街
「うあーごめんなぁ。注意力足りてなくて……ん? 見ない顔だなぁ」
そう言ったケモ耳の彼女は、気だるげな様子で頭をかいていた。目元には深い隈。よく見ると、顔色も悪い。
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
とりあえずこちらの無事を伝えたものの、逆に不安になってきた。
「貴方の方こそ、大丈夫ですか? 体調、悪そうに見えますけど……」
「それよく言われんだよなぁ。でも、いっつもこんな感じでさぁ。戦いん時以外力入んねーんだよぉ」
確かにさっき見た時とは雰囲気が大分違う。
今は寝起きの顔をしているが、戦ってる時は割と目がガンギマっていた。
バトル、好きなんだろうか。
「それよりお前らあれじゃねえかぁ? 竜人の……先祖返りってやつ」
やった。よく分からないが、そう言う事にしておこう。
竜人という種族の先祖返りした個体は、こういう見た目をしているらしい。
「実はそうなんです」
「だからそんなに底がしれねぇのか……。しかも二人なんてなぁ……あれか? うちんエースに会いに来たんかぁ?」
どうしよう、知らない話だ。知らない話を振られてしまった。
何だ? うちのエースって。
(ウロスさん、何か知ってたりしますか?)
(? なに……?)
ダメ元で聞いてみたが、やはりダメだった。話すら聞いていない。
とりあえず乗っておくか。
「そうですね。それが目的で……となりまち、から……」
「隣って……あそっからわざわざここ通ってか?」
あ、いらん事言ったかもしれない。
(ウロスさん助けて助けてウロスさん)
「木……好き、だから……」
今度はちゃんと話を聞いてくれてたみたい。あまりに雑なアシストをしてくれた。
これはどうだろうか。
「あはっ、やっぱ強え奴ってどっか変だなぁ」
おおー、よく分からないが乗り切れた。ありがとうウロスさん。
こんな感じで要所要所を誤魔化しつつ、なんとか会話は続いた。
ケモノの耳と尻尾を持つ彼女の名前はミルフ。レクラムという街の冒険者で、普段から一人で活動しているらしい。
そして今は、日が暮れる前に街に戻るところだという。
となれば当然、便乗させてもらうほかない。
彼女が素性を色々語ってくれるのに対し、こちらは嘘っぱちを語るという構図。少なからず罪悪感が募る。
ウロスさんがいなかったら、もう少し気が沈んでいたかもしれない。
「見えてきたぞぉ」
特にトラブルもなく、穏やかに過ぎた道中。
日が沈みかけた空の向こう、ついに人里の灯りが視界に飛び込んできた。
「壁だ……」
彼女から聞いてはいたが、街が壁に囲われている。
ここまで大きいのは珍しいと語っていたので、壁に囲われた街自体は少なくないのかもしれない。
別に巨人とかは来ないんだよね?
「良かったなぁ、入れて」
街中へは思ったよりすんなりと入れた。
身分証などは持ってるはずもなかったが、ミルフさんのお陰でそこはどうにかなったのだ。
彼女、知名度はそれなりにあるらしい。
「ありがとうございます、わざわざ話してくれて」
「別に大した事じゃねえよぉ」
ちなみに自分たちの身分証は、ウロスさんが粉々に破壊してしまったことになっている。彼女の雑アシストから、話がそんな流れになったのだ。
見てくれのお陰か、その嘘は殆ど疑われることなく罷り通った。
こんなセキュリティで大丈夫なのだろうか。
「じゃあ悪ぃけどここでお別れだな」
「あ、ありがとうございました……!」
ここでミルフさんとはお別れだ。
街を案内してくれる事になっていたのだが、なんか色々あってそれはなしになった。
詳しく言えば、彼女が家賃を割と長期間滞納していて結構まずい状況とのこと。
なんか誰かに肩代わりしてもらってるから平気とは言っていたが、その誰かに申し訳なくなったのでこちらから丁寧にお断りさせてもらった。
自分らが言えたもんじゃないが、なかなかヤバい人なのかもしれない。
……いや本当に言えたもんじゃないな。
「お前らも気が向いたらギルド来いよぉ。実力者は、みんなめっちゃ歓迎するぜぇ」
そう言葉を残すと、彼女は討伐した熊が入った魔法の袋を腰に下げ、ゆっくり歩いて冒険者ギルドへと向かって行った。
どうやら換金はそこでできるらしい。
この街の冒険者になるよう勧誘も受けたが、こちらもやんわりと断った。
今はそれどころじゃないのだ。とりあえず街に入れたはいいが、ここからはウロスさんと作戦会議をする必要がある。
正体がバレたらあの謎の男に責められそうだし、もしかしたら怒りに任せて殺しに来るとかもあるかもしれない。……そんな短慮ではないか。
ていうかあの男の人の名前知らないな。今度会ったら絶対聞こう。
あと、ミルフさんが言ってた"エース"ってのも気になる。
竜人の先祖返りらしくて、ギルドでも一番の実力者とかなんとか。
今は遠方の依頼で留守らしいけど、正直ちょっと会ってみたい。
「てか、街だ……」
日はすっかり落ちて、空には星がちらほら。でも街の中はまだ明るくて、通りには人が行き交っている。
ずらりと並ぶ建物、明かりを灯す街灯。
久々に、文明の空気を吸った気がして、ふっと肩の力が抜けた。
隣では、ウロスさんが控えめにキョロキョロしてる。初めての街で色々気になるらしい。
可愛い。すごく可愛い。
こうして、暗い森に二人きりで閉じ込められずに済んだのも、全てはミルフさんのおかげだ。
ミルフさん、様々である。