第17話 青狼旅団営所
青狼旅団、営所。
形ばかりの木柵で囲まれた荒地に、10棟ほどの建物が見え、その中でも1番大きな柱と屋根だけの建物の前に一行は止まる。
「よし、荷下ろしだ。あと一息、みんな頑張ってくれ」
ギダンは皆を鼓舞し、建物内へ入っていく。
ハナムラが獣人の傭兵たちに声をかけ、率先して荷下ろしを始める。
「よし、お前ら、荷を下ろして、素材ごとに分けたら仕事は終わりだ。報酬をレネから受け取ってくれ。ギルドにいるはずだ」
半刻も立たずに荷下ろしは終わり、護衛を務めた傭兵たちは報酬を受け取りに去っていった。
アイリスが傭兵たちの向かう先の建物を眺めていると、後ろからギダンが肩を叩く。
「あれがうちのギルドさ。冒険者ギルドとほかにもいくつかの権利を持ってる」
そう言うとギダンはその場に残っていたテキに声をかける。
「おう、テキ。ギルドに行くついでに、アイリスの荷物を持っていってカウンターで預かっておいてくれ」
「はい、了解です」
「いえ、テキさん、自分の荷くらい運びます」
「いいんだよ。アイリス君、ギダンさんは君をしばらく連れ回す気なんだ。身軽の方がいいし、直ぐそこだから気にしないで」
テキは、アイリスに笑いかけ、荷を背負うと手を振りながら外に出ていった。
マックスだけは、ちらちらと2人を見ながら、入り口付近に佇んでいる。
ハナムラがギダンの横にやってくる。
「どうするんだ」
ギダンはハナムラの背を叩き笑う。
「おう、まずは肉だろ。今から捌けば晩飯には間に合う。久しぶりのまともな肉だぜ」
「おお、フォレストボアか」
ハナムラとギダンは、拳をぶつけ合う。
2人のやりとりを、少し離れていたところで聞いていたマックスがにやっと笑い、ウキウキと足取りも軽く、ギルドに向かって立ち去っていく。
「あいつ、なんで居残ってんのかと思ったら、肉が気になってたのか」
ハナムラが呆れた顔でつぶやく。
ギダンは、軽やかなマックスの後姿を見ながら笑う。
「まあ、フォレストボアだからな、気持ちはわかるぜ。うめえからな」
そう言いながら、ギダンはよだれを拭う仕草をして見せる。
「アイリス、サンキューだ。おっと、ハナムラ、その前に荷に警護をつけておいてくれ。うちの将来がかかってるんだ」
「ああ、わかっている。だが気にしているのは俺たちだけじゃないってことだ」
「ん?」
「見ろよ、レネだ。ま、レネが気にしているのは荷だけじゃないかも知れないがな」
ハナムラは笑いながらギダンの背中を叩く。
「あん、何言ってんだ?」
照れたギダンが嬉しそうにつぶやく。
「ギダン、戻ったか」
楽器から奏でられたかのような、透き通った美しい声。
それは、少し離れた建物から出て来た女性から発せられた。
手足が長く伸びた2mほどの高長身、小さな顔、尖ったあご、筋が通った鼻梁、可憐な唇、細く横に伸びた耳介、官能的とまで評される肉体が特徴のエルフにしてはスレンダーなシルエットだが、エルフの特徴を十分に備えている。
そして、瞳は銀色に縁取りされた濃い灰銀、美しく腰まで伸びた黒髪が、ダークエルフ族の特徴を強く示しているが、その肌はダークエルフの持つ褐色の肌ではなく、透き通るほどに美しい白い肌。
アイリスはダークエルフでありながらダークエルフではない特徴を見せるこの女性が、ギダンが言う『訳あり』の1人ではないかと思い、じっと見つめていた。
美しいダークエルフは、全身を黒い装備に身を包んでおり、強い意志を示した切れ長の目が、長い睫毛を風にそよがせギダンを見つめている。
「お、おう、レネか、留守番ご苦労さん。何かあったか?」
レネと呼ばれたダークエルフは、胸の前でスッと腕を組む。
「何かあったどころではないな。開拓団、すれ違ったろう?」
「ああ、わかってる。だがその件はあとだ。他には?」
レネはギダンの走竜の脇に立つ少年が自分を見つめていることに気付き、不思議そうに見返す。
「開拓団絡み以外の問題はほぼ無い。そうだな、財布が軽くなったぐらいだ」
ギダンはため息をつく。
「やれやれ、あれで一息つければいいんだがな」
ギダンが先ほど運び込んだ荷に目をやると、レネが警護について伝えていく。
「警護の手配は済んでいる。置き場は5人体制で4交代、営所の各入口と巡回も強化、出入りも厳しくしてある。しばらくこのシフトでいく。ところで、だ。お前の走竜にぶら下がって、もがいているその変なものと、そこの少年の説明をしてくれないか?」
(おろせー!おろしてくれ!俺に自由を!)
(エルマ、そんなに暴れないでください。なんかいい雰囲気で声をかけにくいんですよ)
(ホホホ、難儀ですのう)
「あ、あああ。動くなっての!今下ろす、今下ろすから待ってろ」
ギダンは、大急ぎでエルマを走竜から降ろす。
ようやく解放されたエルマは、地面に降り立ち、仁王立ちの状態でワナワナ震えている。
(そいやあ!)
ブス!
「いってぇ!」
エルマは手でギダンのケツを刺す。
(これで勘弁してやろう)
(ホホホ。敵には容赦しない。さすがエルマですぞ。だが愚かな物質体に慈悲を見せるとは、成長しましたな)
(敵対してたわけじゃ無いと思うんですけどね)
アイリスは苦笑しながら頭を掻く。
ギダンは刺されたお尻を押さえながら涙目でレネに説明する。
「いてて、なんて凶悪なゴーレムだよ。レネ、説明するぞ。帰りに拾った少年、アイリスだ。あとはゴーレムの切株と、使い魔のフクロウ。これでセット、以上。それでな、アイリス」
チャリ
ギダンの目の前にいつ抜いたのかレネの剣先があった。
「私が冗談を嫌いなのは知っているな?ギダン。あのようなゴーレムなど私は知らぬ。だが世界は広い、たとえ存在したとしても、だ。見たところ10歳にも満たぬ幼き少年に使役出来ようはずもない」
ギダンは仰け反りながら両手をあげる。
「ひえっ、ちょっ、レネ!」
レネは鋭くギダンを見つめながら、剣先をギダンの額にわずかに食い込ませる。
「そして使い魔だと?中位の魔術師でも困難な使役魔法だ。しかも少年の高貴さ。何処から攫ってきた。正直に話せ、いまならまだお前の死で贖えよう」
エルマは目を細める。
(速いなー、こういうのが見たかったんだよ)
(ホホホ、技有りですな)
(僕、これでも12歳、いや、32歳なんですけどね。それにしても抜いてからしか、剣が見えませんでしたよ)
(アイリスは年齢を気にするよな)
(ホホホ。有限の命とはそういうものかもしれませんぞ)
ギダンは仰け反り、レネの剣先から逃げようとする。
「いやいやいや、本当なんだって。ハナムラ、説明してくれ!アイリスも!」
ハナムラは慌てて弁解する。
「お、おうレネ、本当だ。道で拾った」
アイリスもレネに説明する。
「レネさん、ですか。ギダンさんは、故郷から追われて途方に暮れていた僕を助けてくれました」
キリ
レネは眉間にしわを寄せ、アイリスを見る。
「故郷を追われただと?どこだ。君のような有能な魔術師を追放するなど、あり得ぬ」
ギダンは、顔をずらして剣先を外そうとする。
「ああ、レネ、そこはもうやった。大森林の民で、毒王に追われたらしい」
レネの片目がピクリと動くと、眉をひそめられ、ギダンを鋭く見据える。
ギダンの眉間に向けられた剣は微動だにしない。
「やったとかではない。私が、知りたいのだよ、ギダン」
ギダンは震え始める。
「お、おう」
「しかし大森林の民だと?この辺りの大森林に森の民がいるなど、見たことも、聞いたこともない。しかもエルフではなく人族だと?お前は私を何だと思っているのだ?」
「でも実際に居たしさ。な」
チャリ!サク!
「この辺りの森は、深めに探索しているが、人の気配など感じたこともない。お前も知っているはずだ」
「いたーーー」
ギダンは両手で額を抑え、しゃがみ込む。
(あ、刺さったぞ)
(刺しましたのう)
(刺さっちゃいましたね)