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70代のひとり部活  作者: 種田
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身の程知らず

マスターズ陸上の砲丸投げは年齢によって投げる砲丸の重さが異なる。

男子では49歳までは 7.26kg、50~59歳は6.0kg 、60歳~69歳は5.0kg 、70~79歳は4.0kg 、80歳以上は3.0kgの砲丸を使う。

57歳でマスターズ陸上を始めた私は50代では6kの砲丸を3年間投げ、60代は5kを10年間投げ続け、70台になった今は4kの砲丸を投げている。

4kというのは一般女子の選手が使う重量で、オリンピックで女子選手が投げる砲丸がそれである。350mlの缶ビールで言うと11本強の重さだ。

晩酌で飲むにはかなり手ごわい本数だ。

試合では4kで競技をするが、練習では相変らず60歳代で投げていた5kの砲丸を使って練習している。

それには訳がある。


60歳代後半のある時期

(軽い砲丸を使えば速い動きのトレーニングになるのではないか?)

と考えた私は、しばらくの期間4kの砲丸を投げ続けたことがある。

5kと4kの違いは私の場合飛距離にして1.5~2mの差になる。

それだけ遠くへ飛ぶのでいい気分になって投げ続け、一ヶ月たった頃だったろうか、元の5kを投げてみて驚いた。

5kの砲丸が随分重く感じられ、飛距離が一月前と比べて1m近くも落ちているではないか。

4k仕様の体に変わってしまっていたのだ。


相撲の世界では幕内の力士が十両、さらには幕下へと下がっていき、その地位に長くとどまると、そのレベルの相撲取りになってしまうと聞いたことがある。

高校時代の野球部の監督で、柔道の有段者でもあった体育の先生も「自分より強い相手と稽古をしないと強くならない」と言っていた。

その先生の言っていたことの正しさを50年以上過ぎて私は身をもって理解した。今の私にとって「自分より強い相手」とは5kの砲丸のことだ。

よって河川敷の投擲練習では5kの砲丸を投げているのだ。

筋肉は実に忘れやすく、かつ安きにつきやすい性格を持っているようだ。。

「身の程知らず」を続けないと70代らしいアスリートになってしまうことは数年前の自分の経験からも、年上の先輩方を見ても明らかだ。


柔道と言えば、高校一年の時に週一回柔道の授業があった。

柔道着は道場に備えつきのものを使ったが、問題はその数だった。一クラス40人分の数しかなかった。

一学年は6クラスあったので、6人が同じ柔道着を代わるがわる着たのだ。その柔道着は柔道場の風通しの悪い倉庫のハンガーに下げられていたが、一年間生徒たちの汗を、時によっては鼻血を吸ってどす黒いしみができ、しかも信じがたいことに一年の間洗濯されることは絶対になかった。

目をそむけたくなるような汚らしいカビが、本来真っ白であったはずの柔道着に点々と発生し、汗臭いというレベルをはるかに超えた異臭を発し、ゾンビですら身に着けるのをいやがるであろうベトついた柔道着を、悲しいことに素肌に着なければならないのだからその気色の悪さと言ったらなかった。

梅雨時から夏場になると、湿気を含んでずっしりと重くなった柔道着は、まるでナメクジを身にまとったような肌触りで、とりわけ憂鬱だった。

今思い出しても身のすくむ思いがする。

しかし私たち生徒はその不潔さに辟易しながらも、一年間だけの辛抱だと自らに言い聞かせ、かつ「軟弱な奴」と思われたくないこともあって、先生方にその悲惨な境遇の改善を求める者はいなかった。

私の通っていた50数年前の男子校には、バンカラの風がまだ多分に残っていた。今ではあの母校も男女共学になったようで、あのような不衛生極まりない、悪夢のような野蛮な授業を生徒に強制することは最早あるまい。

後輩たちよ、君たちは幸せだ。


さて、2020年から2022年までの三年間、出場を予定していた試合はコロナ禍で次々と中止になった。

楽しみにしていた試合が、場合によっては四日前に主催者から中止の知らせがあると実にガックリ来る。

餌を前にして「おあずけ」をさせられ、いつまでも「よしっ」と言ってもらえない犬の気持ちが70歳にしてやっと分かった。

マスターズ陸上のアスリートの中には一年間に30試合以上出場するつわものもいるが、私と同じガックリを味わっているアスリートは全国にたくさんいたはずだ。

試合という目標なして、河川敷でただ練習だけを続ける一種の徒労感を3年間味わったが、今年(2023年)はやっと正常に戻り、四年ぶりに全日本マスターズ陸上選手権も10月に山口県で開催される予定だ。

「おあずけ」は終わった。


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