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私がお話を書く上で1番大切にしていることは、わくわくするような世界観を如何に緻密に作り上げるか、です。
明朝、起床したのは6時15分だった。ディアナが私を起こしてくれた。彼女は私の左肩を叩き、私が目を開けたのを確認すると、おはよう、と言った。
「おはよう」私も体を起こして挨拶を返した。「寝起きの顔を見られるのは恥ずかしいわね」
「まだ10代なんだから、日中とさほど変わらないわよ」ディアナは応えた。
「――それもそうね」
私たちは交代でシャワーを浴びて髪の毛を乾かし、登校の準備をした。7時5分までに準備を終えて制服に着替えると、共に手ぶらで部屋を出た。7時10分から食堂で朝食を取るためだ。階段まで向かうとジュディとシンディが待っていて、またわいわいと会話をしながら降りていった(シンディは既にバッチリなメイクをしていた)。会話のなかで昨日の夜の、ディアナのこれから仲良くしたい人たち云々の話をばらしてしまおうか、なんて思ったりもしたけれど、そういったいじりはもう少し交遊の時間をかけてからと踏みとどまった。
食堂で用意されていた朝食は、昨日の夕食のメニューのような多様性はなかった。並べられた料理はトースト、ベーコン、卵、ソーセージ、ベイクドビーンズ、フライドトマト、オートミール、サラダ、つまりは定番のブリティッシュブレックファストだけだった。朝は夜と違って学年ごとの利用時間が30分で区切られるため、速やかに必要分をとって食事を済ましてもらうための処置だ。
「朝はしっかりと食べないとね」
ジュディはメニューをまんべんなく多めに皿によそっていく。
「朝はそうした方がいいわね」私は応えた。「明日から毎日脳みそをフル回転することになるからね」
「うへぇー」
ジュディはこれから訪れる活字地獄に呻きの声をあげた。食事前なのに、はしたない。
手早く朝食を済ませると、私たちは部屋に戻って歯磨きをした。そして少し時間を潰して、8時に部屋を出た。学部の新入生オリエンテーションへ参加するために。階段でまたジュディとシンディと合流して、A館へ向かう(私とジュディとディアナは手ぶらだったけれど、シンディは小振りのバックを携えていた)。
A館に入り、私たちはそれぞれの所属クラスに散らばった。ディオンヌ先生は約束どおり8時30分にクラスにやって来て、さっそくオリエンテーションの内容を説明した。まずはA館の施設内と利用頻度が高い他の施設の見学、4クラスが集合し大規模講義室で教師陣の紹介及び担当する教科とその実演(ディオンヌ先生は魔法史を担当する)、教科書一式と通学用かばんの配布、それらを昼食を挟まず13時までに完了させる。時間に余裕はあまりないと、速やかにオリエンテーションがはじまった。細かな休憩はあったけれど、ほとんどぶっ通しといった調子でオリエンテーションは行われた。自身の教室に戻り先生から解散が告げられた時、ジュディはげっそりとした顔をしていた。朝食のカロリーは十分に消費できたようだ。
「もうお腹ペコペコだよぉ」ジュディは言った。「はやくごはん食べに行こう? 今日のお昼は裏手のブルームカフェに行ってみたいな」
ブルームカフェは学内に複数ある大規模食堂の1つだ。サンドイッチやバーガー系をメインに提供している。席数も多いし、持ち帰り用の包装で外に持ち出すことも可能だ。
「――ごめんだけど、いまからすぐに寄りたいところができたの。だから今日はシンディとディアナの3人で食べて。くれぐれも食べすぎたら駄目よ、後でディアナやシンディに聞くからね。じゃあ」
私は早口で言ってすぐに席を立ち、教室を出た。ジュディの、ちょっと待ってよぉ! という言葉を振り切って。
私は早足でA館から出た。入り口付近で立ち止まり街道の方を見ると、印象深い深紅の髪の毛が目に飛び込んできた。レベッカが4人の取り巻きを連れて街道を横断しようとしていた。今日は2・3年生の始業日で、私たちと似たようなカリキュラムを一足はやく消化して放課になっていた。周りは昼食を求めて彷徨う上級生が右往左往している。その激浪を掻き分けて、彼女はいまからエイダと接触しようとしているのだ。4号館の入り口で待ち伏せをする腹積もりだ。
これから、いじめがはじまるのだ。
私はレベッカと一定の距離を空けて追跡する。彼女が『オールウェイズ・ラブ・ユー』の描写と同じルートを移動していることを自身の目で確かめる。彼女は一目散に4号館を目指している、ゲームと同じように。私はその事実に、2つの相反した気持ちを抱く。自身の求めた闘争がはじまることの高揚と、そこからくる凍えるような罪悪感だ。
レベッカが4号館の入り口に面した通りに入るのを確認すると、私はその向かいの建物に入り3階に上がった。そこの廊下の窓から、4号館の入り口がよく見えた。レベッカはその通りに設置されたベンチに座ってエイダが出てくるのを待ち、取り巻きがその彼女を囲んでいる。私はその窓際で人と会う約束をしている風を装いながら、成り行きを見守る。
5分くらいが経過した時だった。4号館の入り口からエイダが1人で出てきた。レベッカはそれを認めると、ベンチから立ち上がった。
レベッカは強力な、まるで2足歩行の大型肉食恐竜のような足取りでエイダに接近する。取り巻きはそれに追随する、群れのボスに付き従う小柄の個体のように。当のエイダが1人なのは、同じ平民のルームメイトが教師陣への質問があるからと居残りをしたためだった。しかし、それはレベッカたちにとって実に好都合だった。
自分とは反対の方向へ足を向けようとするエイダをレベッカは呼び止める。「エイダ・タルボットさん、ですよね?」
もちろん、実際にその声なんて聞こえない。全て頭の中で再生されている。その声と状況に違いがないかどうかだけを、反応や口の動きで確認している(私はレベッカの口の動きが確認できる位置にいる)。
エイダはビクッと体をこわばらせてから、恐る恐る振り返る。「は、はいぃ。そうです」
「おはようございます、3年生のレベッカ・バートンと申します」
そう言って、レベッカはカーテシーをする。一方の足を斜め後ろに引き、もう一方の足の膝を軽く曲げる貴族階級の挨拶作法だ。主に女性が、目上の人間に対して行うものだ。反対に、取り巻きたちはにやにやしながら突っ立っている。
その様子を見た周りの生徒は一様に凍りつく。かの筆頭公爵の令嬢様が、学内で禁止されている挨拶を下級生に対して行うことなど誰が想定できようか。そしてその作法を向けられたエイダは、あたふたとした様子を見せながら最終的にカーテシーを真似て名前を名乗った。彼女は生来、こういった迂闊な要素を多分に持っている。
「――お分かりですよね? 私ことは」
レベッカが続けて言う、人工的な微笑みを浮かべながら。取り巻きも同質の微笑みを見せる。
「は、はい! もちろんです!」エイダは答えた。「昨日、素晴らしいショーを見せてくださった素敵な先輩です」
「――うふふ、その通りですわ」
レベッカはしめしめという感情を表す例として、教科書にのせたくなるような笑みを浮かべる。
レベッカの思惑を、エイダは100%で応えてしまった。レベッカはエイダがカーテシーの持つ性格を知らない人間だと、少なくともその通りにいる生徒たちに向けて示したのだ。彼女が平民の出身であることを暗に確認するためも含めて。しかし、エイダは自分がしてしまったことを未だに理解していない。エイダは勉強はできても、地頭はさほど良くないなのだ。それがレベッカにとってはなお都合がよく、そして滑稽だった。
ここまできたら言う必要もないと思うけれど、一応明言しておく。レベッカ・バートンは性格が悪い。この私が戦慄を覚えるくらいに。
次話は明日の21時台に投稿予定です。




