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70代のひとり部活  作者: 種田
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天然記念物

4月に入り日本各地でマスターズ陸上の試合が始まった。

各県のマスターズ陸上競技連盟はそれぞれホームページを設けており、それを見れば全国で行われる試合の出場選手や競技結果を知ることができる。

私はこれまで日本各地での試合で知り合ったアスリートたちの動向が知りたくてそのホームページをしばしば訪れる。

今月末(2023年4月)に行われる春季富山マスターズ陸上競技大会1500mの出場者リストにはTさんの名前があった。


Tさんは私の経営していた外国語スクールが静岡県沼津市にあった時の生徒さんだ。

もう30年以上前のことだ。

私のスクールに最も多くの授業料を収めてくれた一人がTさんだった。

彼が受講してくれた外国人講師の個人レッスンはスペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、アゼルバイジャン語、ギリシア語、トルコ語、インドネシア語、中国語、ハングル語と今思い出すだけでも10か国語。

中でもアゼルバイジャン語とギリシア語のレッスンを受講してくれた人はTさん以前も以後も皆無である。

これだけの数の言語にチャレンジした生徒も私のスクールでは空前絶後だった。


10年ほど前だったか、私の広島の事務所に今は石川県に住んでいるTさんから

「マスターズ陸上を始めたいのだが」

という電話があった。

かねてからジョギングを楽しんでいた彼は、私が年賀状の近況に書いたマスターズ陸上に興味を持ったようだった。


マスターズ陸上では彼は1500mに特化している。

1500mに出場する選手は800mや3000mに出場することも多いのだがTさんはひたすら1500mだけを溺愛している。

外国語学習に関してはあれほど多くのターゲットに挑んだTさんだったが、陸上競技ではうってかわって一点豪華主義をモットーとしているようだ。

二つの相反する要素がTさんの中には矛盾することなく混在しているように見える。


年賀状といえばTさんも私もスマホを持っていない。スマホどころか携帯電話すら今まで持ったことがない。

電話で話したのも10年前のあの会話が最後で、いたって古典的な通信手段である葉書がもっぱら二人の間を行き来する。

スマホを持っていることが当たり前とみなされる昨今、マスターズ陸上の70代以降の先輩たちからでさえ

「まるで天然記念物だね」

とあきれられたりすることがある。

天然記念物であるならばTさんや私のような存在を、絶滅危惧種として、誰か優しい人が手厚く保護してくれないだろうか。

たっぷりと予算をつけて。


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