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70代のひとり部活  作者: 種田
30/55

父と息子の黄金時代

8月12日  


朝7時20分、河川敷到着。

薄曇りの空。

8月8日は立秋だった。

川面を渡ってくる風に、この夏初めてかすかに秋の気配を感じた。


アップをしていると中年の男性に連れられて散歩にやって来たミニチュア シュナウザー私から5mほど離れた所にしゃがみ込み、体操をする私をじっと見ている。

犬が動こうとしないのでその男性は引き綱を離し、少し離れたところに行ってスマホをのぞいている。

私がストレッチを終え、タオルを握って円盤投げの素振りを始めてもミニチュア シュナウザーは何も言わないで、座ったままじっと私を見ている。

これほど好意のこもったまなざしでじっと見つめられることなど、私の人生にかつてあっただろうかと思いながら、私はなんとなく面はゆい気持ちでアップを続けた。

やがて待ちくたびれた男性に声をかけられて犬は立ち上がり、私は犬と互いに名乗りあうこともなく別れたが、もう一度会う機会があればせめて飼い主にあの犬の名前だけでも聞いておこうと思う。

10年ほど前にもこの河川敷で、私の投げる円盤を座り込んでいつまでも見続けるコーギーに出会ったことがある。

円盤投げが好きな犬もいるのである。


今日は祝日なので河川敷のグランドでは少年野球(硬式)チームが練習している。

従って私は彼らの邪魔にならないように彼らから遠く離れての投擲練習だ。

選手は7人、一方監督、コーチ、サポート担当の母親は合わせて10人以上。

7人では野球の試合は出来ないだろうに、どうするのだろうか。

このチーム、昔は私のいとこの息子も在籍しており、甲子園の常連高校に進学したり、プロ野球選手にまでなった選手もいたりして一時は30人以上メンバーがいた活気のあるチームだったはずだが。


お盆休みに入ったこともあってか小学一年生くらいの男の子とその父親が捕虫網を持って原っぱにやって来た。

父親が息子とじゃれあうようにして遊ぶことができるのはせいぜい四年生くらいまでではあるまいか。

私と息子の場合はそうであったし、息子を持つ知人たちにしても同じようなものだった。

その時期を過ぎれば父親と遊ぶよりも友達と遊ぶほうが息子にとってはずっと楽しくなるのだ。

それは自然のことであり、健全なことであろうが、誰よりも自分を慕っていた遊び相手を失った父親にとっては寂しいことだった。

この若い父親は、今、父と息子の黄金時代にあるのだなあと、かすかな痛みを感じながら、蝶を追って原っぱを歩き去っていく二人を見送る。


橋の下ではリコーダーを吹く初老の婦人。

私には「スペリオパイプ」という言葉が直ちに頭に浮かぶが、今では死語になったようだ。

彼女は「上を向いて歩こう」をいささか調子はずれの音で繰り返し吹いている。

飛ばなかった今日の円盤投げの練習を終え、ギラギラ照りの川土手を自転車で帰る私を、彼女の吹くこの曲は励ましてくれているのか。


上を向いて 歩こう

涙が こぼれないように…



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