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【連載版】彼女が悪役令嬢? それって「あなたたち」の感想ですよね?  作者: 福原光花
1,2 ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス
14/111

3

穏やかな日常を書いている時が1番楽しいですね。

 

 ティータイムを終えると、今度は私の用事に付き合ってもらうことにした。街道沿いにある本屋に立ち寄り、書籍を1つ購入した。ディアナほどではないけれど、私も読書は好きだ。能動的でも受動的でも、物語を楽しむことは素晴らしいことだ。それは1つの物語の中に入り込むことになった今でも変わらない。それに、ディアナとの共通の話題も充実させたかったね。


 私は国民的作家と言われるオータム・ジェラルドの短編集、『孤児たちはみな唄う』の文庫本を購入した。文庫化されているなかで彼――顔出しをせず性別・身分を一切明かしていないので、便宜的にそう呼称する――の最新の作品だった(私は基本的に文庫本派だ)。彼の長編作品は2つほど読んだことがあったのと、短編を得意とする彼の作品の中でもマスターピースだと評価されている――ポップを目にした――ことが決め手になった。マジックリアリズム作家の彼にとっては、長編よりも短編の方が話を纏めやすいのかもしれない(魔法のある世界でもマジックリアリズムが成立するのは面白いなと個人的に思う。それは魔法は万能ではないことのある種の証左なのかもしれない)。


 ジュディは私がその本を手にとった際、難しそうな本ね、と言った。


「そうでもないわよ」私は応える。「この作者さんは平易でリズミカルな文章を売りにしている人で、少なくとも文章自体が理解できないってことはないわ」


「へー」彼女はまた、よく分かっていないような表情をした。もしかしたら平易という言葉の意味を知らないのかもしれない。「私にとって、活字は教科書だけで十分なのよ」


「そうでしょうね」私は言った。



 本屋での買い物はせいぜい10分程度だった。時刻は16時5分、まだ陽はそれなりに高かった。私はもう自分の用事を思い付けなかったので、再びジュディのターンになった。今日の新入生、もとい1年生の大浴場の利用可能時間が18時から19時に設定されているので、17時半までには寮に戻らなければならない。じゃあ後1時間くらい、またひたすらウィンドウショッピングをしましょう! ということになった。帽子屋、アクセサリーショップ、コスメショップ、リユースショップ、有名ブランド、とにかくまわれるだけまわった。小型の台風のように慌ただしく、寮に帰って階段を上りきった頃にはへとへとになってしまった。まだ元気が有り余っているジュディはそんな私を見て言った。


「きっとお風呂がとても気持ちよく感じるわよ」


「ええ、……おかげさまでね」私は応えた。


「じゃ、17時50分にまたここで」彼女は言った。「シンディも連れてくるね」


「分かったわ」と私は応える。「私もディアナを誘ってみるわ」


「うん、よろしく~」


 彼女は軽やかな足取りで自分の部屋に戻っていた。私は反対に、鉛のような足取りで自身の部屋に戻った。



 

「あら、帰ってたのね」


 突然、ディアナから声をかけられた。振り向くと、彼女はハードカバーを閉じてこちらに正対していた。座ったまま椅子の向きを変えて。


「ええ、先ほどね」と私は応える。「読書の邪魔をしてしまったかしら?」


 いいえ、と彼女は答える。「ちょうどキリがよかったから自分で切り上げたのよ。心配しないで」


「そう、安心したわ」と言って、私は荷物の整頓に戻った。


 ディアナは目を瞑り、目頭を押さえて酷使した両目を労っている。それを10秒行った後、今度は部屋の隅々を見渡す。まるで猫のように。こわばった目のピントをそうやって揉みほぐしているようだ。その最中、彼女は私のデスクの上に目をやった。そこに置かれている紙袋を見て、興味を持ったみたいだ。しめしめ、と私は思った。


 ディアナは椅子から立ち上がって私の方に近寄ってきた。本当に猫みたいに。「それは()()の本屋の紙袋よね? 何を買ってきたの?」


「オータム・ジェラルドの『孤児たちはみな唄う』よ。ポップが出てて目についたのよね」


「あら、私オータム先生の大ファンよ。さっき読んでいた作品だって、先生の初期の傑作『パープル・レイン』よ。私は先生の作品の中でそれが1番好きなの。愛してる、と言ってもいいわ」


 ビンゴ、いや、予想以上だ。この作品にして()()()()ことはないと思ってはいたけれど、まさか自ら大ファンと名乗るほどだとは思わなかった。あちらから話しかけてもらう目論見は見事成功だ。


「そうなのね。私はこれ以外だと、最近の長編を2つだけ読んだことがあるわ。私が1番愛読しているのはアレクシー・カラマーゾフの作品よ」


「オータム先生ももっとも尊敬する作家にあげている人ね。彼が言っていたわ。『この世には2種類の人間がいる。アレクシー・カラマーゾフを読んだ人間とそうじゃない人間だ』って」



 それからの私たちの会話には切れ目がなかった。20分くらいぶっ通しで喋り続けた。ディアナの好みと傾向を知れたよい機会だった。ただ、こういったオタク的トークは得意の部類ではあったけれど、さすがに舌に重みを感じた。それに、これからジュディとの約束もある。楽しい会話に終止符を打たなければならならない。その打ちどころを模索していると、意外にもそれは彼女から切り出された。


「あら、もうこんな時間ね」部屋の時計は17時40分を示している。彼女は翻り、自身の荷物の前にかがみ込んだ。「あなたもきっと、この後誰かと約束して大浴場に行くんでしょう? せっかくだから一緒に行きましょうよ」


「――意外ね」と私は言った。「あなたなら部屋のシャワーですまして、すぐに読書に戻りたいとでも言うんだと思っていたわ」


「それはひどい偏見ね」と彼女は言った。「それに、大きなお風呂が嫌いな女の子なんているわけないじゃない」


 それもまたひどい偏見じゃないだろうか、と私は思った。


「それにね」彼女は続ける。「よい読書はよい入浴とよい睡眠から成り立つものなのよ」


「――そうでしょうね」私は応えた。


 得意ではない、という彼女への評価は、ものの数時間で訂正されることになった。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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