36. 【クロンダイク】俺はお前を呪いたい(後)
逃げ出したというサブンは、貴族街を少し探しただけで、見つけることができた。
余裕があるのか何なのか分からないが、捕まえられるのならそれでいい。
「サブン・パスアティス」
俺が声を掛けると、血走ったような眼をギョロリと動かし、俺を見た。
首もとには、魔想術を封じる首輪がついているのでこいつで間違いないだろう。
「アンタがやったのか? アンタがおれの邪魔をしたのか? 領主サマァ!」
「なんの話だ?」
護衛として連れてきた騎士たちがゆっくりとサブンを囲むよう動く。
だが、やつはそれを気にした様子もない。
「街中に呪いをブチ撒けたのに暴れている邪想獣が少ないのはッ、アンタが邪魔したのかって聞いてるんだよッ!」
「ジャソウジュウ? 街で暴れている魔獣のコトか?」
「何で邪魔すんだよどいつもこいつも。おれを邪魔者呼ばわりしやがって……!」
頭を掻き毟りながらグダグダ抜かしているサブンに、俺は思わず言葉を漏らす。
「実際、邪魔だからだろ」
そこを自覚せず、理解せず、反省せず。だからこそどこへ行っても疎まれる。
「お前の言い分は、ワガママでも傲慢でも嫉妬でもないのさ。
ファースト・フェイズはそうだったのかもしれない。だが、今のお前のマウスから漏れているソレは、意味なんてないただの呪詛だ。呪いですらない」
俺の言葉に、すこんと表情が抜けた顔を向けるサブン。
軽く話をしていて分かった。
こいつは、共感して欲しいわけでも、救って欲しいわけでも、否定して欲しいわけでもない。
本人が自覚しているかどうかは知らないが、こいつは人の言葉に聞く耳を持たないのと同じくらい、他人に自分の言葉を聞かせる口を持ってない。
漏れる言葉は本当に無駄な言葉ばかりなのだ。
何せ口にした言葉そのものが、本人も意味を分かって口にしているのか怪しいのだから。
「おれはッ、家族や友達が欲しかっただけだッ!
それをどいつもこいつも邪魔しやがってッ!」
「ファミリー? フレンド? それが欲しい? 勘弁してくれよ。
そうなって欲しいと望む相手のハートと自分のハートを繋ぐ気持ちがカケラもないクセにさ」
サブンが口にする無意味な空言に対して妙にムカつくのは、こいつの言い分がベルをバカにしているように感じたからかもしれない。
ベルと会って間もないタイミング。
似たような話題をした時、ベルはぺたりと座り込んで泣き出したことがあった。
「誰かと繋がってるのが偉いのかよッ!」
「別に。偉いとかじゃないさ。ただ、ラインを繋ぎたがってるクセに、繋ごうとする意志がない奴がうるせーなって思っただけだよ」
理由は完全にわからない。
あの時、まだベルが人語を理解できるモンスターとしか考えてなかった。だけどあいつが人間だった前世の記憶を抱いたまま、気ままなモンスターライフを楽しんでいるという前提で考えると、あの涙は意味が変わってくるんだ。
あれはきっと、前世の精算だ。
良いのか悪いのか、俺の言葉がベルのハートの琴線に触れたんだろう。
フレンドかファミリーと、仲良くしたかったのに出来ないまま生涯を終えたのか……。
あるいは、無理して仲良く振る舞っていて疲弊してしまっていたのか……。
それでもあいつは、自分のハートと他人のハートの間にあるラインって奴を大事にしたがっている節があるのは見て取れた。
フィズや俺に対してそれを強く感じるのは、あいつなりに感じいる何かがあるからだろう。
「何がラインだよッ! みんなおれみたいな奴と繋ぐ気なんてないだろ! だから邪魔するんだろッ!! どいつもこいつもおれのコトが邪魔なんだろうがッ!!」
だが、こいつにはそれがない。
「吠えてろよ、サブン・パスアティス。
自分への理解を求めるばかりで、相手を理解する気なんてないんだろ?」
「おれを分かった気になってんじゃねーよッ!!」
「おいおい。お前さん、自分を分かって欲しいのか、分かって欲しくないのか? ハッキリしろよ。
少なくとも俺はおたくを理解してやろうとは思ってるぜ。
結果がどうあれ、な」
サブンの思いや願いを理解しようとは思っている。理解したところで、俺から何かしてやれることもなければ、何かしてやるつもりもないけどな。
長い前髪の下で、ギョロリと眼球を動かしながら、サブンは首を傾げる。
「お前は、おれと繋がろうってのか?」
「は? 寝言を言いたいなら、ゴー・ベッドだ。
俺からおたくに繋げるラインなんざ、一本たりともありゃしないさ」
「ふざけろッ! 今、お前は……ッ!」
「相手を理解したからってラインを繋げられるとは限らない。理解したからこそ繋げない、繋げるコトができないってコトもある」
俺は帽子の上に手を乗せながら、キッパリと告げてやる。
「それはそれとして、街に魔獣を放ったお前を領主として断罪する――その一点だけは、このトーキングタイムの結果がどうあれ、変わらない結末だ。
カーテンコールは期待するなよ? そんな余地なんて作ってやる気はないんだ」
「何なんだ? 何なんだてめぇはぁッ!!
やっぱりおれの邪魔をしたいだけなのかよッ!!」
「シャァラップッ、何でお前がキレてんだよ?
キレてぇのはこっちの方だぜ。人の街を壊して踏みにじって……。
なのにその行いに大した理由も意味もねぇ。そのクセ、周りから敵意を向けられりゃあ、自分は悪くねぇだの悪いのは自分以外だの――そんなフレーズばっかりだ」
つまるところ、こいつとのトーキングタイムで得た結論はこの程度だ。
「ガキのワガママ以下のフレーズがいつまでも通用すると思ってんじゃねぇぞ?」
こいつの言動、行動、思考その全てがこれに集約される。
領主としての俺にも、探索者としての俺にも、私人としての俺にも、こいつの存在は百害あっても利は一つもない。
「結局、誰もおれを理解しない。
誰もおれを助けてくれない。誰もおれを認めない。
この世界は、絶対におれを救わない」
俺はぶつぶつと何か言っているサブンを見た。
「魔獣をかたせるならかたせ。これはラスト通牒みたいなモンだと思ってくれて構わないぜ」
剣を抜き、帽子を押さえながらその切っ先とともに言葉を突き向ける。
同時に、周囲を囲う騎士たちもそれぞれの武器を抜いた。
それを見回しながら、サブンは急に静かな調子になる。
「あれは勝手に成長する呪いだ。成長した結果があれだ。多少、後押ししたけどな……」
魔想術封じの首輪は未だに奴の首元に付いている。
だが、奴を中心に想起力が渦巻く。
「呪術は……術者が死ねば解けるモノが多いと思ってるのか?
だとしたら、最高だな。術者が死んだり怪我するコトで強まったり、発動したりする呪いもある」
「ウェイト! 何をするつもりだッ!?」
「おれが街に残した呪い。自分自身に掛けた呪い。それは、どんな呪いだと思う?」
そう告げるなり、サブンは突然血を吐き、ゆっくりと地面に倒れ伏した。
「は、はは……こんな街、こんなせかい……かってに、ほろびろ……。
おれの……ものに、ならないもの……なんて、ぜんぶ、こわれ……ろ……」
「シット! テメェの身勝手な自殺にこの街を付き合わせるつもりかよッ!!」
俺が毒づいたところでどうにもならないんだろう。
奴を中心に渦巻いていた黒いチカラがゆっくりと、術者を包みこんでいく。
「全員離れろッ!」
黒いチカラは大きな球体になると、そこから三対六本のクモのような足が生えた。
屋敷から街を見たときに見えたのと比較しても、明らかにビッグサイズの邪想獣。
サブンは自分自身をそれに変貌させやがったッ!
そして、巨大な邪想獣は身体を震わせ――声なき声で雄叫びをあげる。
次の瞬間――
本体だろう黒い球体に無数の目が浮き上がり、四方八方に向けてそこから黒い閃光を放って地面を薙いだ。
舞い上がる土煙の中、地面を見れば怪光線が撫でたところが抉られて溝ができている。
建物なんかの被害は地面よりもひどい。
こりゃあ、下手なダンジョンのボスよりも強そうだ。
「全員無事だな? こいつは貴族街で倒す! 貴族街の終端が最終防衛ラインだと思えッ!」
「了解ッ!」
頼もしい騎士たちの返事を聞きながら、俺は構える。
心なしか、遠巻きから聞こえてくる戦闘音が激しさを増しだしたのは気のせいではないだろう。
死によって増幅し、死によって発動する――ね。
ったく、ファッキン・呪術師がッ!
今現在――俺はお前という疫病神を呪いたくてしかたがねぇよッ!!




