘘をつかれるのが1番嫌いなのよ」


 レベッカは取り巻きの2人にエイダを両端から押さえさせた。


「やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください」エイダは必死に懇願する。


 レベッカは不意に、エイダの左耳を掠めるように壁を蹴る。そのまま踏みしめて、いわゆる()()()のようなかたちになる。エイダの懇願は喉の奥に引っ込んでしまう。


 い、い、という呻きしか発せなくなったエイダを見下ろしながら、レベッカはニヤリと笑った。


 

 レベッカは言った。「平民の世界が何を第一にして回っているかなんて私は知らないし興味もないけれど、この学園に来たってことは将来私たちと面と向きあう仕事をしたいってことなんだろうから、私たち貴族が何を1番大切にしているかその小さな体に叩き込んであげる。感謝しなさい」


 エイダはなおも、い、い、と発することしかできない。そのうえ過呼吸気味になっていて、傍目にみればしゃっくりをしているみたいだ。レベッカはエイダにぐっと顔を近づける。お互いの息が掛かってしまうくらいに近接する。エイダは必死に呻きを静める。レベッカに自身の息が掛からないように努める。吸った息は鼻から微弱に吐き続けることしかできない。それを鼓動が高鳴る中で行うのはまさに至難だった。吐く息の分量を誤ると、体がビクンとこわばってしまう。ただでさえビクビクと細かく震え続けるエイダの体が大きく波打つと、まるで扇情的なワンシーンのように思えてしまう。


 レベッカは愉悦の表情を浮かべながら、そのエイダの様子を暫し眺める。そして満足すると口を開いた。


「貴族にとって1番大事なこと、それは『正直』であることよ。貴族は本来、王と民を繋げるための橋渡し役なのよ。王は民から献上された税を用いて治世を行う。税を対価として安寧を提供する契約がそこには発生する。でも、この広大な国・土地を王1人で統括することは無理なのよ。どのような魔法を用いてもね。だから私たち貴族がいる。その間に入って自分が担当する土地の状況を具に確認し、王へ献上可能な税の量を報告しその徴収役も担う。それを半永久的なシステムとして継続できるように苦心する。その半永久性を担保するのは正直以外にないのよ。税を取りすぎたら民が死に絶える、税を取らなさすぎたら治世の基盤が崩壊する、税を中抜きしたらその契約は効力を喪失する。それが貴族の本質のなのよ。いまは土地に限りがあるせいで土地の管理を生業としない貴族の方が多くなってしまったけれど、その規範はずっと私たちの中にあるのよ」レベッカは1つ大きく息を吸った。エイダの顔が目の前にあることなんてお構いなしに。「だから私は嘘が大嫌い。『嘘を憎め』とお父上にずっと教えられてきたから。そして、私もその教えを周りに伝えていかないといけない。あなたもその例外じゃないわ、この学園に足を踏み入れたからにはね。あなたにもちゃんと、正直を実践してもらうわ」


 レベッカは足を壁に踏みしめたまま、寄りかかっていた体をまっすぐ起こした。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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