表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/59

ピラニアのスープ

今回もテーマはマスターズ陸上から離れ、私の経営していた外国語スクールが静岡県の沼津にあった時代(21年前まで)の思い出話。

下記文章中の年代は全て当時の数字である。


アルゼンチンのフォルクローレ歌手、アタウアルパ・ユパンキの作品に名曲「ルナ・トゥクマーナ(トゥクマンの月)」がある。

孤独な旅をするガウチョが、月に語りかけて歌う哀愁に満ちた、私の好きな曲だ。

歌の中でガウチョが思いを寄せるのが、ユパンキの愛する町トゥクマンである。


ある日の事、昼食をとろうと事務所から出ると、近所のパン屋の前の石のベンチに、外国人が座っている。

このあたりの路上で、人待ち顔で、あるいは途方にくれた顔でいる外国人は、たいてい私の外国語スクールに用がある人だ。

目が合った。彼も感じるところがあったのか、立ち上がって近づいてきた。

「キヨシさん? ウーゴです。 エンカンタード」

「エンカンタード」

職安の紹介状を持っていた。

ここで立ち話もなんだからと、事務所に入ってもらった。

アルゼンチンの人だった。50歳。

イタリアの当時はまだ現役であったサッカー選手、デル・ピエロが50歳になったらこうなるであろうかと思われる、苦みばしったいい男だ。

50歳というのに、頭髪は豊かで、つややかで、しかも黒々としている。

いざとなったらアデランスがあるのだから、という妻の無神経な慰めの言葉に傷つけられたばかりの私としては嫉妬と羨望を禁じえない。

何を食べたらそうなるのか、アルゼンチンには何か秘薬でもあるのか、いつか機会を見て、さりげなく、無関心を装いつつ、必ず聞いておかなければいけない。

ブエノスアイレスからか?と聞くと、サルタの出身だと言う。

「サルタはここだ」

と、私の開いたアルゼンチンの地図を指で押さえて教えてくれた。

アルゼンチンの最北部、チリとボリビアとパラグアイの三国に国境を接する山岳地帯だ。

そして、彼の指差すサルタのすぐ南にトゥクマンがあった。

「この町の名は知っている。ルナ・トゥクマーナで知っている」

「ああ、アタウアルパ・ユパンキだね」

そう言うと、彼は歌詞を口ずさんだ。

“マス クアンド サルガ ラ ルーナ

カンタレ カンタレ

アイ ミ トゥクマン ケリード 

カンタレ カンタレ“

私も合わせて歌った。

アルゼンチンと日本の中年男の心が触れ合って鳴った。

私が会ったばかりの人と親しく二重唱をしたのは、後にも先にもこの時だけである。


日本語が全く出来ず、しかも50歳を過ぎているとあって、ウーゴはなかなか仕事を見つける事が出来なかった。手持ちの金が残り少なくなってきた頃、やっと近くの自動車部品会社での仕事を見つける事が出来、これでやっと家族に送金が出来るとウーゴは喜んだ。

仕事を始めてからも、休みの日には時々私の事務所に顔を出してくれたが、そのたびに疲労が濃くなっていくのが、無精ひげや目の下のくまで見てとれた。何しろ長時間の日勤と夜勤を繰り返す、50歳を過ぎた彼にはいかにもきつい肉体労働だ。

ある日一枚の写真を見せてくれた。家族の誕生日にブエノスアイレスのレストランで撮った写真だと言う。おしゃれなアルゼンチン男らしく三つ揃いのスーツを着た長身のウーゴ、奥さん、3人の子ども達、彼の弟夫婦がこちらを見て笑っている。その一人一人の名前を教えてくれ、最後に最近届いた一番下の小学生の息子からの手紙だといって、開いて見せてくれた。

その末尾にはこうあった。

“パパ、グラシアス(パパ、ありがとう)”

私の胸が熱くなった。

私はその子に、「君のお父さんはえらいんだぞ」と言ってやりたくなった。


ウーゴが話してくれた事がある。

アルゼンチンの大河ラプラタ川にも、ピラニアがいるそうな。

「危険な魚だ。でもリコだ(うまいぞ)。」

どうやって食べるのかと尋ねると

「あの魚は小骨が多いから、スープにする。うまいぞ」

アルゼンチンでは人間一人に牛二頭といわれ、人は牛ばかり食べている、とどこかで読んだことがある。

「そうだ。でも魚も時には食べる。俺の女房が作る。うまいぞ。入っているのは、セボージャ(タマネギ)、パパ(じゃがいも)、サナオーリャ(にんじん)、サパージョ(かぼちゃ)……」

アルゼンチンでは、ピラニアを、刺身でもなく、焼くのでもなく、スープで食べるのだ。

いつか、妻と子供たちに話してやろう。

日頃、私に対する尊敬の念のはなはだ希薄な三人だ。それが希薄である理由は山ほどあるが、なに、能ある鷹は爪を隠していただけだ。

彼らも、ようやくにして、私がピラニア料理の権威であるのを知ることになるだろう。


以上、20年以上前の思い出だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ