9
いよいよ1人目のヴィラン、もといクソ男の登場です
「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます」7人の先輩の中央に立つ女子生徒が言った。口の前に杖の先端をかざして、それがマイクのような役割を果たしている。
燃えるように赤いミディアムウルフの髪が特徴的な美しい人だ。170cm手前のスラッとした身体、雪のように単一的で純粋な白い肌、小さいながら高い鼻、キリッとした上がり眉、ここからでも分かるほどに存在感と艶のある睫毛(眉も睫毛も髪の色と同じだ)、赤いが髪の毛よりも弱冠暗めな瞳(髪はヴァーミリオン、瞳はワインレッドといった方が対比しやすいだろうか)。大きなルビーをぶら下げたピアスを着けている。
赤髪の先輩は続けて言った。「歓迎の意を込めまして、皆様もよくご存じの、太古の7人の偉大な魔法使いの伝説を再現したショーを披露させていただきました。ご観覧頂きありがとうございます。続きまして、学園長の式辞になります」
7人の先輩たちは下手の端の方へ移動する。そしてステージの上手袖から拍手をしながら学園長が現れて(どちらかといえば先輩たちのショーの成功を祝うような拍手だ)、そのままステージの中央に立った。男性で齢50くらい、がっしりとした180の後半はあろうかという体躯を持っている。豊かな灰色の口髭をきれいに整えている。顔のパーツは猛禽類思わせるように鋭く直線的で大きい。そのなかで鳶色の瞳だけが年相応の儚げさを表現しているようだ。この学園の教職が皆そうであるように、紺色のとんがり帽子と足もとまでを隠すローブを纏っている。パールのピアスを着けている。
私は『オールウェイズ・ラブ・ユー』をプレイする中で、この学園長の式辞で語られたことに1番わくわくしたことを覚えている。
「はじめまして、学園長のベリー・ゴードンです。新入生の皆様、ご入学おめでとうございます」学園長は話しはじめた。赤髪の先輩と同じように、口の前に杖の先端をかざして。太くて低い猛獣を思わせるような響きだ。「先輩方のショーいかがでしたでしょうか? とても素晴らしかったでしょう? ここで改めて彼らに拍手を送りたいと思います。ではまずオーケストラから」
学園長は真後ろを向いて、オーケストラの先輩たちをしっかりと見据えて拍手をした。私たちもまた拍手する。少しして拍手を終えた学園長がこちらに振り返る。私たちも拍手を止める。
「彼らの音楽は魔法でありません。幼少の頃からの英才教育で磨き上げられた技術、時間の結晶とも言えます。もし、いまの君たちの年齢で0から楽器を学んだとしても到底彼らに追い付くことはできません。どれほどの才能や努力を持ってしてもです。時間は才能と努力を凌駕する、彼らがその最たる例です。では魔法はどうか、その前にパフォーマンスをしてくれた7人にもう1度拍手しましょう」
学園長は下手の端に控える先輩たちに拍手する。私たちもまた拍手する。拍手が終わると、学園長はまた話しはじめる。
「彼らの素晴らしい魔法も、幼少からの英才教育の賜物でしょうか? いえ、違います。彼らはこの学園に入学してはじめて杖を握り、箒に跨がって、魔法の基礎を1から勉強しました。皆さんもご存じの通り、魔法の才能は幼少の頃に発現しても、10代の後半になるまでは微弱で不安定で英才教育なんてものを施す余地がありません。つまり、時間という発達にとって最も大事なファクターに優劣がつきにくいのです。ここにおられるほとんどの者が貴族階級の人間です。しかし、たとえ貴族でも環境や経済状況はまちまちです。興味をもったこと全てをやらせてもらえた人もいればその逆もいます。しかし、少なくともこの国において、魔法にそのような不平等・不公平は排除しています。個人の才能にはもちろん差があるでしょう。それでも、魔法を持つ者は誰もが同じライン同じ開始時刻からスタートできることを保証します。それに、魔法に男女の違いがありません。腕力ではどうしても男性には勝てない、細やかな作業では女性には太刀打ちできない。そんなことは魔法にはありません。適正はあくまでも個人に対してであり、自分自身さえ乗り越えられたら、何にでもなることができるのが魔法です。そして、実際に魔法を扱うような職務に従事するわけでないとしても、何にでもなれるという体験が、将来の自分の確かな糧になることでしょう。君たちがそれを学ぶ3年間を、私たちが全力でサポートさせていただきます。これをもって、王立モータウン学園長、ベリー・ゴードンの式辞とさせていただきます」
学園長は丁寧にお辞儀をした。そして会場はまた、ショーが終わった時と同じくらいの大きな拍手で満たされた。
私は学園長の言葉を生で聞いて、心が薬湯で洗われたような気分になる。私の心の壁の亀裂はどんどんと広がり、もはや直に心を取り出せるほどに拡大してしまった。そして実際に取り出されて、柔らかなタオルでくるまれながら上から薬湯を掛け流されているような感覚だ。タオル越しに適度なマッサージもされている。私の内的なあらゆるものが包みほぐされていく。もやもややイガイガも漏れなく分解されていく。そして砂状になって下へ落ちていく。
私は思った。もういいじゃないか。学園長の言う通りだ、自分自身とだけ向き合って、魔法の追及をしよう。前世のことにいつまで囚われ続けるつもりなんだ? 私はホイットニー・ブリンソン、いまはそれ以上それ以下でもない。ちゃんと、ホイットニーになるんだ。それだけを考えよう。私と、私が大切に思っている人たちのことだけを考えよう。いまの私は、それが許される環境にいるのだから。
心そのものが温かさの中に浸されている中で、地獄のように冷えきったひと雫が落ちてくる。
学園長が言った。「では、在校生を代表して、生徒会長からも挨拶をしてもらいましょう」
「生徒会長」という語が、私の体を瞬時に氷結させた。同時に血の気が引いて、干上がっていくような感触までやってきた。温度計が上下に振り切れるような混迷が、私を包む全ての温かいものを退けていった。その代わりに、私が失念しかけていたものを呼び戻してくれた。まさに潮のように。その潮が冷やされ凍って、亀裂を塞ぐ。
彼は学園長と同じく上手袖からやってきた。会場はまた拍手で包まれる。そして今度は歓声まで上がった。それはどちらかといえば、女の黄色い声援で占められているみたいだ。
学園長は7人の先輩の隣に移動して、学園長が立っていた場所に今度は彼が立つ。彼は低いながら軽やかさのある声で話しはじめた。自身の杖を口の前にかざして。
「ご紹介に預かりました。王立モータウン学園生徒会長のロバート・ファーガソンです」
そう、彼こそが『オールウェイズ・ラブ・ユー』の攻略対象の男の1人、コモドア魔導王国の第二王子、そして私にリアルを叩きつけ「誠実」を踏みにじった、クソ男の1人だ。
彼は流れる黄金のような髪を額に落としている。太くしっかりとした鼻根を誇る高い鼻、大きな垂れ目に蒼い瞳、それに合わせたラピスラズリのイヤリング。身長は学園長と変わらないくらいながら、より顔が小さくて神の如きスタイルをしている。すれ違うものは皆振り返り、女であればたちまち恋に落としてしまう、まさに物語の王子さまそのものなキャラクターだ。
私は彼を見据える。彼の言葉が耳に入らないくらいに、じーっと見つめる。勿論、それは恋の視線なんかではない。忘れかけていた宿願を強固に心中に描き直し、それを彼に叩きつけることの覚悟の表れだ。私は当初、それを冷徹に機械のように、蒼く直線的な焔の如く実行するつもりでいた。しかしエイダとの不意の邂逅で、私が頑なに固持してきた灯火に変化が生じた。色や形が不安定になり、うまくコントロールができなくなった。まるでこの世界の幼少期の魔法そのもののように。そして様々な感動にあてられて、ついにはいっそ消してしまおうなんて思ってしまった。前世からのいろいろな思いに蓋をして、まさにスナッファーのように。しかし、いま彼を前にして、そんなものは何の根本的解決にならないと改めて悟った。このままでは私の魂は救われない。それを果たさずして、ホイットニーになることはできない。もやもややイガイガの核は残り続ける。なぜなら、学園長が語った「魔法と真摯に向き合えば、何にだってなることができる」が真実ではないことを私に突きつけたのが彼らだからだ。男女の構造的格差の素因は男らしい腕力でも、女らしい細やかさでもない、もっと根源的な部分にあるのだと。それは魔法ですらどうにもならないものなのだと、彼らが私に叩きつけたからだ。
私は、それを否定したい。それが世界の理だとでもいうなら、それを破壊したい、殺したい。でも前世では、つまり現実では、それは限りなく不可能なことだった。何を破壊したらそれが為されたといえるのか、判断のつくはずがなかったからだ。しかし今世、つまり『オールウェイズ・ラブ・ユー』の世界では、それは単純明快だ。
『攻略対象の男たちの不誠実・嘘・欺瞞の悉くを衆目に晒し上げて、完膚なきまでに叩きのめす。』
それをやり遂げて、はじめて私の魂は救われる。ホイットニーになることができる。自分の人生を生きられる。そのためには、利用できるものは何だって利用してやる。
次話は明日の19時台に投稿予定です。




