第16話 買い物
商店の外に出るとマックスとアイリスは連れ立って市場へ向かう。
「そんなに危ないんですか?」
「それほどでも無いと言いてえところだけどよ。アイリスは綺麗だからなあ。貴族連中には変態が多いと言うしな。後はあれだ。田舎から出て来たばかりの伝手が無い奴は、街に来るとだいたい騙される。団長にほいほい着いてきてるしな、不安なんだろう」
(ふふふ、俺たちが付いているとも知らずに)
(ホホホ、儂たちが付いているとも知らずにのう)
(ちょっと、2人の方が不安ですけど)
アイリス少し下を向いて苦笑している。
「ギダンさんは、信頼に値する人と思うから。ですけどね」
「お、団長が聞いたら喜ぶぜ」
マックスは笑みを浮かべながら、切株を背負い、肩にフクロウを乗せた奇妙な少年を横目で眺める。
円形の大きな広場に広がった市場は活況に溢れ、賑わいを見せている。
様々な商品を扱う店が所狭しと軒を広げ、客を呼び込んでいる。
アイリスはマックスの横について歩きながら、辺りを見回す。
「マックスさん、この辺りには獣人が見当たらないのですね」
「ここはメインの市場だ。獣人は入ってこれねえ。迷い込んでくれば袋叩きだ」
「そうなんですか」
アイリスは周囲を見渡しつぶやく。
「何故」
マックスは少し驚き、興味深げにアイリスを見る。
「団長が気に入るわけだぜ。人族は爪も牙もなく身体能力が高い訳でもねえからな。怖いんだろうさ、獣人がな。ドワーフやエルフなんかはまだマシでよ。ちっと裏通りに入れば店を持っているやつもいるんだぜ」
「でも、ギダンさんもマックスさんも獣人に偏見を持っていませんよね」
「団長も俺もスラム出身でよ。クソかどうかは種族じゃねえってことさ」
マックスはアイリスの肩を叩く。
「おう、ここだ」
マックスとアイリスが立つ前には荷車を2台連ね、薄手の布で簡易な屋根を作った古着屋だった。
「アイリス、ここで何着か服を見繕いな。少しぐらいなら破けててもいいからとにかく丈夫な服がいいぜ。営所でカミさん連中がなんとかしてくれる」
「その、お金の方は?」
困ったように顔を上げたアイリスに、マックスはギダンから受け取った革の子袋をちゃらちゃらと揺する。
「気にするな、団長の小遣いだ。フォレストボアの毛皮で十分に元は取れるぜ」
アイリスはテキのシャツの胸元を指でつまんでじっと見る。
「わかりました。甘えます」
「それでいいってことよ、上下で3着もあればしばらくは困らねえぜ」
「はい」
マックスは、入り口にゴザを敷き、煙管を咥えて胡坐をかいて座る老人に声をかける。
「ハリスの爺さん、久しぶりだな。うちの若い衆の服を見繕いに来たぜ」
ハリスと呼ばれた老人は煙草を吐き出しながらマックスとアイリスを眺める。
「おう、青狼のマックスか。しばらくぶりだな、仕事か」
マックスは荷車に寄りかかり、腕を組む。
「おう。ウォレスの旦那のとこの商隊を護衛してよ。フェニア要塞街まで行ってきたぜ。アイリス、好きに見てくんな」
ハリス老人は煙管を手に取る。
「まだ子供じゃな。じゃったら右の荷車を見たらええぞ。フェニア要塞街か。魔獣素材じゃうちには関係ねえかな」
マックスは胸ポケットから小さな紙包みを出すと、ハリス老人に差し出す。
「どうかね。クズ素材をうまく扱えば、小物ぐらいなんとかなるんじゃねえか」
ハリス老人はその紙包みを受け取るとカサカサと開く。
「ふーむ、そんなに大きな扱いか。種類も多いのか?」
包みの中身をつまみ匂いを嗅ぎながらマックスをみる。
「ほう。ゴロワの草か。南の定番じゃな」
「奮発したぜ。そういや戻ってくる時、開拓団を見た、いつに間にあんな話がついたんだ?2か月前にはそんな話これっぽっちも無かっただろ」
「なるほど、確かに良い草じゃな。募集が出たのはこの1か月ほどじゃの、ほれ、まだ高札が出ておる」
ハリス老人は広場の中心に建てられた高札を煙管で差す。
「なるほどなあ。荷獣車で10台分の発掘品、種類はここらで見ねえくらい多いな。
中心はボア系を中心とした牙、鱗類大小、装甲竜の装甲板、小口で角類、繊維類、爪類、変わり種で鉱石類その他だ。鱗の半分、荷獣車1台分はうちの扱いだ。
応募したのはスラムの連中が多いか?」
ハリス老人はつまんだ草を指で転がしながらまとめ煙管に詰めると、火をつけて吸い始める。
「それはそうじゃろう。お前のとこで扱うということは、鎧でも作るのか?大部分は他の街から連れてきたようじゃぞ」
「そんなとこだ。わざわざか?」
「そうじゃ、体のいい口減らしだろうってんで、レイセアではほとんど応募がなかったようじゃな。ここじゃスラムといえど、贅沢をいわなきゃ飯は食えるからのう。なかなかうまい草じゃな」
ハリス老人は満足そうに煙を吐き出す。
マックスとハリス老人が情報交換を行い始めたのを横で見ながら、アイリスは、右手の荷車に向かい、服を探し始めた。
「テキさんに服をお返ししないといけませんが、結構これ着やすいですね」
(気に入りましたかの。それならあそこに似たようなシャツが掛かっておりますぞ)
(あそこにもあるな)
(じゃあ両方共選んじゃいますね)
「あれ?穴が空いていますね」
(穴ぐらいならいいって言ってたぞ)
(古着ですし、そう言うものなんですかね)
(分からん!)
(わかりませぬ!)
(そういう時、勢いありますよね、2人とも……)
(ふむ、アイリス、そこからはみ出て見える革の服をとってくだされ)
(このチョッキですか)
(これから少しですが魔力を感じますぞ)
(傷だらけですけど大丈夫ですかね)
(素材自体に魔力があるようですな、大丈夫かと)
(はいはいはい!それなら、その箱の下の方からも魔力を感じるぞ!)
(エルマ、ムキになっておりませんかのう)
(まあいいじゃ無いですか。僕も服を選んだことが無いから、どれがいいのかよくわかりませんし。奥の方を見たいんですね、よっと、エルマが動けないとこういう時大変です)
(儂、フクロウですしな)
(魔力を流してパワーアップ!でいいじゃねえのか)
(箱の下の方はそもそも手が届かないですよ)
エルマがにやりと笑う。
(じゃあ、こっそり手伝うか)
横目でアイリスを見ていたマックスは、動き始めた切株を目ざとく見て取り大急ぎでアイリスの後ろに立ち切株を身体で覆う。
「おい、アイリス、下の方の服がみてえのか。困ったら言えよ。ちょっとどいてろ」
マックスが後ろから手を出し、箱の下の衣類を引っ張り出す。
「このズボンか?おっと、裾が破けてるじゃねえか。まあでもアイリスの体に合わせるなら問題なさそうか。物は良さそうだな」
(切株を動かさないでくれよアイリス)
マックスは小声でアイリスにささやく。
(すいません)
「ありがとうございます、マックスさん」
ぷかーと煙を吐き出しながらハリス老人はアイリスを見てマックスに声をかける。
「なんじゃ?マックスがそんなに手を貸すとは、その小僧はなんなんじゃ。背負ってるのは切株かのう?なんじゃいそりゃ?口調もいいとこの娘みたいじゃのう」
「団長の秘蔵っ子さ。切株もだ。今はこれ以上言えねえ、察してくれ。アイリス、服を決めたか?」
アイリスは、テキに貰った服に似た麻のシャツを数枚、何かの毛でできた粗めのシャツを1枚、片方の裾が破けているが丈夫そうな革のズボン、繕いの跡が見える荒い麻で出来た厚手のズボンを2枚、一度大きく破れたのか大きな繕いがある革で出来たチョッキなどをマックスに渡すと、マックスはベルト類を何本か追加する。
それをみていたハリス老は、その上に、数枚の薄手のシャツを乗せる。
「これで大銅貨1枚でどうじゃ。タバコと情報料込みじゃ」
「爺さん、今日は偉くあっさりしてんな。いつもならもっと吹っかけてくるだろ」
怪訝そうなマックスを見て、ハリス老人はにやにやと笑う。
「ギダンの秘蔵っ子とお前が言ったんじゃぞ。魔獣素材を青狼でも扱うならハンパ物も入手しやすそうじゃからな」
マックスは腰に手を当て笑う。
「なるほど、打算だねえ。了解、団長にはよろしく言っておくぜ」
「よろしく頼むぞい」
マックスは器用に服を束ねると肩で担ぎ、ハリス老に手を振り、次の店に向かう。
「エミリー婆さん、邪魔するぜ」
そう言いながら雑貨が並んだテントに入って行く。
「この小僧に合うシャツと下着、靴下なんかを5つ、揃いでくんな。出来合いのブーツも欲しいがあるか?後は移動用、テント用の適当な什器なんかをセットでくれ。うちの新人用だ」
「おや。久しぶりだねマックス、おいおい、偉く綺麗な子だね。攫ってきたんじゃないなら青狼もたいしたもんだね、ちょっと待ってな」
そういうと老婆は奥に向かって叫ぶ。
「ルイズ、シャツ下着靴下を5枚ずつでまとめてくんな」
あとは、ブーツだ。こないだ仕入れた小さめのやつだよ」
そしてテント内に並べられた什器の中から木で出来た深い皿と浅い皿を大小数枚、コップを一つ、スプーンとフォーク、数枚の布などを選び、纏めて縛って行く。
「はい、婆ちゃん」
奥からシャツとズボンに前掛けを掛けた、快活そうな少女が服を縛ったものとブーツを持ってくると、すぐアイリスに目をつける。
「え、なに?超かっこいいんですけど!マックスさん、てことは青狼の人?でも、こんなかっこいい人見たことないけど?きゃっ!私こんな格好だけどどうしよう。寝癖もついたままだよ!」
(おい、全部だだ漏れだぞ)
(ホホホ。エルマも相当ですがこの少女もなかなかですぞ)
エルマとヴァルが、勢いが強い少女を見てあっけに取られている。
「ルイズ、あんた考えてることを口に出すなと言ったろう。荷をそこにおいて奥に行っておいで」
「あはは。婆ちゃん、ごめん」
アイリスをガン見しながら奥へ戻る少女。
「まったく。大銅貨2枚だよ」
マックスは苦笑いしながら代金を支払うとまた荷物を担ぎ、テントの外に出る。
「よし、まずはこんなもんか。細々したもんは営所で揃うぜ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあウォレス商店に戻るぞ」
ウォレス商店の裏、集荷場に戻ると、ギダンが寄ってきた。
「おう、買い物は終わったか。こっちもだいたい終わった」
アイリスは軽く頭を下げ、お辞儀をする。
「すいません、ギダンさん。何から何まで」
「謝らなくてもいいさ。こっちも下心があるんだ。取り敢えず、込み入った話は営所に戻ってからだ。2か月とちょっとぶりに営所に戻るんでな。家族持ちもいるんだ」
ギダンは明るく笑いながらアイリスの肩を叩く。
ハナムラがギダンを呼ぶ。
「ギダン、荷下ろしは終わったぞ」
「おう。それじゃあウォレスさん。またよろしく頼むぜ」
「ええ、この商売が上手く行けば、定期的に雇いますよ」
「期待してるぜ。よし、青狼旅団、行くぞ」
ギダンの掛け声とともに、護衛団と荷積みの手伝いに来ていた青狼の傭兵たちが動き出す。
地竜や騎獣たちで荷車を引かせ、その横を傭兵たちが警護して進んでいく。
木戸番は出て行くものは気にも止めず、談笑している。
一行は木戸を出ると、草むらにできた獣道を広げたような道を進んでいく。
少し進むと木柵で囲まれた青狼旅団の営所が、アイリスの眼に入ってきた。
青狼旅団営所。
営所の入り口には戦人の面構えをした獣人が数人でたむろし、ギダンたち一行を見て笑いながら手を振っている。
戦や魔獣だけでなく様々な悪意と、理不尽な世界と戦う荒くれたち。
だがその影で、大森林に向けられた人々の欲望と悪意は、密かに、しかし確実に、この地を覆い始めていた。