第0話 魔界
魔界。
全ての根源たる魔素そのもので満たされ、ほかには何も存在しない、無に等しい世界。
そこは、精神生命体である悪魔が支配する世界。
悪魔。
高次元の存在でありながら、その性質は邪悪。破壊を好み、命の叫びを啜ることを至上とする外道。
その世界のどこか。四方を結界と思わしき、薄っすらと赤く光る透明な壁に囲まれた、昏く赤い空間。
そこには、なぜか数万もの物質生命体、人であったものが無造作に積み重なっていた。
魔素のみのこの世界において、生命、すなわち魂は魔素を取り込むことで維持されていたが、物質は存在できず、魔素に分解されていく運命にあった。
数万もの人であったもので埋まり、絶望が支配する空間。
悪魔たちは、その空間から人々を連れ去り、思うがままに苦痛を、絶望を与え、その叫びを啜り、喰らい、歓喜の声を上げていく。
幾度も幾度も与えられる、苦痛と絶望。死は希望ですらあった。
悪魔たちに、薄く、大事に、慎重に、削り取られていった数万の命。
もう、ほんのわずかしか残っていない。
まだ幼い体つきの白い肌、肩まで掛かるほどの銀髪、濃い藍色の眼。薄汚れた貫頭衣の胸元に星形のあざが見える。
少年は、結界の中で赤子を抱きかかえ、静かに涙していた。
赤子はスヤスヤと眠り、その温もりは、少年に生命を感じさせる。
どさり
少年の前に、一人の若い男が投げ捨てられる。
体中に拷問の跡を刻み、その命が今にも消えそうな若者に駆け寄ると、手を握り締めて必死に名前を呼ぶ。
赤黒く燃える身体を持った悪魔たちは、笑いながらそれを眺め、しばらく少年の絶望を啜っていたが、満足したのか、その場から立ち去っていく。
「イズト兄様!」
「ア、アイリスか。ま、まだ私は生きているか。大丈夫だ、まだ死なぬ。アラド兄さんやシェリア姉さんたちはもっと耐えていた。わ、私もまだまだ耐えて見せるさ」
そう言いながら、イズトは笑顔を見せながら意識を失う。
アイリスは、汚れたイズトの顔を手で何度も拭い、赤子をその腕に抱かせると歯を食いしばり、よろよろと立ち上がると、薄く光るガラスのように見える結界の壁に向かう。
壁の片隅、ほんのわずかなひっかき傷のような傷、だがそれは皆の想いが込められた希望、アイリスはその希望に僅かな望みを託し、壁を壊そうと魔力を当て始める。
逃げた先に何があるのかわからないが、アイリスは、壁に魔力を当て続ける。
一心不乱に魔力を当てるアイリスの耳に、赤子の泣き声が届く。
アイリスは赤子の元に戻り、抱きかかえると自分の手首を噛み千切り、流れる血を赤子に飲ませる。
この絶望の地で、母の命と引き換えに生まれた赤子。
産み落とされたとき、母親はすでに息絶え、この魔界でアイリスが与えられるものは無く、思い余って自分の血を飲ませていた。
しかし血を与えると赤子は嘔吐することもなく満足したようにアイリスにしがみつき、安心したように笑って眠った。
以来、アイリスは赤子が泣き叫ぶたびに自らの血を与え、その命を繋いでいた。
赤子が満足するまで血を飲ませると、魔力を込めた指先で止血し、イズトに抱かせて、再び壁に向かう。
だがその身体には力が入らず、アイリスはその場に倒れ伏し、意識を失ってしまう。
アイリスが再び意識を取り戻した時、イズトは連れ去られており、アイリスの手に赤子もいなかった。
必死に辺りを見回すアイリスの耳に、赤子の泣き声が聞こえる。
イズトが隠したのであろう、死体の山に隠された赤子。
赤子も、必死でアイリスを探していたのであろうか。目が合うとキャッキャと笑いアイリスを呼ぶ。
アイリスは赤子を抱きしめて、その温もりを確かめ、ほっと安心すると、その場にうずくまる。
アイリスは、絶望に押しつぶされそうになりながら、魔界で産まれ、託された赤子を守り続ける。
いや、赤子がいたからこそ、苦痛と絶望に立ち向かえたといえるだろう。
イズトが、アイリスの目の前に転がされる。
3体の悪魔が、イズトに駆け寄るアイリスを舌なめずりするかのように、ねっとりとした目を向けている。
駆け寄るアイリスに、イズトは微笑んで見せる。
「ア、アイリス、済まない。私は、ここまでの、ようだ」
イズトは優しく微笑みながら、アイリスの銀色の柔らかい髪を撫でる。
「最後まで、諦めるな。足掻け。最後まで生きようと欲せ。その赤子がお前の1人目の民であり家臣、護れ。我ら、すべてのものが、お前を愛しているぞ。お、弟よ、皇帝アイレイよ……」
イズトの身体から力が抜け、髪を撫でていた手が落ち、アイリスに残酷な死を伝える。
アイリスの腕の中で、儚く消えていく命。
兄、イズトの身体を抱きしめ、アイリスは涙を流す。
「カカカ。ゆうたであろう。希望の死は珍味じゃと」
「カカカ。確かに珍味。絶望の死こそ至上じゃがこれはこれで」
「カカカ。儂は苦痛の死じゃな。うましうまし。しかし、あれほどあったのにもうあと2つしかないではないか」
アイリスの心に、悪魔たちの心が伝わる。
アイリスの頭上で、イズトの死を食らいながら、赤黒い炎、悪魔たちがそれを眺めて邪悪な笑いを立てている。
悪魔はアイリスを見つめる。
「カカカ。お前は人間どもが最後まで守った命、お前に希望を託す人間どもは美味であったぞ」
「カカカ。その希望を漸く喰らえるわ。喰らった人間どもの希望をつまみに啜るお前の命。カカカ」
「カカカ。ありもしない希望にすがり、お前の為に苦痛に耐える命。まさしく美味よ。まてまて、その命、小さき命だがなかなかの魂よ」
赤黒く燃える炎の身体から、骨のような手が伸び、アイリスを押さえつけ赤子を掴む。
「よせ!その子を放せ!」
アイリスは押さえつけられながらも、必死に抗う。
「カカカ。そうか。この赤子を傷つけるとお前が美味くなるのか」
「カカカ。面白い、面白いぞ」
「カカカ。足掻け足掻け」
舌なめずりを隠さず、悪魔たちは、赤子を傷つけ、調理していくかの如くアイリスを弄ぶ。
アイリスは、渾身の力で悪魔の手を振り払い、立ち上がる。
「止めよ!悪魔どもよ!その小さき命は、我が第一の家臣にて、我に託されし命!命に代えても、その子は私が護る!」
アイリスは悪魔に飛びつき、赤子を奪い返す。
「カカカカカカカ!」
「カカカカカカカ!」
「カカカカカカカ!」
悪魔は天を仰いで笑い、アイリスの命が美味みを増していくことに手を叩いて喜ぶ。
アイリスは赤子を抱えながら悪魔に対峙する。
勝てないだろう。生き残れないであろう。
だが、それが何だというのだ。
勝つために戦うのではない。
死を畏れているのではない。
意志を信じて戦い、生きる為に死ぬのだ。
アイリスは覚悟を胸に、赤子にそっと微笑む。
赤子は、少しきょとんとしたあと、にっこりと笑い、うなずいたように見えた。
アイリスは右手を左胸に当て赤子に向かい、宣誓する。
「君の母上が君に与えた名は、ディーン。君の名はディーン・キュグナ・スザ。鬼人の王だ。『劔の王に至れ』。それが君の母、イバラ姫の最期の言葉だよ。
その名に僕は誓おう。
我が名は、アイリス・ライラ・カシオペア。
我が継ぎし真名は、古き王の名、祖王の名、アイレイ・ライラ・ウルトゥール!カシオペア第54代皇帝なり。祖王アイレイと、連なりし王霊たちに我は誓う。王の中の王足らん事を!劔の王よ!共にあらんことを!自らを由し我は進む。我が道を阻むものすべて切り捨ててだ!神であろうとも父祖であろうとも、我らを止めるに能わず」
一息つくと、アイリスは目を瞑る。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出しながら目を開き、ディーンと名付けられた赤子を見つめる。
「遠く古き時代。祖王アイレイが生きた時代。王が騎士を選ぶのではなく、騎士が王を選んだと聞きます。小さな騎士よ。君がいつか成長したとき、僕は君の王に選ばれるだろうか。君は僕の剣となってくれるだろうか」
その言葉を聞いたディーンは、キャッキャと笑いながら手を伸ばす。
アイリスがそっと手を出すと、ディーンは笑いながらその指を掴む。
「我は幾千幾万の死を積み上げ生かされた、唾棄すべき王。治めるは死の国、笑う者とていない道化の王。蔑みすら受けられぬ哀れな王」
アイリスは母が歌ってくれた物語の詩を悲しげにつぶやく。
「なれど、それでも我は王なり……だけど、僕には、ディーン。君がいる。君の笑顔は僕に勇気をくれる」
アイリスの頬に1筋の涙が伝う。
「カカカ!」
「カカカ!」
「カカカ!」
悪魔たちはアイリスを嘲笑するかのように高笑いする。
アイリスは、ディーンをしっかりと抱きかかえ、3体の悪魔と対峙する。
「お前たちが喰らい啜った命!我が民、我が臣、我が家族!3万3753もの命だ!
僕を生かすために!僕は弱き命。何の力も持たぬただの子供。
だが!僕は今、王となった。自分自身の王に!貴様らが如何に強大であろうと僕は負けない!皆がそうであったようにだ!」
「カカカ!」
「カカカ!」
「カカカ!」
悪魔たちは檄すらうまそうに啜りながらアイリスに近寄っていく。
アイリスは体の中にある全ての魔力を、握りこんだ拳に込める。
悪魔の骨のような手が、アイリスの頭部を掴んだ瞬間、アイリスは全力で悪魔を殴る。
「カカカ!無駄よな。だがそれすら味わい深い!カカカカカカカカカカカカカ!」
悪魔の口が歪み、天を仰ぎ、心の奥底から笑っている。
アイリスの絶望を!怒りを!悲しみを!希望を!あらゆる感情を喰らい、歓喜する悪魔ども。
悪魔の手が、再びアイリスに伸ばされる。
民が、臣が、家族が、兄様姉様たちも、同じように殺されていったのだろう。
彼らは、この恐怖に、苦痛に、絶望に耐え、アイリスの命を繋いできたのだ。
彼らの想いに答えずして何が王か。舌の根に絶望を、死の味を感じながら、アイリスは立つ。理不尽な暴力に、運命に抗うために。
アイリスは悪魔を睨みつけながら笑う。精一杯に。涙を流しながら。
そう、皆、アイリスに笑いかけながら死んでいったのだ。
轟‼
銀色の突風と金と漆黒の突風が、あたりの全てを吹き飛ばす。
悪魔すら吹き飛ばしたその突風が、アイリスの前に立つ。
銀色の風の声が、擦れ響くその声が、アイリスの心に響く。
「お前の魂の輝きはなんと素晴らしいことか。その輝きは、ただ永劫にあるだけの我らを呼び覚ました。虚ろなる俺の心にお前の光が宿ったのだ。お前は俺の全て、俺の全てはお前のものだ」
どのような運命の悪戯だろうか。
神々の奇跡か、悪魔の気まぐれか。
アイリスの覚悟に応えたのは、魂を凍り付かすほどに美しい、2柱の悪魔。
仮面の顔、感情を持たず、全てを飲み込む暗黒の瞳、鈍く銀色に輝く彫刻のような身体を持った悪魔。
それは凍える極寒の闇夜、動くものを許さぬ冷たき光を放つ銀色の月の如く。
巨大な金色の2本の角、全てを見通すが如く金に輝く眼、漆黒に燃える炎の身体を持った悪魔。
それは暗黒で照らされた世界、慈悲たる金色の輪を纏った暗黒の太陽の如く。
人々の死で溢れた魔界で、ディーンを抱いてうずくまるアイリスの前に立った2柱の悪魔。
それは果たして、絶望に塗れたアイリスの救いであったのだろうか。
だが、その出会いがアイリスの全てを変える。
銀色の悪魔は、アイリスを優しく抱きかかえる。
アイリスは混乱していたが、優しくアイリスを抱く銀色の悪魔の首にしがみつく。
「俺は、そうだな。エルマと呼べ」
金色の角と漆黒の炎の悪魔は、ディーンをそっと抱く。
甲高く震える声が響く
「我はヴァル。そう呼ぶがいい」
アイリスは朦朧としていく意識を必死に保ち、2人に応える。
「僕は、アイリス。その赤子はディーン。あなた方はいったい」
アイリスを抱きかかえたエルマと名乗った銀色の悪魔が答える。
「我らは悪魔のようなものだ」
漆黒の炎が、抱いたディーンをそっと撫でる。
「エルマ、この2人、何れにせよ生き残れぬ。ディーンという小さきものは言うに及ばず、アイリスもすでに手遅れぞ」
アイリスはその言葉に震え、恐る恐る、その横顔を見る。
漆黒の宝石の様な瞳は、感情を感じさせることなく、限りなく冷たい。
「ゴホゴホ」
アイリスは咳き込む。
安心からか、魔力を使い果たしたからか、身体から力が抜け、死の味が強く口の中に広がっていく。
だが、その口から出た言葉は、感謝。
「我が一族の無念を晴らして頂き、感謝に絶えぬ。我は囚われの身、対価を与えることかなわず。悪魔であれば命を好むのであろう。せめて、尽き逝く我が命だが、受け取って頂きたい。そして願わくは、ディーンに慈悲を与えたまえ」
その瞬間、アイリスの頭部に小さな痛みが走る。
エルマが軽く叩いたのだ。
「アイリス、心配はいらない。我らにすべてを任せよ」
アイリスは必死でディーンの王たらんと自分を律していたが、その言葉と、エルマの冷たい眼の奥に母と同じ輝きを見てとり、大きく胸を締め付けられ、こらえきれずエルマに強くしがみつくと顔を擦りつけ声をあげ涙する。
漆黒の炎、ヴァルが、大きく燃え上がる。
「ふむ。精神体アストラルボディを用意するにしても、ここまで傷ついた魂では生きることは難しいであろう。物質界に返したとて、ここまで魔素に侵され、傷ついた身体では長くはもつまい」
エルマはアイリスの髪を優しく撫でながら答える。
「アイリスは物質界に送り返す。ついでに俺も物質界に行こうと思う」
ヴァルが首をかしげる。
「いや、無理であろう。アイリスとディーンを送り返すことは、困難ではあるが可能。だが、エルマの存在は巨大。物質界への転移など、魔素がどれほどあっても足りぬぞ」
アイリスには、仮面のようなエルマの顔が笑ったかのように見えた。
「俺を使う」
ヴァルはオウム返しに答える。
「エルマを使う?」
「俺の身体は魔素の塊だろう」
そう言われ、ヴァルは考える。
エルマの種族、人形族は魔界にあって、異端。
人形族は物質化といっていいほどまで、高濃度に圧縮された魔素で出来た身体を持つ。
殊に、人形族の変異体であるエルマの身体を構成する魔素の量は、宇宙開闢にも匹敵しようか。
「可能やもしれぬが、それでも魂を送るだけで精一杯よ。かの地では魔素も魔界とは比べものにならぬ。その上、エルマは異物となろうぞ」
エルマはアイリスを優しく撫でながらヴァルを見る。
「俺はアイリスの輝きを見た。何と素晴らしく、美しいものであろうか。魔界に生きる生命は飽和し、命の循環もなく、ただ在るだけだ。死がないから命を知らない。なんとつまらないことか。それに、俺には目的も使命もない」
ヴァルの炎が、笑うように燃える。
「その通りか。我ら、魔界の終わりを座して待つと、そう決めておったな。エルマ。魔界に未練はなく、物質体を見守るなど、瞬き1つに過ぎぬ」
ヴァルの炎が、強く燃え上がる。
その炎に、アイリスはディーンを心配するように手を伸ばすが、エルマがそっとその手を押さえる。
「大丈夫だ」
「よろしい。エルマ」
ヴァルはそうつぶやくと、数百の魔法陣を、周囲に展開していく。
展開された魔法陣が、点となり、線で繋がりながら、さらに巨大な魔法陣を形作っていく。
瞬く間に、周囲を覆うように、巨大な12の魔法陣が展開、構成され、歯車が連動するかのように複雑に動作していく。
「すごい。これは召喚陣?」
アイリスのつぶやきに、ヴァルの炎が笑う。
エルマが、ヴァルからディーンを受け取りながら答える。
「お前たちを物質界に返すために、俺たちが利用するのは召喚陣ではなく送還陣。これは送還陣ではなく、必要な条件や情報、必要な資源量を計算しているものだな。俺を送り込むということは、なかなかに難しい」
ヴァルの炎が踊るように燃える。
「アイリスとディーン、2人だけならたやすき事。なれど、エルマと我はあまりに巨大で特殊な存在でな。我を持ってしても計算が必要なのだ」
エルマが首をかしげる。
「ヴァルも来るのか?」
「当たり前であろう。エルマだけ面白い、いやいや、危険な目に合わせるなどとてもとても」
エルマは、頬を指で掻く。
「それでは魔素が足りないだろう」
「足りぬ」
「どうする?」
「我の身体も使う。ギリギリだが、足りよう」
エルマが計算陣を見上げる。
やはり、アイリスからは笑っているように見える。
「エルマ様?」
「エルマでいい。俺もヴァルも呼び捨てにせよ。我らに上下はなく対等と知れ。計算が終わったようだな」
ヴァルも頭上を見上げ、結果を確認する。
「理論上では送還は可能。だが、当たり前だが、魂と器しか送れぬな」
「器を持たぬ我らには、仮初の殻が必要ということだな」
ヴァルは、エルマの問いにうなずきを返す。
「転送先は、我の記憶から安全と思われる地点を選択しよう」
「それで構わん」
ヴァルは、巨大な魔法陣を中心として6つの魔法陣を展開。それぞれが花びらのように開き、更に巨大な魔法陣となり、幾重にも積層していく。
その魔法陣に、ヴァルの炎のような身体が、手繰られた糸のように吸い込まれていく。
「エルマ、我だけでは魔法行使域が足りん。我が経路を受け持つ。エルマは接続と固定を頼む」
エルマはうなずくと、ヴァルが展開している魔法陣の外側に3つの魔法陣を展開、同様に巨大化させていく。
そしてエルマの身体から、銀の粒子が線となり魔法陣に吸い込まれ始める。
ヴァルが展開した魔法陣が完成し、動き出していく。
光り輝く魔法陣の中心部が、徐々にせり上がり、上空に向かって伸び始め、周囲に展開された6つの魔法陣が絡み合いながら、中心の魔法陣を巻き込むように伸びていく。
アイリスは、空中の全面を覆うほどの巨大な魔法建造物を、衝撃を受けながら見つめる。
空間が割れ、中に見える暗い異空に、伸びた魔法陣が突き刺さる。
「最近開かれた経路、見つけたわ」
ヴァルはそうつぶやくと、異空を見上げる。
魔法陣の光が徐々に細くなり、糸ほどの細さに、そして蜘蛛の糸ほどの細さになり、目に見えぬほどになったとき、ヴァルがつぶやく。
「確立したぞ」
ヴァルの身体はすでに消滅、魂だけの存在となり、アイリスに抱えられたディーンに寄り添っている。
エルマの身体もすでに半分ほど消滅しており、残る身体も透き通るほどに薄くなっていた。
ヴァルが繋いだ経路に添い、異空に向かって3つの魔法陣が捩じり絡み合いながら、伸びていく。
魔法陣が伸びていくに従い、エルマの銀色の身体もゆっくりと消滅していく。
アイリスはディーンを強く抱き、祈る。
(エルマ!ヴァル!ディーン!)
そして、エルマの身体が完全に消滅した瞬間に、魔法陣も掻き消え、後に残ったものは、ただ、静寂だけであった。
そして、アイリスは世界に帰還する。
2人の悪魔とともに。