生物が恋しい
俺は今裸だが、裸ではない。
分かりやすく言うと、裸と言っても過言ではない状態だが、上も下も、隠さないといけないところは鱗で隠れているのだ。
しかも意識が体に引っ張られてるせいか、恥ずかしさはない。この感覚は少し危ない気もするが、まあそこまで問題はない、はず。
もしこの格好で人と会ったとしても、今の俺には人外ということと顔が良いということ、この二つの免罪符がある。きっとこれでなんとかなるだろう。
いざって時には圧倒的な暴力があるので、何があってもどうとでもなる。
力がこれほど心に余裕を齎してくれるとは。人間ってそんなものか。人間じゃないけど。
まあでも堂々としていれば問題ないだろう。顔が良いから。
顔の良さは全てにおいて優先されるからな。人生において最も侮ってはいけない要素の一つだ。
そして、肝心の隠れて見えないあそこだが、そこに俺の俺はもう、いない……いないのだ。
「いない……」
気づいてたけどこうやって改めて確認すると、なんだか寂しい気持ちになる。今までありがとう。
ということはつまり今は私の私がある……というわけでもない。
曰く、人間とは生物としての格が違うから、性別とかはない。神様が確かそんなことを言っていた。
それ故に、上も下も何にもないわけだ。空しい。人はそこに無限の可能性を求めるというのに。
「とりあえず森を抜けてみるか」
まあここらへんで立ち去ることにしよう。現行犯で捕まったら言い訳ができない。
それに、少し魔法を使ったおかげで、体が空の飛び方を思い出したらしい。
誰もが一度は思ったことがあるだろう。空を飛びたいと。
斯く言う自分もその中の一人であるわけで。この体は初めてではないかも知らないが、ワクワク感は多少なりともある。
まずはちょっとだけ浮いてみるか。
「お……?」
50センチほど体を浮かし、浮遊感を味わう。
徹夜明けでおかしくなってる時みたいな、地に足ついてない感じ。いや今はほんとについてないわけだけど。
ともかく不思議なふわふわ感に襲われた。
でもそこまで嫌いじゃないかもしれない。なんなら癖になりそう。
そうして徐々に高度を上げ、現在地上から3メートルほどの位置。
高所は得意ではないのだが、落ちても無傷だと分かっているからか、そこまで不安感はない。大分安定しているし。
「動けるかな」
樹々を超える高さにまで上昇。今度は横にも動いてみることにした。
放火した場所から目を背け、反対方向へ進む。
数十メートル進んだところで、速度調節も自由自在になった。コツを掴むまでが早すぎてこの体のポテンシャルが怖い。
今はジョギングくらいのペースだろうか。
水面の上をゆっくりと滞空する。
翼は飛行をサポートする役割があったようで、翼に魔力を意識して流すようにすると、より楽に飛べるようになった。
今まで魔法は感覚で使っていたんだが、魔力の操作についても少し分かってきたかもしれない。なんなら魔力が今は視認できる。
やはりポテンシャルが高すぎる、この体。
「んー、おかしい……」
呼吸をするように飛べるようになってきた頃合い。
今更ながら、感じていた違和感に疑問を抱いた。
「近くに誰もいない」
いつの間にか、割と広範囲で周囲の気配を探ることができるようになっていたのだが、近くにはどんな生物も感じない。
というより、これは恐らく逃げられている。
進行方向に感じていた気配も、そこに着く頃にはもうないのだ。避けられてる感じがして悲しい。
今はもう最初に魔法をぶっ放して来てくれた、名前も知らん誰かが恋しい。
「あ」
しかしここで咄嗟に空中に静止。
なんかヤバいかもしれない。
遥か先、進行方向に今まで感じて来た気配とは比べ物にならないほどの魔力を感じた。
「まあでも多分暴力なら負けない、はず……」
この体がそう思ってるので多分本当。
ただ相当ヤバいやつがいるかもしれない。
とりあえず迂回して──、
(こっちになにか、用事……?)
頭の中に声が響いた。