2025全日本マスターズ陸上選手権2日目
10月5日
朝10時台の新幹線で再び博多へ向かう。
同じ都市を二日連続、新幹線で訪れるのはおそらく人生で初めての事。
博多の森陸上競技場へ向かうタクシーの運転手は外国人の女の人。
聞けば
「ペルー、マチュピチュから」
とのこと。
マチュピチュは、アンデス山脈の標高2280メートルの断崖に建てられた古代インカ帝国の遺跡のある町。
私がペルー人の友人がいることを話すと
「どこにいる?」
というので、沼津と答えると
「私、富士市に住んでいた。沼津の原にも住んでいた」
というではないか。
私の外国語スクールが沼津にあった頃、富士市にも原にもペルー人の友人や顧客がいた。
当時、20数年前、私は仕事でスペイン語を話し、メールのやり取りもスペイン語でこなしていた。
しかし今、彼女と話そうとしてそのスペイン語はきれいさっぱり私から消え去っていることに気がついた。
外国語は20年使わないとほぼゼロになるという知見を驚きと共に得た。
タクシーを降りるとき、彼女は
「ムーチャス・グラシアス。ブエナ・スエルテ」
と言って私を送り出してくれた。
私にとっさの一語がよみがえった。
「バイア・コン・ディオス」
午後2時過ぎ、スタジアム裏手の空き地でウオーミングアップ。
砲丸投げは今年の初戦こそ11m19で滑り出しはよかったが、その後の岡山マスターズ以来10m台で低迷し、夏以降は練習では9m台に落ちるほどの絶不調に陥る。
今大会二日前の練習で、最後のパワーポジションに入る直前、左手を戻せばタメを作れることに気がついた。
その動作を再現出来るように気をつけてアップを終え、選手招集場へ向かう。
午後3時40分、砲丸投げ決勝。
試合前の公式練習では11mが出る。
全日本マスターズのこの種目では私は昨年一昨年と二連覇しており、今年も11mを投げれば優勝できると思っていた。
しかし1回目の試技で私の前に投げたSさんが11m02を投げた。
彼は冬季オリンピックのボブスレーの元日本代表選手で、今年初めて全日本マスターズに参加してきた。
11m02を見て私の闘志に火がついた。
サークルから飛び出るぎりぎりだったが私の一投目は11m20。
今シーズンのベスト記録が出た。
結局これが優勝記録となった。
午後7時、広島に帰宅。
妻と祝杯を挙げる。
11月3日は全日本マスターズ三日目の3000m競歩に出場する妻のサポートでまた博多へ行くことになる。




