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いまのところ、1部あたり5章の5部構成で構想しています。1部につき1人のクソ男が天誅されます。じっくりと下準備をしてから特大のざまぁを噛ますような流れになりますので、気長にお付き合いをいただければと思います。
「それでは、新入生の代表からも宣誓の言葉を頂きたいと思います。新入生は全員起立してください」
私たちは彼の指示に従って起立する。彼は全員の起立が完了したのを見るや新入生たちの先頭の、中央からやや下手寄りを見据えた。「新入生総代、治癒学部主席、エイダ・タルボット」
は、はい! と聞き覚えのあるころころとした声が、会場に響いた。私たちは拍手をして代表を称える。そしてステージの前に設置された移動式の小さな階段を、青みがかった長い黒髪の女子生徒が上っていく。
そう、同姓同名じゃない。『オールウェイズ・ラブ・ユー』の主人公の1人の、あのエイダだ。彼女は入学前に実施された学力把握のためのペーパーテストで学部最優秀の成績を残していた。そして学園の伝統に則り、新入生代表挨拶を任された(各年学部ごとのローテーションで主席が任命される)。不本意ではあったけれど、数百年の伝統に逆らうことは彼女にはできなかった。
そう、これは彼女がはじめて、攻略対象の男の1人と相対する場面なのだ。
私は拍手をしながら願った。これからある分岐が訪れる。エイダが彼もといロバートとのルートに乗るのか、それとも乗らないのか、その分水嶺がやってくる。――乗らないでくれ、せめて最初がエイダになることは避けられるなら避けたいのだ。
しかし、この世界が私の願いを聞き入れてくれるはずもなかった。
きゃっ! とエイダは声を上げた。階段で躓いてしまったのだ。
ロバートは咄嗟に彼女に歩み寄って、転倒しないように受け止めた。拍手がピタッっと止んで、黄色い歓声が空間を支配した。それはとても絵になる光景だった。緊張している可愛らしい新入生の失敗を、華麗にフォローする眉目秀麗な生徒会長兼王子様。砂糖を吐きたくなるほどに王道な展開だ。見てるだけで幸せな気持ちになるような。
そう、つまりはまんまと、エイダ×ロバートルートが確定してしまったわけだ。分岐の選択肢は階段を左足から上るか、右足から上るか。エイダは左足からを選んだ。出会いとはそういったささやかな選択によってもたらされる、と言わんばかりに。
「大丈夫ですか?」
ロバートはエイダは潜めた声で言った。勿論、それが私のいる場所にまで聞こえるわけがない。ただ私は、それを既に知っているのだ。これからの流れも、全て頭の中に入っている。
「は、はい。も、申し訳ございません」
彼女は応える。そしてすぐに気が付く。髪で隠していた耳が、彼に向けて露になっていることに。彼女は咄嗟に隠した。でも、それはもう手遅れだった。彼女は怖くなった。彼女も生徒会長がこの国の王子様であることは知っている。その彼に結果として寄り掛かることなってしまった。平民の私がだ。きわめて不敬だ、どのような罰を受けることになるか。それはもしかしたら、自身の家族や村にまで及ぶことかもしれない。
彼女がそんな最悪な想像をする中で、彼は言った。「気にしないでください。あなたは何も悪いことなんてしていませんよ」
彼女は驚いた。まるで心を見透かされて、そのうえで私のことを許してくれているみたいだと思った。いや、もしかしたらそれはこの壇上のことだけなのかもしれない。入学式が終わった後に、改めて何かしらの処分が言い渡されるのかもしれない。でも、彼の優しい表情からそんな意図はまるで読み取れない。身分の違う人間から、こんな表情を向けられたのははじめてだった。
「立てますか?」
「は、はい!」
彼女は速やかに立ち上がる。しかし、彼の顔をうまく見ることができなかった。それは恐怖とは違う感情による阻害だった。しかし、彼女はその感情がいったい何なのか、よく分からないでいた。ただ、それが恐怖とはまるで対極の位置にある気持ちだということは理解できていた。とにかくいまは、与えられた役割をこなさなくてはならない。
「よかった。では宣誓をお願いします。これをお使いください」彼はあらかじめ彼女のために用意した杖を手渡した。「もう既に魔力を込めて、ただ杖の先端に声をあてるだけで拡声されるようになっています」
ありがとうございます、と言って彼女は杖を受け取った。服のポケットからスピーチ用の紙を出してから私たちの方に翻る。1つ深呼吸をしてから、話しはじめる。
その一連の様子を後ろから、赤髪の先輩は具に見ていた。見逃さなかった、エイダが耳飾りをしていないことを。そしてエイダがロバートに対して抱いた恐怖ではない感情の正体も。表情には出さないけれど、その心は嫉妬と怒りと蔑侮でグツグツと煮えたぎっている。
そう、その赤髪の先輩こそ、ロバートルートに登場する主人公のライバル、「悪役令嬢」なのだ。名前は「レベッカ・バートン」。ロバートと婚約している、この国の筆頭公爵の令嬢様だ。
「宣誓! ほ、本日は私たちのためにーーーー」
エイダは緊張し何度も噛みそうになりながらも、誓いの言葉を並べいく。しかし思いのほか流暢なのは、王子様の優しい言葉のおかげなのかもしれない。
私はその彼女の姿を見て、覚悟を決める。あの中庭でエイダと合間見えた時から、薄々そうなるとは思っていたのだ。宿命だ。私が最初に台無しにする恋が、エイダのものになることを。
でもホイットニー、あなたはさっき言ったじゃない? 私は他人の恋を否定も妨害もしない、貧困な想像力・欠乏的認識で誰かに何かしらを強要することはしたくないと。それこそがあなたの1番忌み嫌う暴力なのだと。私は答える。それは違う、エイダの恋は勝手な想像の範疇ではない。それは私が実際に体験したものなんだ。それは私のことでもあるんだ。想像の余地もない。全てを知っているんだ。エイダとロバートがどのような思いを深めて、共にどのようにしてレベッカを悪役令嬢へと仕立て上げていったのか。全て私が実際に行ったことなんだ。『オールウェイズ・ラブ・ユー』というゲームを通して。
そして、それと同質のことを現実でも散々にやって、されてもきた。誠実に飢えて。
前世の私は、そこに描かれたリアルに屈服した。そして、それに反論する術も力も持たなかった。ゲームディスクそのものを手放す、それが精一杯のことだった。でも、いまの私は違う。根っこからそのリアル、構造を破壊することができる。それが可能な舞台と、そして知識という拳銃や爆弾よりも優れた武器を手にした。
私は『オールウェイズ・ラブ・ユー』の世界に転生していると気が付いた時、悪夢だと思った。神の嫌がらせだとも思った。でも私は、そのある種の挑戦を受け取ることにした。闘志を燃やした。9年間それを大事に育ててきたのだ。我は明確に攻略対象の男たちの側に立つぞ、そのうえでやれるものならやってみよ、だぁ? おう、やってやるとも! と。
そのために、私はあばき尽くす。エイダとロバートがやったことの全てを、誰の目にも明らかなものにする。たとえ、ゲームで直接には描写されなかった部分でも、まるで土の中からミミズを引っこ抜くように白日に晒す。そして正すのだ。誰か1人を悪者にして自分はヒーローになる、しかもその悪者に弱者を宛がう、そんな構造的暴力を否定してやる。それをして、はじめて私は自分の人生を生きられるのだ。弱者としてではなく、女としてではなく、ホイットニー・ブリンソンとして。もう、けして惑わされはしない。目は背けない。
周りが皆、エイダの宣誓する姿を見つめるなかで、私は右を見て左を見る。新入生の人垣しか目に入らないけれど、その先に残り2人の主人公がいることを意識する。さらには残り4人の攻略対象のうちの2人がいることも。クールを装ったただのロリコン教師、ジャイアン効果を理解して効率よく利用する没落貴族の不良坊っちゃん。ここにいない残り2人も、けして逃しはしない。全員をロックオンする。エイダとロバートの次はお前たちの番だぞと。
勿論、私のすることで多くのものが悲しむかもしれない。それは本来のシナリオよりも悲惨なものになるかもしれない。男のことなんて知らない。でも主人公の、同じ女である彼女たちは思うかもしれない。たとえ欺かれていたとしても、幻想だとしても、誤っているとしても、その恋に浸っていたかったと。それを取りあげるのはやはり酷いことなのかもしれない。でも、私はそれで赦しをもらおうとは思わない。恨まれても構わない。それよりも私が、私の人生を獲得する方が大事なんだ。それが私の闘争なのだから。今世は逃げない、そう決めたのだから。
弱まりかけた焔は息を吹き返し、より巨大で柔軟で、多彩な色合いのものに変化する。
「――――入学生総代、治癒学部、エイダ・タルボット」
彼女が宣誓を終えると、また拍手が起こる。私もしっかりと拍手をする。彼女はまだ緊張をしながらも、最大の山場を乗り越えた、つかの間の弛緩の時を味わっているように見える。会場を下手から上手へと流れるように見渡していく。すると、私のいる線上で動きが止まった。そしてうっすらと笑顔を浮かべた。どうやら私の存在に気付いたようだ。
でも、彼女は気付かない。自分が心を許しているその女が、殺意にも等しい鮮烈な思いを、自身に対して向けていることに。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




