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ピンチ

「美味し、かった……」


 空になった四人分の皿が乱雑に置かれるテーブルで、ウロスさんがそう告げる。

 結局何もつまめなかった。

 だって全部一口で食べてしまうんだもの。

 運ばれてきた瞬間に貰っていいかどうか聞くべきだったか。


「それは何よりです……」


「ん……ふふ……」


 さて、どうしようかこの後。

 素直に誤るか、思いついた方法で一儲け狙って見るか。

 あまりにもご馳走様が早いお陰で、詳しいことが何も決まっていない。

 とりあえずウロスさんに聞いてみよう。


「あの、この後どうします?」


「んー、ふふ……んふふ、戻る……」


「……?」


 何か様子がおかしい。

 いつもより顔が赤いし緩んでるし。それになんだか楽しそう。

 どうしてしまったのだろうか。

 そもそも戻るって何だ?


「あの、戻るって──」


 あれ、なんか変だ。

 魔力の流れが変。

 魔法を使おうとしてる……?

 あ、分かった。この人、竜に戻ろうとして……。

 え……? 何やってるの?


「待っ……!」


 もうキャンセルは出来ないと踏み、咄嗟に彼女の腕を掴んで上に投げ飛ばす。

 思い切り投げたので屋根を突き破り、彼女は上空へと消えた。

 一瞬の出来事に、周りは反応が遅れる。そして、人々がざわめき始める瞬間、街に巨大な影が落ちた。

 街中に、黒の森の巨竜が堂々と出現する。


「あー……」


 終わった。


「へ……!?」


 ウェイトレスさんが漏らした声を皮切りに、店が、というか街全体が恐怖と混乱に包まれた。

 まず状況を正しく理解するのに時間がかかり、理解した人から絶望して嘆いたり全てを諦めたり、立ち向おうとする人も稀にいたり。

 どうしてこんなことに……?

 空の食器を見ながら考えていると、割とすぐにこの事件が起きた原因が判明した。


「酒……」


 そういえば飲み物は全てビールだった。

 ビール。酒。アルコール。

 もしかしなくても酔っ払った……?

 そう考えてみると確かにそんな感じだった気がする。

 竜ってそんな簡単に酔うもんなんだ……。

 なんて感想を言ってる暇はない。早く何とかしなければ。

 間違って彼女が街に魔法でも撃とうもんなら、ここは恐らく廃墟と化す。

 なんなら着陸しただけでも被害は甚大だ。


(あ、あの、ウロスさん? 聞こえますか?)


(んー、何……?)


 良かった。念話はできるみたい。


(えっと……一回そのまま森まで帰ってくれませんか?)


(え……)


(街がパニック状態でして……)


(なん、で……?)


 そりゃ貴方が気分一つで街を破壊できる存在だからに決まっている。


(とにかく、移動してもらえませんか? 本当に結構ヤバい感じで……)


(やだ……)


(え、だ、ダメですか?)


(ストーが、居なきゃ……やだ……)


(後で必ず行きますので……)


(やだ)


 なんか小学生みたいなことを言い出した。

 確かに元から、見た目に反して言動が幼くはあったが、多分これはお酒の影響も大きい。

 お酒の所為で、さらに精神年齢が下がってしまっている。

 しかしどうしようか。

 周りに人がいるから、ここで動くとどうしても一般先祖返り竜人ではいれなくなってしまう。

 困った。今までにないくらいのピンチである。


「止めに行ってください」


 不意に、凛とした声が響いた。

 目を向けるとそこにはシスターの少女。

 悪魔チックな角と尻尾が印象的だ。

 パッと見は小学生くらいで、今の俺より全然小さい。


「この店にいる人は眠らせましたので」


 言われてみれば確かに、いつの間にか辺りは静かになっている。

 机にうつ伏せになっていたり、地面に倒れていたり、全員が意識を失っていた。

 これならだいぶ動きやすい。

 しかしこちらがお忍びであることも、あの巨竜を止められるだろうこともお見通しのようである。

 一体何者なんだろうか。


「あ、ありがとうございます」


「いいですから、早くあれをどうにかして来てください」


 正直彼女の正体は気になるが、誰であってもこの状況においての救世主であることには変わりない。

 素直に感謝の言葉を送ると、早急にあれをどうにかしろと促される。

 自分も早いとこどうにかしたい。

 酔った勢いのまま大勢の前で突然人型に戻られたりしても困るし、本当に急いでどうにかしないといけないのだが……でもどうすればいいだろう。

 彼女の元へ向おうにも、その際人に見られてしまってはいけないのだ。

 全速力で行けば常人には見えないかもしれないが、その場合たぶん街に被害が出てしまう。

 こういう時の魔法だと思うのだが、実はまだ人を眠らせるみたいな繊細な魔法は一つも知らない。

 もう少し魔法で遊んでおくべきだったかもしれない。


「あの、街の人にバレずにどうにか竜の真上に行けるような魔法を知ってたりしますか……?」


 ダメ元でシスターさんに聞いてみることにした。

 だって器用な魔法をたくさん知ってそうだもの。


「知ってますけど……これも貸しですからね」


 知ってるらしい。良かった。

 見ず知らずの人なのに、色々頼らせてもらってしまって申し訳ない。

 後で心からのお礼をさせてもらおう。


「認識阻害の魔法をかけました。じゃあ、行ってきてください」


 その直後、不思議な感覚に包まれた。

 そして目を開ければ、上空。落ちていく感覚。

 下を見れば、黒い何か。

 あ、これウロスさんだ。相変わらずでかい。

 あの少女シスター、認識阻害だけでなく、瞬間移動するような魔法も使ってくれたらしい。

 何から何までやってもらってしまった。

 貸しは返済できるだろうか。

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