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第4話 銀狼の王

周囲に満ちる死の気配。


死の気配は、死を背負い皇帝と名乗った少年に向かっているのではなく、驚くべきことに自分と眷族に向かっていた。


迷宮に選ばれ、この地に君臨する魔獣の王。

その内にあるものは、王の矜持と魔獣の本能、そして生きるために足掻いてきた誇り。

死は常に影のように付きまとい、そして強大。

その死を幾度となく躱しながら潜り抜けた死線。

銀狼の王はその経験から、知恵を、考えることを学んできた。

自らの前に立つこの者は弱い。

従う2体のなにかは、魔力量を感じないほどに僅かしか魔力を持たない。

だが吸い上げた魔力はいったいどこへ?


疑問を感じた銀狼の王は魔力の流れを最大限の力で探り、ほんのわずかな魔力の流れを感じ取り、すべてを悟る。

2体のなにかは、吸い上げた魔力のすべてを王を名乗る少年に注いでいることを。

その魔力で少年の命が支えられていることを。


少年には死が影のように張り付いている。

自分が、か弱かったあの頃のように。

だが、その内に秘めた強さは我の及ぶところではない。

そう看過した銀狼の王は己の内に沸きあがる魔獣の本能を抑え込み、その場にゆっくりと伏せる。

「我は銀狼が王、スーラ。カシオペア皇帝よ、我は人の理など知らぬ。だが汝は正に王たる光と風を我に見せた。なぜこの地に流れ着いたかは、知らぬ、聞かぬ。充分に身体が癒えるまでこの地に留まることを許そう」


「銀狼王スーラよ、感謝する」

3人は揃って頭を下げた。


瞬間、緊張の糸が切れたのか、アイリスがその場に崩れ落ちる。

すばやくエルマがアイリスを受け止め、ヴァルが魔力の流れを強くコントロールする。


「シーザー」

銀狼王スーラに呼ばれたのは、脇に従っていた、群れの中でもっとも大きい全長5mほどの銀狼だった。

「この地で死んだ人の荷物を探しここへ」

「了解シタ、母上」

短く答えるとシーザーと呼ばれた銀狼は、数匹の狼を引きつれ、森の中へ消えていった。


倒れたアイリスの様子を見ていたエルマだったが、トコトコと銀狼王スーラに近づくと、その巨躯を見上げる。

「俺はエルマだ、この地の魔力も借りている。すまない」


「既に許すといった」

にべもなく答えたスーラは、エルマと名乗った切株がニッと笑ったように見え、そして枝先を前足にそっと乗せたのを見た。


「ギャンッ」


スーラは余りの衝撃に跳ね起き、周囲でくつろいでいた銀狼も飛び上がり戦闘体勢を取る。


エルマが笑う。

「アイリスに優しくしてくれてありがとうな。礼だよ、スーラ。左脚に魔力経路まで傷ついた古い傷があった。そのせいで魔力の流れが悪いみたいだったからよ、治してついでに全身の流れもきれいにしといたぜ」

そう言い残すと、アイリスのもとにトコトコと戻っていく。


スーラは自身の中の魔力の流れを確認し驚愕する。

エルマが言うとおり古傷が消え、自らの魔力の流れが信じられないほどきれいに身体を巡る。


スーラはエルマの背に向かって問う。

「力を持つものよ、我らがそなたらに敵対していたらどうなった」

エルマが振り返り、こともなげに答える。

「自爆。俺の魂ごとお前たちを消滅させていた。アイリスにはヴァルがついているから心配ないしな」


その言葉に偽りがないことを、今のスーラは理解できる。

スーラは自らの判断に誤りがなかったことに安堵し、ため息をつく。


そしてアイリスの脇に戻った小さな不可解な魔物、エルマを見る。

そしてアイリスとヴァルに目を遣ると、クツクツと笑い出す。

すでに死に捕まった少年と過酷な運命、立ち向かう強き意志、そして強大な守護者。

「面白い。ハッハッハッハ!」

スーラは、生まれてはじめてかもしれないほどに爽快な気分で大声をあげて笑う。


森を疾駆する銀狼シーザーは混乱していた。

突然、王であり母であるスーラの気配が消えた。

いや、気配はあるが、この森を支配していた強大な力を感じなくなっていた。

変わりにもっと大きな何かを感じるが、その正体がわからない。


言い知れぬ不安と焦燥を感じながらも王の命に従い、人の残した装備を集める。

支配下の領域には、めったに人が入らないことから、思うように荷物を集めることができず焦りは募る。

やむを得ず、浅層まで出向き、ゴブリンやオークを屠り、それらが集めていた人の荷物を奪っていく。


そして数刻ほどして戻ってきたシーザーは、母の変わりように驚く。

スーラは確かにそこにいるが、シーザーが感じ取る魔力、それはまるで伝説と呼ばれる強大な魔獣のようだったからだ。


アイリスはそのままその日を眠って過ごし、次の日の朝を迎える。

「おおーー」

荷物をあさっていたエルマが歓声を上げる。

「下着発見!しかも紐じゃねえか!」

パンツを掲げ仁王立ちになるエルマ。

アイリスとヴァルが突っ込むより早く。

「っておい。ちがうだろーーー俺!」

バシン!

紐パンツを地面に叩きつける。

「これもかよ!」

1人でキャッキャと大騒ぎしながらエルマは汚れや痛みが少ない衣類を選び、アイリスに渡していく。


「下着は女物しかなかったぞ。男の冒険者ってのは、いったい何を穿いているんだ?」


「ちょっと、そんなことは言わなくていいんですエルマ」

アイリスは顔を赤らめながら服を着ていく。


ボロボロで穴がいくつか空いていた敷き布と思われる布を腰に巻き、ぼろきれのようなシャツを何枚か重ね着し、足に靴代わりの布を巻きつける。

残った中で一番きれいで丈夫な布や革と、エルマから生えた蔦で袋を作ると、アイリスは白い宝石を大事そうに納め首から下げる。

「うん、こんなものかな、エルマ、ヴァル、見てください」


「おー、アイリス!」

「ホホホ」

パチパチパチ!

2人は拍手で応える。


エルマがふと気付いたようにシーザーを呼ぶ。

「シーザー、この辺りの人ってのは、こんなぼろぼろのものを身にまとうのか?」

シーザーは首をかしげながら答える。

「ヒトノ手ヲ離レタ物ハ迷宮ガ喰ラウ。子鬼ヤ豚鬼ガ手ニシタモノハ穢レヨ、あいりすニハ合ワヌ」


「お、おう。そうか、迷宮が食べる?よくわからんがまあいいか」


エルマとシーザーのやり取りを微笑みながら見ていたアイリスは考え込む。

「この地はザーシェラ大森林と言っていましたね。

ローレシア大陸の南部にある神々の遺産と呼ばれる極大迷宮、なぜこんなところにいるのかわかりませんが……

迷宮は、人や魔獣の亡骸、人の身から離れた武具道具類を魔力に分解し、取り込むといいます。」

考え込んでいたその顔に陰が差し、ため息をつく。

「ふう」

スーラに相対したことで、アイリスの身体には再び大きなダメージが刻まれていた。

ヴァルが、シーザーと話していたエルマを呼ぶ。

「エルマ、アイリスが限界ですぞ」


エルマがすばやくアイリスの傍らに寄り、アイリスの様子を見てシーザーを呼ぶ。

「シーザー、ここに来て伏せてくれ」

シーザーが枯葉を敷き詰めたアイリスの寝床で伏せると、アイリスは迷うことなくシーザーの脇に身を寄せ、眠り始めた。


「シーザー、そのまま丸くなってアイリスを暖めてくれ」


「オウ」

大きく目を開いたシーザーに、スーラが声をかける。

「シーザー、頼みを聞いてあげなさい」


「ワカッタ」

シーザーはアイリスを包み込むように身体を丸める。


それを見ていた銀狼の眷属たちも、思い思いに付近に散らばりくつろいでいる。

アイリスはよほどに体力を使い果たしたのか、シーザーを布団にエルマとヴァル、スーラが見守るなか眠るように意識を手放している。

時に目覚め、銀狼たちが集めてきた獲物の肉、エルマが集めてくる木の実や薬草をヴァルが魔力で練り、液状にしたものを飲み空腹を満たすと、僅かな時間をエルマ、ヴァル、スーラとシーザーらと語り、また眠る。


スーラはアイリスに興味を持ったのか、ヴァルに支配地からの恩恵、魔力の流れの全てを渡し、エルマとヴァルはそのほぼすべてをアイリスの身体の修復に充てていた。

スーラの器の情報を得たヴァルによるアイリスの身体の修復など、少しずつアイリスの身体は改善していく。


スーラはエルマとヴァルが何者なのかを気にすることなく、優しくアイリスを見守っていた。

死に魅入られたアイリスに、かつての自身の姿を重ねながら……

アイリスもまた、優しい眼差しを向けるスーラに母親の面影を重ねていた。


その甲斐もあってか3日ほどのち、アイリスは歩けるほどに回復、青黒く染まった四肢もだいぶ収まり、わずかに指先が染まる程度となっていた。

4日目の朝、エルマとヴァルが目を合わせたと同時に、シーザーの懐に潜り込んで寝ていたアイリスが目を開き、つぶやく。


「敵です」


「むっ」

銀狼王スーラも何かに気付いたように立ち上がり、目を細めるとつぶやく。

「魔力の流れで我が弱体化したとでも思ったか!」

ヴァルが興味なさげに魔力を探る。

「北と西から気配が近づいてきますな」


呆れた顔で銀狼王スーラが答える。

「我が支配地を狙う王種どもよ。我に魔力が流れていないことに気づいたのであろう。愚かな」


アイリスはエルマとヴァルを呼ぶ。

「エルマ!ヴァル!」

ザッ。

3人は円陣を組むと額を寄せあう。

「エルマ、ヴァル、僕はスーラに助けてもらいました。スーラとて2体の王種を相手にしては決着に時間がかかるでしょう。その恩返しをしたい。そしてこれは僕のせいでしょう」


エルマは嬉しそうに答える。

「いいぞ、アイリス。俺たちはアイリスの為だけにここにいる。アイリスの敵を打ち払う程度なら軽いもんさ」

ヴァルも同じように答える。

「ホホホ、儂らはアイリスを見守るもの。この世界に関わる気はありませぬが、

アイリスの意志であれば話は別ですぞ。いずれにせよ魔界にいたときと変わりませぬ」

「向かってくる奴は敵!敵は滅ぼす!」

「本当にエルマは変わりませんのう」

凄まじい笑いを見せるエルマと苦笑するヴァル。


アイリスは、エルマの枝先とヴァルの羽先をそっと握る。

「2人ともありがとう」

エルマは、ウキウキとして高揚を隠さず楽しそうに笑う。

「魔力もスーラに貰ったやつを少し貯めてあるしな、使い方もわかってきたからよ、相手にならないと思うけどな」

ヴァルも心なしか高ぶっているのか、いつもより背筋が伸びている。

「ホホホ、アイリスも魔力を流す練習だけでは面白くないでしょうな。

成果を見てみましょうかな」


アイリスは2人を抱きかかえる。少し涙ぐみながら。

「ほんとうにありがとう」

「おう」

「ホホホ」


エルマは、北と西の方向を眺めると屈伸をしながら銀狼王スーラを見る。

「俺たちは西に行く、こっちのが強そうだ。スーラには悪いが、北の魔獣とやってくれ」


そういうと、木の棒を振りながら、すたすたと西に向かって歩き始めた。

「ククククク」

銀狼王スーラはこらえきれぬ笑いを浮かべながらエルマを見やり、アイリスに向き直った。

「恐れを知らぬ小さき巨大なもの、か。よかろう、我は北の魔獣を抑えよう。

小さき皇帝よ、西の王種は迷宮に生み出された、心も名も持たぬ哀れな王、毒王アッシュマンバと呼ばれる毒蛇の王よ。エルマには効かぬだろうが気をつけよ、奴の毒は鉄をも溶かす。シーザー、アイリスを守れ」

「了解シタ、母上」

シーザーはアイリスを背に乗せるとエルマを追い、西に向かう。


アイリスたちが森の闇に消えた後も、しばらくその方向を見ていた銀狼王スーラだったが、にやりと魔獣本来の獰猛な笑いを残すと、眷族を率いて北へ向かい走り出した。



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