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後日談:どちらが優れてるのかを聞くのは争いの元

 空気が爆ぜるような音が響いた。

 それは一度ではなく、何度も連続して響き渡る。

 音に遅れて届く風はまるで爆風のようだ。空間そのものが揺れているようにさえ思える。

 いや、実際に空間が揺れているんですけどね。現在進行系で。


「チィッ!」

「ハハハハハハッ!」


 爆音の中に忌々しそうな舌打ちと楽しげな笑い声が混じった。

 中心にいるのは二つの黒、それが高速で何度もぶつかり合っている。その度に先程から鳴り響いている爆音が聞こえてくる。


「この、相変わらずのデタラメですね!」

「同じ言葉をそっくり返すけどォ! いや、楽しいわねぇ! 気負いもなく全力でぶつかれるというのは!」

「こっちとしては、さっさと倒れて欲しいんですけどね! マルクティアさんッ!」

「そんな調子じゃ総帥の椅子は譲れないわねぇ、エルシャイン!」


 エルシャイン・ダークネスとマルクティア。この二人が騒動の中心だった。

 エルシャインに至ってはディバイン・セイルを広げた全力状態。それに真っ向から打ち合っているマルクティアも負けてはいない。

 高速で飛び回りながら互いの武器を打ち付け合うと空間が揺れる。あぁ、もう結界の一部が破損しそう。すぐさま補修をかけるけれど、いい加減面倒になってきた。

 私がせっせと綻びた結界を補修していると、ぽつりと声を漏らす人たちがいた。


「……これがご主人様の全力ですか」

「エルシャインさんってやっぱりデタラメなんですね……」


 少しだけ沈んだような声を漏らしながらも、二人の戦いから目を離せないというように追っている瑪衣さん。

 その隣でぼんやりしている真珠さんを抱っこしながら見物している文恵さんとリュコス。

 何でエルシャインとマルクティアが戦っているのか? それは文恵さんが何気なく呟いた一言が原因だった。


『御嘉さんと相良さんってどっちが強いんですか?』


 古今東西、どちらが強いのか論争というのは揉めるものである。

 とはいえ、御嘉は強さを誇示するような性格ではない。最強という称号にも謙遜するような態度を示す程に慎ましい。

 けれど、並べられた相手が人をからかうことを得意としている人だったのが運の尽きだった。


『んー、まぁ御嘉ちゃんとは痛み分けで終わってるし? そもそも逃げ切ったという意味では私の勝ちってことじゃないかしら? 私の方が強いってことにしておきましょうか』

『……なんですか、そのむかつく言い方は。そもそも壊滅させられてる時点で私の勝ちって考えた方が自然ですよね?』

『ネクローシスは負けたかもしれないけれど、私は負けてないもの? それに私が最後に生き残ってれば私たちの勝ちです~! だから御嘉ちゃんの負けでしょう?』

『は? 子供ですか?』

『御嘉ちゃんよりは子供じゃないわよ? ほら、ほら! 柔らかいでしょう?』

『むぐっ。……ふ、ふふっ、な、成る程? つまり、喧嘩を売ってるんですね? い、今なら買いますよ? その胸の贅肉を痩せさせてあげようじゃないですか……!』

『ふふん……富める者を妬むのは貧しき者の証なのよ、御嘉ちゃん』


 こうして、心底くだらなくて醜い争いが勃発した訳です。

 形式は模擬戦だって言ってるのに、いつの間にか本気で争っていますし。怪我したら理々夢ちゃんがいるしって、結界を張っているのも私なんですが? こんな醜い争いで消費される私の力とは一体?


 そんな疑問を抱えている間にもエルシャインとマルクティアのぶつかり合いは加速していく。

 エルシャインが距離を取りながら殺意が高めの光弾を放射するように解き放つ。マルクティアは雨のように降り注いだ光弾を剣に纏わせた光を刃に変えて叩き落とす。


 マルクティアが足を止めた瞬間を狙って、ディバイン・セイルを羽ばたかせて突貫するエルシャイン。

 杖に込められた光が十字槍のような形を象り、大きく振りかぶった一撃がマルクティアの頭を狙う。

 

 マルクティアは手を上に掲げ、無理矢理杖を受け止めてエルシャインの一撃を止めた。

 そのままエルシャインが押し込もうとするも、突き刺すように迫った剣を回避して距離を取る。

 今度はマルクティアが踏み込み、杖を掲げるようにしてエルシャインがマルクティアの一撃を防ぐ。


「ほらほらぁ、どうしたの! 押されてるわよォ!」

「ぐぎぎっ……! 普段怠けてるくせにぃ……!!」

「平和続きで腑抜けちゃったのかしらぁ!」

「それは、お互い様ぁッ!!」


 エルシャインがマルクティアの剣を押し返して、二人が再び距離を取ってからぶつかり合った。

 また結界が綻びたので、私は死んだ目になりながらも結界を補修する。これが現実世界で戦っていたら周囲を廃墟にしかねない勢いだ。


「……前にぶつかり合った時もこんな感じでしたね」

「そうなのですか?」


 私の呟きに瑪衣さんが反応して私を見た。文恵さんも興味を引かれたのか私へと視線を向けている。


「だからネクローシスが壊滅して、私たちが潜伏するようになったんですよ。あの時は結界を直す人もいなくなって、拠点にしていた建物が丸ごと崩落しましたからね」

「えぇ……」

「……凄まじいですね」


 文恵さんがドン引きするように呻き、瑪衣さんは感心するように二人の戦いへと視線を戻している。


「真っ直ぐなところは似ているので、相性が好いのでしょうね」

「そうなのですか?」

「エルシャインは真面目そのもので、マルクティアは年の功の分だけ息抜きが出来ている違いはありますが。……ネクローシスが一度壊滅してからだらけていることも多いですが」


 だからこそマルクティアはエルシャインのことを放っておけないのでしょう。

 気を張り詰めてばかりでは、緊張が切れた時の反動が大きいことをよく知っているから。


「……あんなに楽しそうなマルクティアを見るのは、本当に久しぶりです」

「そうなんですか?」

「〝相良さん〟である時と、〝マルクティア〟としてある時は若干人格が違うのではないかという疑惑がある程ですからね。どっちも本人なんですけどね」


 〝相良さん〟である時は私人として、〝マルクティア〟としてある時は立場がある身として。その時々で人を変えてしまうから。

 それはまるで仮面を付け替えるように。そう考えると、つい瑪衣さんの顔を見てしまった。


「あっ」

「え?」


 瑪衣さんが間の抜けた声を零した。瑪衣さんの視線の先、斬り結んでいたエルシャインとマルクティアの間で赤が舞っていた。


「いった……!」

「あっ、しまった」


 エルシャインの頬が斬り裂かれ、ダラダラと血が溢れ出していた。

 溢れ出る血を見て、マルクティアがやってしまったと言わんばかりの表情を浮かべている。

 ……は? よりにもよって顔に傷をつけたんですか?


「……二人とも? これは模擬戦だって言いましたよね?」

「あっ、えっ、違うの! これはちょっと掠っただけで……!」

「そ、そう! これは不慮の事故なのよ、クリスタルナ!」

「それで顔? よりにもよって顔ですか。ふふ……おかしなことを仰いますね? ちょっと、お話をしましょうか? 二人とも」

「「ちょっ、まっ――!!」」


 私は杖を構えて問答無用で二人を叩き落とした。地に落ちた二人に正座をさせながら説教をする。


「熱くなりすぎて怪我をするなんて、そもそも顔を傷つけるってどういうことですか? 恋人の目の前ですよ? 模擬戦だってわかってないんですか? 馬鹿なんですか? 人の心配を何だと思っていると? あと何回結界を壊すんですか、私への嫌がらせですか? そんなに私を怒らせたいなら遠慮無く説教させて貰いますけど構いませんよね?」

「文恵ちゃん……助けて……! リュコスでもいいから……!」

「瑪衣ちゃん……! ヘルプ……! 私をいますぐ助けて……!」

「あー、お風呂掃除しなきゃー、いこうかー、真珠ー!」

「食事の用意をしてきますね」


 正座させられた二人が外野に助けを求めたけれど、助けを求められた外野は目を逸らして素早く退散していく。

 最後にリュコスが、わん! と甲高く吼えた。まるで自業自得だと言わんばかりに吼えたリュコスは、尻尾を振りながら上機嫌に去っていく。


「おやおや。余所見をする余裕があるとは……随分と私も舐められたものですね?」

「ひっ……!」

「ゆ、許して下さい……! エルシャインちゃんがなんでもしますから……!」

「はぁ!? なんでそこで私を売るんですか!?」

「ここは恋人として怒りを静めるのが役目でしょう!?」

「――黙りなさい」

「「はい……」」


 エルシャインとマルクティアは互いに掴み合いながら責任を押し付けようとしている。

 あまりにも醜い争いに頭痛がしてくる。というか反省する気がないんですね? 良いでしょう、そのつもりならこちらも本気で挑むまでです。



「――覚悟は、よろしいですね? 二人とも」



 ……怪我なんてしないでくださいよ。本当に馬鹿なんですから。   

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