ソフィアさん
(ウロスさん、あの、背中に来ました)
(ん……? あー、本当だ……)
(一緒に森の方へ行きましょう?)
(んー……もう、いい……)
彼女の背中に着地後、会話をしていると何か不穏な言葉が聞こえてきた。
(戻る……)
(あっ──)
ウロスさんが人型に戻るその瞬間、俺は咄嗟に彼女を連れて瞬間移動。
今まさに体験したばかりの、覚えたてほやほやの魔法である。
とりあえず森の奥の方へ行けるよう祈って使った。
「水だ」
気がつけば、目の前には湖。
そして周りを見れば犠牲となった真っ黒焦げの樹々達。
ここあれだ。魔法で山火事起こしたところだ。
初めての瞬間移動はどうやら上手くいったらしい。
一度体験しただけで瞬間移動を使えるとは……すごいを通り越してもはや怖い。
まあでも良かった。人型フォルムがこの森の邪竜と巨竜だと多分バレずに済んで。
「暗い」
夜の森だ。当然灯りなどはどこにもなく真っ暗。
辺りは静けさで満ちている。
しかし不思議なのは、周囲を見回した時に問題なく視認できることだろうか。
暗いことはわかるが、そのせいで見えないということがない、不思議な感覚だ。
横に寝転がるウロスさんの表情も確認できる。
心地よさそうな、安心し切ったような、蕩けた顔をしていた。
「ストー……」
彼女が腕を引っ張ってきた。
無抵抗でそのまま体を預けると、そのまま抱きしめられる。
抱き枕みたいな感じでぎゅっと。
なかなか子供みたいなことをしてくる。
体は全然子供じゃないけど。
「ストー、好き……」
可愛いドラゴンである。
恐らく子供の言う好きと同じようなものだろうが……気分が良いのでこのまま寝てしまおうか。
今日の出来事が、彼女の良い暇つぶしになってくれていれば嬉しい。
「……」
にしても濃密な一日だった。
色々、本当に色々あったけど、こっちの世界でもちゃんと生きていけそうだ。ほぼこの体のおかげではあるが。
神様に改めて感謝しておこう。
それに単調な日々を過ごしていた向こうより、楽しく暮らせそうだ。ひとまず、今のところは。
まあ再封印されないことを目標にして生活しようか。
敵はなるべく、作らないようにしていこう。
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気配を感じて目が覚めた。
眠気というものがないので寝覚めは最高。
眠りというものと疎遠になってしまうのかと思っていたのだが、眠ろうと思えば普通に眠れるようだ。
元人間としては嬉しい。眠るのが嫌いな人間なんていない。多分。
「見つけました……」
近づいてきたその気配から聞こえてきたのは、聞き覚えのある幼い声。
そちらを向けば、そこには中空に浮かぶロリシスターの姿が。
わざわざこちらに出向いてくれたようだ。
「その……乳繰り合うところを見せつけないで貰えませんか?」
「す、すみません」
そう言ってウロスさんをどけて体勢を起こす。
すると彼女も目を覚まし、同じく体勢を起こすとこちらに寄りかかってきた。
ちなみに乳繰り合ってはいない。
「貸しの件、もう忘れてしまったんですか?」
「すみません……」
責めるようにそう言われたのでとりあえず謝ることにした。
当然忘れてはいないが、昨日の今日で遅いと言われるとは思っていなかった。
昨日のうちに何かして欲しかったということだろうか。
「誰、あれ……?」
「彼女は……えっと……」
彼女と面識のないウロスさんに説明しようとして気づいた。
そういえば恩人なのに名前すら知らない。
「ソフィアです。騒ぎを起こした貴方をどうにかするためにそちらの緑の方に協力しました」
「そう、なんだ……」
「あ、須藤といいます。こちらの彼女はウロスさんです。昨日はどうもありがとうございました」
「どうも。昨日ではないですけどね」
名前と感謝を告げたところで、ロリシスターさんが何やらおかしなことを言う。
街から瞬間移動して寝て起きて、今である。
昨日というのは間違ってないはずだ。
「あの夜から5日は経っていますから」
「え……?」
どうやら彼女によれば5日経っているらしい。
どういうこと……?
混乱したまま、彼女の話は続いた。
曰く、どこに飛んだかも分からないため最初は街周辺で待っていたそう。それなりに離れても自分達を察知できるそうで、感知可能範囲にはすぐ来てくれるだろうと期待して。しかし数日待っても文字通り来る気配すらなく、遂には痺れを切らして捜索を開始。そして一日中探し回り、ここに辿り着いたとのこと。
「それはあの、本当にすみません……」
「これだから竜は嫌いです。貴方達は時間においても何においても、余りにルーズ過ぎる」
不機嫌な様子でそう言う彼女に、こちらとしては返す言葉もない。
しかしやはり気になるのは時間の経過具合だ。そんな馬鹿みたいな長時間睡眠を取った覚えはない。
「ウロスさん、5日寝てたらしいんですけど、これって……」
「ねぇ……殺していい?」
「え?」
「はっ?」
突然の爆弾発言に体が強張り氷漬けになるソフィアさん。
ウロスさんが彼女に向ける目を見て、確信する。
本気だ……本気で殺る気だこの人。
「ど、どうして殺すんですか……?」
「むかつく、から……」
酷く端的な理由だ。
確かにソフィアさんはここに現れてからずっと、こちらに不満を滲ませている。初対面のウロスさんに向ける態度ではないのだが、約束を破られたと思いソフィアさんが怒るのは無理もなく……。
ともかく借りがある身としては……いや仮になくとも、殺すほどのことではない。
「でも彼女は街で協力してくれた方でして、手荒な真似は……」
ここは一先ず恩人に報いなければ。
見殺しにするわけにはいかない。ウロスさんにも人殺しはさせたくないし。
未だ動けないソフィアさんを見ると、もっとフォローをしろと、必死の形相でこちらに目配せをしている。
力量差ってどのくらいあるんだろう。
そう思った時だった。
「……やだ」
「ウロスさ──」
前触れもなく、ソフィアさん周辺の圧力が変化する。
陽炎のように空間が不気味に揺らめき、鮮血が舞う。
彼女の顔が歪み、遅れて地面に腕が落ちた。
「次は、殺す、から……消えて……?」
どうしよう、この状況。