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8. 謎の青年、アキラ

(謎の青年、アキラ)


 お姉さんは、私の夏休みと同時に奥穂高に行ってしまった。

 今年は梅雨明けも早く、暑い夏休みになっていた。

「純子さんは、いますか?」

 珍しく、男性がお姉さんを訪ねてきた。それもいい男だ。

 こんないい男をほっといて、どこに行っているやら、もったいない、と思いながら……

「お姉さんは、ちょっと出かけていますが、当分、帰ってきませんよー」

「えー、……、そうなんですねー」

 男は残念がって、ぼさぼさの頭をかいている。

「何か伝えることがありましたら、伝えますが……」

「大したことではないですが、ジャンダルムの絵を見に来たんです」

「それなら、入り口の端の壁に掛かっています」

 私は、わざわざ絵の前まで案内した。

 彼は、興味深そうに、絵と向かい合って、前のテーブル席に座った。

「あ、アイスコーヒーをお願いします」

 彼は、それだけ言うと、じっとジャンダルムの絵を見ていた。


 母も彼を見て、アイスコーヒーを淹れながら……

「純子に男がいたなんて初めてよー」

「まだ彼氏とは限らないけど……、私、訊いてくるねー」

 彼は、まだジャンダルムの絵をじっと見ていた。

 テーブルに、先に出さなければいけなかった、お水のタンブラーとおしぼり置いて、アイスコーヒーを置いた。

「お姉さんとは、どういう関係ですか?」

「関係というほどでもないけど、去年、奥穂の山小屋でバイトしていて、親しくなっただけですけど、松本市内で画廊喫茶をやっているって聞いたので、見に来ました」

「そうなんですね。2日前にお姉さんは奥穂高に行ったんですよ」

「ほんと、一足違いだったんですねー、前もって電話しておけばよかった……」

「今年は、奥穂高にはいかないんですか?」

「去年、あれから就職しまして、今は仕事があって山小屋でバイトはできませんが、山には行くつもりです」

「差支えなければ、何をされているんですか?」

「看護師をしています」

「へー、もしかすると、お姉さんを崖から落ちるのを救った人ですか?」

「いえいえ、その話、知っているんですね」

「今年も、その人を探しに、奥穂に行きました。この絵を描いた人を……?」

「……、この絵を描いた人、多分、僕の兄です……」

「本当ですか?」

 私は、驚いてもう一度、訊きなおした。


「そうだー、俺が描いた。やっと見つけてくれたなー」

「えー、……」

 私たちは、その声で振り返った。驚きのあまり声が出なかった。

 彼は、この青年の前、ジャンダルムの絵を背にして座った。

「どこに行っていたんですか?」

「いいだろうー、何処でも……」

「良くないですよ! 山で死んだと思っていました」

「そんな、縁起でもないことを言うなー」

「じゃー、逃げたんですか?」

「そのどっちでもないよー、奈緒はどうしている……?」

「もう、あれから三年で、退院して家に引きこもっていますよ。お兄ちゃんに捨てられたって……、だから、僕が面倒を見るから、お兄ちゃんの事は忘れろって、言い聞かせてますよ!」

「でも、いいじゃないか……、こうして帰って来たんだから……」

「遅いですよー、あまりにも、……」

「……、お父さんとお母さんは元気か?」

「元気ですよー、でも奈緒のことで、家中……、真っ暗ですよ……」

「でも、元気で良かった……」

 私は、三年ぶりという兄弟の会話に入り込む隙を見いだせず、ただ立っていた。

 でも、ようやく気づいてくれたのか……

「あー、僕もアイスコーヒーを……」

「……、はい」と答えて、私は、キッチンに戻った。 

 

「何か、複雑そうねー」

 母は、客席の二人を見て言った。

 彼らは少し興奮して大きな声で喋っていたので、母には話の内容が分かっていた。

「でも、どちらが純子の本命かしら……」

 母は、嬉しそうにアイスコーヒーを淹れている。

「それは、後から来た人ではないの? お姉さんが探している人だから……」

 自分で言って、その重大さに気がついた。

「お姉さんに、電話しなくっちゃ!」

 私は、早速スマホで電話した。

 でも、圏外だった。

「圏外ということは、節約のために電源を切っているのね?」

 取り敢えず、内容をメールに入れておくことにした。



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