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11:鈴星 御嘉です。私の夢は――

 ――私、鈴星(すずぼし) 御嘉(みか)は父親の顔を写真越しにしか知らない。


 私の家庭は父を早くに亡くしてしまったので、母親が一人で私を育ててくれた。

 大好きなお母さんだった。母親一人で子供を育てるのなんて大変だったと思う。それでも私を優しく、時に厳しく育ててくれた立派な人だった。


 私はお母さんに守られていたことを早くから理解していた。

 私を育てるために働いて、家に帰れば私の面倒を見て。一体どれだけの苦労をしてきたのかと思う。


 そんなお母さんの優しさに私は応えたかった。

 少し寂しくても、仕事が忙しくて戻れない時はワガママを言わないで我慢するように。

 お母さんの手を少しでも患わせたくなくて、少しでも良い子になりたかった。


 子供は無力だ。どんなに頑張ってもお母さんの苦労を減らすことしか出来ない。その役割を代わることは出来ない。

 自分の小さな手が憎らしく思うようになっていたのは、一体いつの頃からだっただろう。



 ――守りたい。お母さんを、大事な人を守れるような人になりたい。



 一人で娘を育てているお母さんには、色々な人が声をかけていた。

 純粋にお母さんを心配してくれている人もいれば、下心があって私を邪魔者のように見るような人もいた。身内の贔屓目抜きで見てもお母さんは綺麗な人だったからだ。


 でも、お母さんはお父さんを忘れられないようだったから、別の人と一緒になるなんて考えていなくて。

 お父さんが残してくれた私を守ろうと、その背をピンと伸ばして立派に生きていた。


 その背中に憧れてしまうのは、娘としては自然の成り行きだったと思う。

 お母さんのように綺麗で、立派で、強くて優しい女性になりたい。


 立派な人になりたいから、イジメなんか到底許せなかったから立ち向かった。

 優しい人になりたいから、孤立してしまいそうな子に手を差し伸べて誘った。

 強い人になりたいから、泣きたいことがあっても必死に我慢するようになった。



『――貴方は、凄く綺麗な心を持っているんだね!』



 そして、ある日のこと。私の前に非現実が現れた。


『貴方は、何……?』

『私はミトラ! この世界に迫る危機について報せにきたの! お願い、私の話を聞いて! この世界の危機に立ち向かうには、貴方のような心の持ち主が必要なの!』


 掌サイズの白い翼を持った小人。それがミトラと名乗った異世界の女神の使いと出会った瞬間だった。

 ミトラがいた世界から、世界の平和を守っている女神様に逆らう悪意を持つ者たちがやってきて、この世界を侵略しようとしていること。

 ネクローシスと呼ばれる悪者たちに対抗するためには、私のように清らかで美しい心を持つ人だけが得られる力が必要だとミトラは語った。


 最初は信じられなかったけれど、実際に目の前で怪物のような姿に変わった人を見て現実なのだと突きつけられた。

 怖い、とも思った。どうして自分が、とも困惑もした。でも、それでも私はミトラの提案に頷いて――魔法少女になった。



『世界を守る。それが私にしか出来ないことなら、私がやる!』



 それは立派な行いだと思ったから。大事な人を守りたいと思ったから。

 お母さんに友達の皆、近所で私たちに良くしてくれた全ての人たちのために、私は魔法少女になる決意をした。

 そして、五年後。私は長き戦いの末にネクローシスを壊滅させることが出来たのだった。


 これで世界は平和になる。そう思っていた。

 ……そう、思ってたんだ。

 異変に気付いたのは、私が高校生になってからだ。


『御嘉ってちゃんとメシ食ってるのか? いつまでも小せぇなぁ』


 それは何気なく言われた一言だった。

 薄らとは思っていたけれど、それからはより鮮明に現実が見えてきた。

 私の身体の成長は遅かった。そして、いつの間にか止まってすらいた。


 そんな私への違和感に気付いたのはお母さんも同じだった。

 最初は背がなかなか伸びないね、なんて笑い話だったのに。いつしか、私の身体の話になるとお母さんは深刻な顔をするようになった。


『御嘉、ちゃんと食べるのよ』


 お母さんは栄養についての本などを読むようになって、私の食事に対して口うるさくなっていった。

 サプリメントも試してみない? と色々な方法を提案してきては、効果がないと知れば落胆したような表情を見せる。

 歯車がゆっくりとズレていくような、そんな軋みを感じるようになっていた。



『――身体が成長しない? それはそうよ? だって御嘉は魔法少女だもの』



 不安を抱いていた心を跡形もなく、そして予測もしないままに無遠慮に叩き壊したのは他ならないミトラだった。

 悪意などない無邪気な顔で、悩みを打ち明けるとミトラはあっさりとそう言い放った。


『成長しないって……どうして!』

『だって、そうじゃないと魔法少女としての力は落ちちゃうのよ。でも、若いのは良いことでしょう?』

『でも、このままじゃ大人になれないよ!』



『――なんで? 大人になんてならなくても御嘉は幸せになれるわ! ずっと可愛い姿でいられるでしょう!』



 決定的に、何かがズレてしまった。

 私は魔法少女だ。魔法少女である限り、大人にはなれない。

 でも、大人って何だろう? 身体の大きさ? 社会人になること?

 わからないまま、ただ時間だけが過ぎていって、積み重ねた歪は私の周囲を壊していく。


『御嘉ちゃん……君は、本当に小さくて可愛いねぇ……! ぼ、僕と付き合って欲しいんだ……!』


 鼻息を荒くして迫ってくる、変に勘違いした同級生に絡まれることもあった。


『え? 面接? 君が……? あー、うん、そう、なんだ?』


 卒業も迫って、就職を考えていたけれど面接に赴けば奇妙なものを見たような顔をされた。

 ギシギシと、何かが軋んで、罅割れていくように日々が過ぎていく。


『私が悪かったのかしら……?』

『……え?』

『ちゃんとご飯も食べさせたわ……色んな本を読んで試してみたのよ……それでも、どうして、どうして御嘉は小さいままなの……?』

『お母さん……?』

『御嘉がこのままだったらどうしましょう……どうしたらいいの……健康は本当に大丈夫なの? わからない、わからないの……』

『お母さん、しっかりして!』



『――私が御嘉を守らないといけないのに……! ごめんなさい、ごめんなさい……!』



 いつしか、私はお母さんの視界に入れなくなっていた。

 私が視界に入ればお母さんは悲しそうで、苦しそうな表情ばかり浮かべるようになって、酷い時にはずっと私に謝っている。

 おかしいのは私なのに、私が自分で選んだことのせいなのに。それを話せないからお母さんは自分を傷つけ続けている。私はそれを見ていることしか出来ない。



『魔法少女を止めたい? 何を言っているの、御嘉! そんなことしたら、貴方に憧れて魔法少女になったあの子たちはどうすれば良いの!? 御嘉がいるからあの子たちだって安心して戦えるのよ? 世界がどうなっちゃってもいいって言うの!?』



 止めたかった。もう解放して欲しかった。

 でも、止められない。それは今までの自分を裏切る行為だ。

 私を慕う人がいる。世界を守るためには必要だと言われる。

 裏切ったら私は……悪者になってしまうの?

 なら、我慢しなきゃ。我慢して、我慢して、大丈夫だって笑い続けないと――。



『――悪いんだけどさぁ、君、見た目が子供っぽいでしょ? 今回の会議、別の人に出て欲しいんだよね。別に鈴星が悪いって訳じゃないんだよ? ただ、今回は大事な取引先でね? わかるだろ?』


 我慢、しないと。


『お前みたいなガキなんて相手にしてくれる男なんて変態ばっかだろ? 可哀想だよなぁ。あ、俺なら遊んでやってもいいけど?』


 我慢、して。


『子供みたいに可愛いからってちやほやされて、本当に見た目だけで得してるわよね。御嘉さんって』

『でも、あれじゃあ変態とかにしか好かれないって可哀想ー!』

『見た目は可愛くても、中身は可愛くないものね!』


 ……何を。



『御嘉……誰かいい人はいるのかしら? もしいるなら、早く結婚をしてお母さんを安心させてね?』



 ……私は、何を、守りたかったんだっけ。

 どんな人に、なりたかったんだっけ。

 わからない。もう、何も。



「わかん、ないよぉ……!!」



 軋み続けて、それでも耐えていた心は。

 そうして、バラバラになってしまった。


 魔法少女でいるには、心が壊れてしまって。

 大人になるには、魔法少女であることが枷で。

 それでも、止められない。無くならない。ずっと、このまま。


「……嫌だ……」


 ずっと、このままなんて嫌だ。


「嫌だ……!」


 どうして、なんで。ただ何度も問いを繰り返した。

 私が何か悪いことをしましたか? 私が何かを間違えてしまいましたか?

 ただ立派な人になりたかったんです。大事な人を守れる人になりたかったんです。

 お母さんのような、綺麗な女性になりたかったんです。その姿に憧れていたんです。



 ――そんなお母さんを壊したのは、他ならない私自身だった。



「嫌だぁあああああああああああああああああああッ!!」



 欲しかったものがあった。

 良い子にしていれば、いつか手に入ると思っていた。

 これが正しい選択だと、ずっと信じていたのに。



 もしも、ずっと間違えていたとしたなら。

 ――私はどうすれば、やり直すことが出来るんですか?



 スマホの検索履歴が、人には見せられない言葉で埋められていく。

 不要な知識ばかりが増えていく。苦しまない死に方とか、自殺スポットとか、そういうのばかり。

 もう、いつ起きているのか、いつ眠っているのかもう判別出来なくなってきた頃に……。



「なに……これ……求人……広告……?」



 ――思わず、くすりと笑ってしまうような広告が目に入ってきたのだった。

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