ファイアー!!!
自分が平々凡々なスペックであることは自覚している。だから自分から手を挙げることもなければ、社会というレールから外れることもなかった。集団の真ん中を常にフラフラと漂っていたのだ。
詰まるところ常人で凡人で、これと言った特技もない。
だからつまりどういうことかというと、遭難したら簡単に死ねる。
そんでアウトドアな趣味なども持ち合わせていないので、つまりサバイバルな状況で役に立つ知識は全く知らない。
いやどっかで見たことはあるかもしれないけど、とにかくこの状況に適したスキルは持ってないわけだ。
もう一度周りを見渡してみる。
生い茂る草花と際限なく立ち並ぶ樹々。頭上から差す陽光と、キラキラ輝く小川。
「もしかしてまずい……?」
先のハッチを除いて人工物が一つも確認できない上、なんなら獣道すら見当たらない。
水はあるけど飲んでいいかも分からないし、多分火もつけられないし。
色んな問題を考えつつ、川の方へ歩を進めた。
「何かいいな」
この割と絶体絶命の状況に似合わない感想が思わず漏れた。
気の向くまま腰を落ち着け、空を見上げて流れる川の音を嗜んでみる。
空気が美味しい。樹々のざわめきも心地いい。
思えば、こういう自然を全身で味わったことはあんまりないかもしれない。休みの日は家でダラダラするだけだし、普段から自然に囲まれる様なとこ行くわけもないし。
なんだか全部何とかなるような気がしてきた。このまま寝てしまおうか。
そんなことを思った矢先。
「ん?」
不意に風切り音が聞こえた、気がした。
意識を向ければ、なんと眼前に迫る矢。
これを自然と右手で、
「!? すご──」
キャッチ、したかと思えば、次に目に入ったのは、水とか炎とか氷とか。
よく分からないが、確かにこっちに飛んできているそれら自然物が、目の前を覆い尽くしている。
(あ、死んだ……? でもなんか、カラフルで綺麗)
みたいなことを考えつつ、やはり体は自然と動いていた。
右手を前に突き出し、透明な壁が現れる。
「っ……!」
直後、飛来してきた全ての質量が炸裂した。
轟音が響き、目の前の視界は眼前に遮られる。
数瞬の後、辺りは静まり返った。
「た、耐えた……?」
足元から先、地面は大きく抉れ、横の地面も負けず劣らずかなりすごいことになっている。
しかし何故か、飛んできたと思われる方向の木は無事な様子。一体どういうことなのだろうか。
「というか……」
自分って本当に今人じゃないんだ。
改めて自覚した。自分が人外であると。
嬉しいような悲しいような複雑な心境である。意外にも人間であることに未練があるのだろうか。自分のことだけど分からない。
一つ確かなのは、先までの遭難に対する不安が全て軽く消え去ったということだ。
これ何しても死なないでしょ。
「いや、とにかくここを離れないと」
とりあえずここは退散。だってめちゃくちゃ物騒だもの。
樹々の奥の奥に感じた人の気配に目を瞑り、その反対側に進むことにした。
死んでもおかしくなかったのに何も怖さを感じなかったのは、体に染みついた『邪竜ちゃん』の感覚だろうか。
なんなら喰らっても大丈夫な雰囲気を感じた。
物騒ってことに変わりはないから全力で逃げるけども。
まあなんとなく気配は覚えたので、こんなことが続くようなら追跡してお話を伺おう。正直脅威には感じないので警戒度はこの程度である。
「水だ……」
森を突き進むこと数十分。
池というより湖だろうか。大きい水溜りを見つけたので、少し休憩を取ることにした。疲れは感じていないけど。
「うわ、すごいことなってる……」
草木を掻き分け踏破した都合、尻尾や翼に蔦のような草が絡まっていた。
少し不便は感じるが、強靭な肉体を手に入れたことに対する代償としては、拍子抜けするレベルである。
自分の容姿に対して執着がないことを含めると、メリットがかなり大きい。
ここは一つ、あの無茶苦茶な神様に感謝しておこう。
「取れない……」
尻尾、翼はばたばたと動かすだけで蔦を振り落とすことができたが、問題は角だ。複雑な絡まり様の上に動かせず、見えないため少々面倒なのだ。
歩きながら度々手で取り除いてはいたが、どうやら足りなかったよう。
恐らく小さいジャングルみたいな状態になっている。
「あ、そうだ」
蔦を千切りながら、新たに手に入れた感覚のことを思い出した。
あのバリアみたいなのを出したとき、なんかを出すコツを掴んだのだ。
だから例えば、
「本当にできた……」
火を出すことができる。
手のひらの上。メラメラと燃える炎は、絶える様子がない。
確かにちょろっと魔法があるとか神様は話してたが、実際にこうやって発動してみると、多少なりとも胸が躍った。地球人的思考で考えると中々の革命だもの。
しかし感動が薄いのは、今の体が地球人の体じゃないからだろうか。この体からすれば、こんなことは感動に値しないらしい。
とりあえず蔦駆除の為に一回全身を燃やしてみようか。
「おお、視界がすごいことなってるけど熱くない」
数十秒は経ったはずだが、全然熱くない。強い。
多分全部燃えただろうから、ここで湖に入水。そして上がる。
あれ……まだ燃えてる。
もう一度水に浸かって出る。
燃えてる……。
「ん……?」
どうしよう、これ。
なんか消えないんだけど。
「あ」
森が燃えてる。