9. 奈緒と兄とジャンダルム
(奈緒と兄とジャンダルム)
それは、四年前の事故だった。
急に右折してきた車を避け切れず衝突……
エアーバックのお陰で、命は助かったが、助手席にいた奈緒が脊髄損傷で下半身麻痺が残った。
まだ当時一七歳だった奈緒は、名医の力で最先端の脊髄再生治療を行ったが、未だ立つことすらできない。
誰もが良くなる技術ではなかった。
でも若いから、その自己再生能力で必ず良くなると医師は言う。
しかし、それにはリハビリして損傷した回路を再構築しなければならない。
でも奈緒は、最初っから諦めていているのか、リハビリをあまりしない。
本人がやる気で、やらなければ、とうてい再構築はできないとリハビリの医師は言う。
でも、……、でも……、今日も奈緒の喚き声がする。
「もうー、嫌って言っているでしょう。痛いのよー、吐きそうになるくらい痛いのよー、分からないでしょう……」
そう言われると、何もできなくなる。
「痛いだけ、ましだろう、それだけ神経が繋がっているんだから……」
「こんなんだったら、何も感じないほうがいいわよ!」
奈緒の怒鳴る声が胸に刺さる。
「もうー、家に帰りたい……」
僕の車で事故にあった。僕の運転で、奈緒が歩けなくなった。
僕は一生涯、奈緒の人生を支えると自分に誓った。
でも、投げやりになっている彼女を見るのは辛い。
兄も多分一緒の気持ちだったに違いない。
勿論、母も父も、……
専業主婦の母が多分、一番大変だと思う。
僕たちは、平日は、学校がある。父も会社に出れば、奈緒から離れられる。
でも母は、動けない奈緒を一日中看ていなければならない。
だからと言って、放置しておくわけにはいかない。
できるだけ家族で寄り添っていきたいと思っている。
世の中には、介護疲れとか、無理心中とか聞く……
その悲惨さは、手に取る様に分かる。
まるで出口の無いトンネルをひたすら歩いているようなものだ。
時より、後ろから迫ってくる車に追い立てられ走らされる……
でも、奈緒にしてみれば、この100万倍くらい、もっと辛いだろうと察しが付く……
だから、何も言えない……
ただ、望みのない、トンネルの中の生活を送るだけだ……