なってた。
「……どこだここ」
目が覚めるとそこは知らない場所。
豪勢な装飾がしてある謎の部屋だった。
何やらよくわからない布や鎖が垂れ下がっていたり、ところどころに大きな炎が灯っていたりする。
「ん……?」
さらに、なんかよく分からないまま体の違和感を辿ってみれば、何故か手も足もゴツゴツしてる。
よく見るとこれはあれだ、鱗だ。手足が緑の鱗に覆われてる。
しかも角が生えてれば翼も生えてるし、尻尾も生えてる。
どういう……? どうなってんだこれ。本当に。
「……あ」
そういえば心当たりがあった。
昨日スマホいじってたら変な声が聞こえてきたんだ、確か。
(調子はどうですか?)
そう、まさにこんな感じで。
(あまりに一方的だったので少しだけ説明してあげます。まあ、貴方の困り果てる姿も一興ですから、質問は受け付けませんが。ちなみに私は神です。崇め奉ってくださって結構ですよ)
そんなわけで唐突に、自称神様のこの状況についての説明が始まる。
こちらを煽るような励ますような、そんな意味のない話を省いて内容を簡単にまとめるとこんなものだった。
封印されていた邪竜の魂がもうじき朽ち果ててしまうため、その代わりに適性のある異世界人であるあなたの魂を複製して移植しちゃいました。実は、邪竜のことをそれなりに気に入っていたんですよね。
これらを伝え終わると、唐突に声は途絶えた。
あれこれ喋ったくせに、肝心な今後のことは丸投げで、最後の挨拶すらないまま通信(?)は終了。
ろくでもない神様である。
「……」
話のスケールもテンションも、理解が追いつかない。
信じろという方が無理な内容だが……信じてる自分もいる。
現に、鱗だらけのこの手足も、背中の翼も、尻尾も、全部"本物"の感触なのだ。
現実味はないのに、感覚だけは妙にリアル。
……信じるしかないのかもしれない。
「んー……」
手をギュッと握ってもう一度感触を確かめ、自分の手のひらを見つめる。
この見慣れない手が、今は確かに自分の手なのだ。
とりあえず、じっとしてても仕方がないと思ったので、慣れない体をあちこち弄ってみることにした。
角も翼も尻尾も、触ってみるとちゃんと触られた感覚があり、翼と尻尾に至っては自分の意思で動かせるよう。
ばさばさ羽をはためかせてみたり、尻尾を振ってみたりする。
少し難しいけれど、中々楽しい。
飛べる気はしない。
「ここって何なんだろう……」
尻尾で即興ビートを刻みながら、気づけば数分。
最初は動かせることが楽しくて仕方なかった尻尾も、そろそろ飽きてきた。
そしてようやく、現在地への疑問が脳裏をよぎる。
──豪奢な装飾、整った空間、焚かれた炎に不思議な布や鎖。
封印というには、なんだかやけに丁寧で、荘厳で、どこか神聖さすら感じる雰囲気。
封印っていうより、祀られてる気がする。
「……まあいっか」
今考えても答えは出ないし、そもそも自分は歴史の専門家でも考古学者でもない。
部屋の隅、扉がひとつ。そこに気づいた瞬間、好奇心は一気にそっちへ流れていった。
だって知らない場所の扉って少しワクワクする。
それに、異世界に来たのだからエルフとかゴブリンとか、そういう異世界らしいものを拝みたい。
謎の祭壇で悶々と考え込まずに、どうせなら未知を見に行って楽しんでしまおう。今はそんなポジティブな気持ち。
幸か不幸か、大切な人が居ないということがプラスに働いたわけである。
失うものがないというのも、やはり案外悪くない。……強がりではなく。
そうして、せっかくだから自分の翼で滑空して扉まで飛んでやろうと意気込んで──、
「いたっ……」
失敗した。
やっぱり飛ぶのはまだ厳しそうだ。
「おお……」
扉の向こうに待っていたのは、長く続く石造りの階段だった。
地下から地上へと導くような、静かで重々しい道のり。
一段ずつ上がるたび、胸の奥がじんわりと高鳴る。理由は分からない。
そして、天辺にある古びたハッチを思い切って押し開け──、
「外だ……!」
眩しさと、涼やかな空気が一気に押し寄せてきた。
広がるのは深く濃い緑。見上げれば空。風の音と、葉擦れの囁き。
完全に知らない森のはずなのに、なぜか少しだけ懐かしい。胸の奥に残る、ぼんやりとした既視感。
もしかするとこれは──この体の記憶、なのかもしれない。
「ふーぅ……」
緑の中で伸び、それと深呼吸。
気持ちがいい。
「さて」
ほぼ遭難状態なわけだけど、これからどうしようか。