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ストーリー作りはミヒャエル・エンデに1番影響を受けてると思います。
「きゃー! 何この子めっちゃかわいいんやけど! 肌モッチモチやし」「ほんとほんと! こんな子とルームメイトなんてホイットニーが羨ましいわ」
同階の同学年生たちが続々と大浴場を目指し階段を降りていく横で、ディアナが2人の女の子に左右から抱きつかれわしゃわしゃされている。周りの視線が痛い。1人はジュディだ、そしてもう1人は……。
ディアナがむすっとした表情のまま口を開く。「不愉快」
「ほらぁ、彼女もこう言ってるんだし、もうその辺にしなさいよ」私は右側のジュディを向いて言った。次いで左側の女の子を見た。「あなたはシンディさん、でいいんですよね? ジュディのルームメイトで、2人目の、マブダチの?」
「せやせや、そのシンディや! シンディ・ハウパー、よろしゅうな。タメでええよ」
「じゃあ、遠慮なく」
やかましい、シンディの印象がまずそれが先行する。その勢いに、私は随分押され気味になっている。
シンディの外見は、一言で言えば派手だ。ただそれは、ブランドや高級品で身を包んでいるというわけではない。会話のトーンを聞いても分かるように、彼女は所謂ギャルなのだ(ちなみに関西弁はこの世界のこの国において南西地方の方言になっている)。
彼女は長くふわっとうねったホワイトブロンドの髪をしている。しかし地毛が茶髪であることが生え際を見ると分かり、うねりもきっとパーマを当てているのだろう。目もとにピンクレッドのアイシャドウを均一に伸ばし、アイラインも引いて、つけまつ毛も装着している。赤いリップも塗って、全体的に主張的なメイクだ。制服のスカートも膝上2~30cmくらいにしていて、足が大胆に見えている(ジュディ以外はみな制服で集合している)。しかし、ギャルとしては不足を感じる部分がある。それは瞳だ。カラコンを用いない、ヘーゼルの素直な瞳だ。この世界にはコンタクトレンズの類いはない。視力は治癒魔法で回復可能だからだ。だから目にものを入れる発想自体が出てこない。しかし、視力回復の魔法が発明される以前の名残として、眼鏡はファッションになり残っている。シンディの耳飾りはオパールのイヤリングだ。
「てかてか、ジュディは私のことさっそくマブダチって紹介してくれたんやなぁ、超嬉しいわ!」
シンディがジュディを見て言った。シンディとジュディの間には未だディアナが挟まれている。どうやらジュディの口からマブダチという言葉が出てきたのは彼女の影響らしい。
「あったりまえじゃなーい!」ジュディは応える。「それ以外にどう説明したらいいのよ! 考えてることも何となく分かるし、名前もちょっと似てるし、身長も一緒だし、もうマブダチ越えてルームメイトも越えてソウルメイトみたいな感じかなぁ」
「それ最高やん!」
シンディはそう言うと、右手を高くあげた。ジュディもそれに応えて右手をあげる。そして、パチン! とハイタッチをした。いえーい! と言いながら。ディアナはその予備動作の間にスーッと私の隣に避難してきた。
「――意外ね」ディアナは私に言った。「あなたならもっと賢い友人を連れていると思ったわ」
「ごめんなさいね」私は応える。「家が田舎の方だから、友人を厳選できる余裕も母数もなかったのよ」
「ホイットニーがすごいひどいこと言ってる」ジュディはわざとらしい表情をして言った。
「ちゃうちゃう」シンディが言った。「目の前でジュディが初対面の女子と仲良くしとるから妬いてんねんや。とり澄ました顔して、かわいいとこあんやねぇ」
「そうなのよぉ、シンディ」ジュディが食い気味に応える。「ホイットニーは自分をクールに見られたいところがあるけど、一皮剥けばそこにはかわいいがぎゅっと詰まっているのよ。茹でたまごみたいに」
「かわいい=茹でたまごねぇ。黄身がそれに該当するのかしら」私は言った。「ディアナはどう思う? この比喩?」
「ユニーク、嫌いじゃない」ディアナは答えた。
本当は1つ毒を吐いて欲しかったのだけれど、よくよく考えれば、彼女の敬愛するオータム・ジェラルドも一風変わった比喩を多用する人だったことを思い出した。
「そうね。私たちはみんな茹でたまごだわ」私は言った。「茹でたまごは茹でたまごらしくボイルされにいきましょうか。ほら、もう入浴開始時間を過ぎてる。ゆっくりできなくなっちゃうわよ」
廊下の時計は18時3分を示している。
「せやな! はよいこか!」
シンディが言って、ジュディも大きく頷いた。2人がさっそく階段を降りていく後ろから、私とディアナが保護者風に着いていく。
3階と2階の間の踊り場を通過したところで、私はシンディに質問した。「そういえば、シンディはさっきまで何をしていたの? 別の友達と遊んでたの?」
「クラブ見学に行ってたんだよね」
ジュディが先んじて答えて、続けてシンディも言った。
「そうそう、クミルのな」
「へぇ、あなたクミルに興味があるのね」
私は意外だという反応を示した。ただよくみれば、彼女の覗く足は鍛えられたアスリートのそれだった。
クミル、とは一言で言えば魔法サッカーである。ふつうに11人制サッカーをプレイするなかで1人辺り3回まで魔法を使用でき、それによって高い戦術性を誇る球技である(技の使用頻度に制限がある『イナズマイレブン』と言えば分かりやすいだろうか)。この世界で最大のメジャースポーツで、『オールウェイズ・ラブ・ユー』のゲーム内ではミニゲームとして確立していた。ちなみに学園に入学する前の少年少女は魔法なしクミル――要するにふつうのサッカー――をプレイして、魔法以外のスキルを先に磨いている。
「父親がクミルの選手やったんや」シンディは応えた。「そんで小さい頃からよう遊んでもらってな。それで私も好きになったんや。実は短めなスカートを履いてるのも、いつでもクミルをできるようにするためやねん。そのためにスパッツも履いてるんやで、ほら」
シンディはスカートを詰まんで上げて見せた。
「やめなさいよ、はしたない」私はすかさず言った。「他の人もいるのに」
「ええやん、周り女子しかおらんのやし」シンディは何の気なしに口にする。
「男も女も関係ないわよ」私は言った。「他人のデリケートな部分をその気のない時に見せられるのが嫌な人はたくさんいるのよ」
「私もそういうの好きじゃない」ディアナが私の論を補強してくれる。
「そっかー、ごめんな。次から気ぃ付けるわ」シンディは素直に口にした。
「分かればいいのよ」
私はシンディの返答に少し嬉しくなった。素直な謝罪は、私たちとちゃんと付き合っていきたいという気持ちの表れに他ないからだ。
「とうちゃーく」
ジュディが言った。その言葉通り、目的の大浴場の入り口に到着した。
入り口は大きく、扉ではなく制服と同じ紺色の暖簾が掛かっている。もちろん、「ゆ」や「男」「女」というような文字は刻まれていない。先ほども言うように入浴時間が限られているので、私たちは速やかに中に入っていった。
大浴場での入浴は実に素晴らしいものだった。脱衣所も浴室もとても広く、1学年全員が同時に使用してもまるで窮屈を感じないほどだ。様々なデザインの浴槽に複数の効能のある湯が張ってあって、まさに温泉テーマパークといった内装だった。しかしそれは、寮の構造や敷地面積を考えるとあまりにも広大すぎる。縦にも横にも。SF的な拡張空間でないと説明がつかない。いや、白々しいか。その拡張空間をここでは魔法で実現しているわけだ。3学年の入浴可能時間の合計3時間と、準備と片付けそれぞれ2時間を合わせた5時間だけ、多量の魔力によってそれは成されている。本来のサイズは拡張時の1/5以下、つまり全ての備品があらかじめ1/5以下のサイズで設計されている。なぜ準備と片付け時も拡張を行うのかというと、水のような流動体の拡張はできないのと細かくなりすぎて余計に掃除が面倒になるからだ。
私たちは毎日この大浴場を使用できると思うと、うきうきとした気分になった。脱衣所でさっと服を脱ぎ、備え付けのロッカーに服と荷物をいれて(私たちはそれぞれ着替えなどをいれたバッグを持っていた。ちなみに1番容積の多いバッグを持っていたのはシンディである)、愛用のタオルや石鹸を手に浴室に入った。丁寧に全身を洗ってから、4人全員で広めの炭酸風呂に入浴した。温度は比較的低いけれど、体の芯からポカポカとした。辺りにはそれぞれのクラスメイトもいて、それぞれ少し話をしてからまた4人で向かい合った。
「あなた、メイクを落としてもそこまで印象変わらないわね」私はシンディに言った。
「校則ギリのメイクならそんなもんやわな」シンディは答えた。「あれやったら今度の休みに本気とかいてマジなメイク見せたってもええし、なんなら施してあげてもええで?」
「うーん、考えとくわ」私はシンディの方言を真似て答えた。「その日の気分次第かしらね」
「あ、じゃあ私やって欲しい」ジュディが言った。
「ええやんええやん、バッチリ腕ふるったるわ」
シンディは右腕を上げて力こぶをつくりながら言った。腕の方もアスリートらしい筋肉のつき方をしている。
「それはそうとやな」シンディは続ける。「お風呂に入ってるとなおさらディアナの肌はモチモチやな、特に頬っぺた」
ディアナは目を瞑って入浴の気持ちよさに専心していたが、さすがの呼び掛けに目を開いてシンディを見た。
「なぁなぁ、化粧水や乳液は何使ってるんや?」シンディが続けて質問する。
ディアナは答える。「――特に何もしてないわよ」
「ええ!」シンディが驚きの声を上げる。声が浴室中に反響し増幅して、改めてこの空間の広さを認識させられる。「羨まし過ぎて悔しさすら覚えるわ」
そういうシンディの言葉自体に、悔しさや嫉妬の感情は感じられない。「なぁなぁ、ほんのすこーしだけ頬っぺた触ってもええ? ほんーーんのちょっとだけやから」
同意をとるという姿勢が先に来るようになったのはささやかながら喜ばしいことだ。
ディアナはむすーっとした顔をするが、1つ溜め息をついてから言った。「ほんのちょっとだけよ」
「ありがとう!」そう言うと、シンディは人差し指でディアナの右頬をつんとした。「すごーい、幸せな気分になれるわ」
それを見てジュディもたまらずに言った。「ああ、私もいい? ほんのちょっとだけ」
「……いいわよ」ディアナは許可する。
「ありがとう。では失礼して」ジュディは反対に左頬に触れる。「うーん、マンダム」
「――ねぇ、私もいいかしら」私もダメ元で聞いてみた。
「あなたもなの?」ディアナが言った。「……もう、あなただけ駄目なんて言えないじゃない」
「失礼します」私は両手で挟むようにしてむにむにと触れた。「……なかなかね」
「ああ、私も同じようにしてみたい!」
私の触れ方を見て、ジュディが追加を求めた。シンディも、私も私も! と同調する。
「今日はもう終わりよ」ディアナがたまらず言った。
「「ええー」」
ジュディとシンディはあからさまに残念がった。
今日は、か。私の方は思わず頬が緩んだ。
次話は明日の21時台に投稿予定です。




