何時か溶ける雪
しいな ここみさま主催『冬のホラー企画』参加作品です。
『雪が沢山積もる所に住んではいけないよ』
其れは古い記憶。
幼い時の記憶。
母は僕に何時も変なことを言い聞かせていた。
何故か。
本当の両親を失い引き取られた先で。
おばさん。
等と言うと他人行儀と怒られたので母と言ってる人から。
『住んだら●んで●●になった●●があの●から迎えに来るから』
其れは何故か僕の心に刻まれていた。
白い。
白い空。
大きく分厚い雲が見える。
白く分厚い雲から何かが降りてくる。
チラチラと。
チラチラと。
雪だ。
白い雪。
白い雪が降ってくる。
チラチラと。
チラチラと。
沢山の雪が降ってくる。
沢山の雪が。
其れを僕は社宅の手すりに持たれ見ていた。
はあ~~と吐く息が白い。
雪か……。
もうこんな季節か~~。
僕が此の町に引っ越して来たのは数年前のことだ。
九州から豪雪地帯迄。
引っ越した理由は簡単な話だ。
地元を離れ都会で生活していたが仕事が無かったからだ。
正確に言えば上京して直ぐに就いたバイトを辞めてからの仕事だが。
マトモな仕事が無かったからだ。
幼い妹が原因で親と喧嘩し上京した数年前の事だ。
僕に縋り付く妹を宥めて逃げ出すように上京した。
穏やかな地元とは違い都会は最悪だった。
其れはなぜか?
都会に住む人間の性格は酷かったからだ。
唯の偏見かもしれないが……。
少なくとも僕の周囲の人間の性格はクズだった。
此方が少しミスをしたりすれば酷く詰る。
自分のミスは此方に擦り付ける。
そんな奴らばかりだった。
本当に最悪だった。
そんな人間関係に疲れ僕はバイトを辞めた。
新たに就職しようにもマトモな仕事はない。
短期のバイトで糊口を凌ぐ日々。
だが更に就いた折角のバイト先も同じだった。
バイト先の同僚が気が強いと言えば良い。
だがこいつもクズだった。
些細な事で物凄く当たり散らす。
しかも先輩だからと大きな顔をする。
其のため誰からも嫌われた。
普通なら直ぐに首なる。
だが仕事が出来るため上の方も頭を悩ませてたらしい。
其のためドンドン新人のバイトは辞めていった。
僕を除いて。
しかも雇われ店長も性格が最悪。
適当な仕事で給料を貰う事を考えるような男だった。
其のしわ寄せを全部バイトの僕に押し付けるという感じだ。
自分は可愛い女の子に良い顔をして其の女の子ばかり優先するクソ野郎だった。
何度注意しても言うことを聞かず終いには逆ギレばかりする始末。
本当に最悪な環境だった。
其の最悪な環境で耐えること半年。
とうとう僕は堪忍袋の緒が切れた。
完全にキレた僕は次のバイトの当てもなく辞めた。
その後僕は次の仕事を探すことにしたが中々決まらない。
両親の居る地元に帰ることも考えた。
親と喧嘩し上京した身としては帰りづらかった。
仕事が見つからない。
其の焦りはだんだん酷くなっていった。
そんな時だ。
地方の求人広告を見つけたのは。
ダンボール関係の派遣。
但し求人の場所が豪雪地帯だった。
地元に帰ることを拒絶し其の場所に行くのに躊躇いはなかった。
筈だった。
ようやく仕事に慣れてきた時の事だ。
ふと僕は社宅の玄関が視界に入るようになった。
何故か。
そう何故か。
テレビを見てる時。
或は風呂上がり。
食事の時。
知らず知らずの内に僕は玄関を見るようになった。
何処か懐かしい様な寂しような感情が湧き上がり。
誰も呼び鈴を鳴らさない玄関を見るようになった。
訪ねて来る者は居ない。
地元の親しい友人は此処に来れない程の地方だ。
来るわけがない。
親類も同じ理由で来れ無い。
会社の同僚は方言のせいで親しくないから来ない。
だから友人など出来るはずがない。
だから誰も来ない筈だ。
そう誰も。
其れに喧嘩別れした両親や幼い妹には此処の住所を教えて無い。
だから誰も来るはずが無かった。
『住んだら●んで●●になった●●があの●から迎えに来るから』
其の筈だった。
「兄ちゃん一緒に帰ろう」
聞き慣れた幼い声を聞くまでは。
鍵が掛かっているはずの玄関はいつの間にか開いていた。
其処に佇んでいるのは妹だった。
青白い顔をした妹。
白い飾り気のない着物を来た妹。
幼い妹。
幼かった妹。
『住んだら●んで●●になった家族があの●から迎えに来るから』
嘗て幼かった妹。
此処に居るはずのない妹。
妹が居た。
数年前に分かれた姿で。
分かれた当時の姿で。
ヒュウヒュウと雪が部屋に入り込む。
何故か大量の雪が。
ドンドン。
ドンドン。
大量の雪が入り込む。
部屋の中に雪が入り込む。
沢山の雪が。
ドンドン。
ドンドン。
寒い。
物凄く寒い。
ストーブを付けて温かい筈の部屋が寒い。
寒い。
物凄く寒い。
そう感じるのが億劫な程寒かった。
温かいはずの部屋が。
不意に思い出す幼い時に僕に話した言葉。
母の言葉。
『住んだら死んで雪女になった家族があの世から迎えに来るから』
其れを思い出した。
不意に。
寒さで震えた。
体の芯から来る震え。
此れは寒さから来るものだろう。
恐らく。
そうでなければ説明がつかない。
ガチガチと震える僕。
寒い。
寒い。
そうして何時しか僕は寒さのあまり意識を失った。
数時間後。
僕は布団の中で目を覚ました。
寒さの所為だ。
あまりの寒さに目を覚ましたみたいだ。
あれは夢だったのだろうか?
唯の夢。
望郷の思いが見せた夢だったのだろうか?
だけど妹の顔は何故か白かった。
死人の様に。
何故か奇妙な不安に駆られた。
僕は数年ぶりに実家に電話をした。
妹は先日原因不明の病で意識不明と母から聞いた。
だったらアレは一体?
其れを聞いた僕は直ぐに家に帰ることにした。
妹に会うために。
数年ぶりに故郷に。
だから妹よ。
僕を連れて行かないでくれ。
直ぐに帰るから。
凍傷にかかった小指を僕はさすりながら呟いた。