第14話 レイセアの街
商隊は澄み渡った青空の下をゆっくりと進んでいく。
昼を少し過ぎ、少し小高い丘陵を登り切ると、城壁に囲まれた街が視界に入ってきた。
正面には岩場があり、街に向け街道は大きく右側に曲がり、城壁の東側に向かう。
北側には川が見え、その川を引き込んだと見える堀が城壁の周りを囲っている。
南側には城門はなく、城壁から少し離れた場所に、簡素な建物やテントなどが見える。
西側には、さらに酷い状態のバラックが所狭しと立ち並んでいる。
ギダンは指揮をハナムラに任せ、自分の走竜にアイリスを乗せて、レイセアの街を説明していた。
ヴァルはアイリスの肩に止まり顔を回すことで、辺りを見ている。
フォレストボアと鎧は布で巻かれて、ハナムラの地竜に預けてあり、エルマはギダンの走竜の脇に括り付けられ、ぶら下がっている。
(ほー。これが人の集う場所、街ってやつか)
(あのような城壁では、スーラを防げないですぞ)
エルマは初めて見るその光景に心躍らせ、ヴァルは的確に周囲の情報を確認している。
「あれがレイセアの街だ。ザーランド王国はポンダルト伯爵領にあり、伯爵領下で五指に入るほど栄えている。ってのが売り文句だな。まあ実際、この辺りの中核都市、大森林の恵みもそこそこ。周囲は平地で、北を流れるザール川により水資源も豊富、農業が主流の伯爵領の食糧庫だ。住民はおよそ2万弱。1割が貴族階級と金持ち、5割が農業、3割が商業、残りが日雇い、冒険者や俺たち傭兵だ。あとは1割くらいがスラム住まいだ。西側に見えるバラックさ」
アイリスが顔を顰める。
「西側、ザーシェラ大森林側ということですね。しかも門がありません」
「ああ、いざという時のためだな」
エルマは2人のやり取りを理解出来ないのか首をかしげている。
(あん、どういうことだ)
(なるほど。囮か盾ということですな)
ヴァルが答えるが、エルマは首を傾げたまま動かない。
(わからねえぞ)
(魔獣が攻めてきたとき、まずあそこが狙われるのでしょうな。城壁の上に巨大な兵器が見えますぞ)
(世の理。弱きものが常に犠牲になるということです)
アイリスは胸の内でつぶやき静かな怒りを口に出す。
「ひどい」
「まあな。だが屋根があるだけマシさ。あそこから出るには自分で立ち上るしかねえ、あそこで腐っているだけのやつや犯罪者たち。あそこは腐ったぬるま湯なんだ。目をつぶって何も見えねえふりをしてりゃあ居心地はいいんだ。だがな、生きる意志を示したものこそ生者、立ち上がる勇気を持つものだけが輝く。俺の信念だ。アイリス」
ギダンの眼が強い光をたたえる。
「信念。ギダンさんの」
(ちっと光ったな、こいつ)
(ホホホ)
ギダンはニカッと笑う。
「まあ、そんな大したもんじゃねえ。俺もあそこじゃねえがスラム出身でよ。一言あるのさ。城壁の内側は、住める人数も決まってる。貴族連中と金持ち、騎士連中だけだ。東側によ、もうちっとマシな街が出来てる」
「東側にもスラムがあるんですか?」
アイリスはまだ見えてこない東側を見つめる。
「スラムじゃねえな。東は低い立場の人間や商人、下っ端の兵隊、冒険者あたりが住んでる。スラムなんか比べ物にならねえ城門街ってやつだ。市は毎日のように立つし、城門内より盛況だな。安い宿屋なんかもそこだ。俺も昔は、あそこのとにかく安い共同宿で金を節約しててな。背中が痛てえ思い出しかねえけどよ」
ギダンは笑いながら昔を懐かしむ。
「南側は?」
アイリスは南側の荒れた土地に、建物が点在する小さな村の様な区画を見る。
「あれか。フフフ。聞いて驚くなよ。あれがうちの、我らが青狼旅団の営所さ」
ギダンは得意そうに後ろを振り返り、アイリスの顔を見ながら拳を握る。
「街の外にあるのですか?」
「気付いているかも知れねえが、うちには獣人が多い、獣人というより亜人だな。それに訳ありも多くてな。ポンダルト伯爵様を筆頭に、このあたりのお偉い方達はよ、亜人、それも特に獣人だな。それと訳ありが街の中に入るのを嫌がるのさ」
アイリスは後ろから、ギダンの眉間にしわを寄せた横顔を見る。
「亜人に訳ありですか」
(亜人てのはなんだ?)
(いやいや亜人はまだわかりますぞ。訳ありのほうがわかりませぬな)
(僕たちみたいなことでしょうか?訳ありとは)
(ホホホ。儂らは訳ありですかな)
(わかんね)
エルマは興味無さそうにつぶやく。
(エルマったらもう。僕は訳あり、でもその通りですね)
アイリスは微笑みながら、走竜の脇に括りつけられたエルマをそっと撫でる。
いつの間にかハナムラが横につけており、苦いものを噛み潰したような顔をしている。
「獣人の扱いはこの国自体はそれでもマシなんだが、ポンダルトの土地はこのあたりでは特に酷いな。だが、ほかの国じゃあ酷いところは本当に酷いもんさ」
ギダンが相槌を打つ。
「この国は、大森林の恵みってやつで、魔獣素材の剥ぎ取りやら、一次加工やらの汚れ仕事が大量にあるからな。獣人を受け入れるのさ」
「汚れ仕事を押し付けて、権利は少ない、少ないが追われる事はない、追いやられはするが飢えることはない。それでいいわけじゃないけどな」
ハナムラは吐き捨てる。
「そうはいっても城外にあるってのは悪いことばかりじゃねえ。クソみてえな貴族に会わねえし、狭苦しくて薄暗い路地もない。太陽の光も浴び放題だぜ」
アイリスは静かに話を聞いている。
街を見ていたハナムラが大きな舌打ちを打つ。
「おい、ギダン」
「何だ、ハナムラ」
「あれを見ろ」
ハナムラは東の街道の先へ目配せした。
目を向けると、レイセアの街から多勢の武装した集団と、それに従うみすぼらしく、疲れた顔をした一団が行軍してきていた。
ギダンは素早く集団を見渡す。
「先頭は正騎士じゃねえか。都市付きの騎士団を護衛に出すような一団?だが後ろの集団は貧民だ。まさか開拓団か?」
「そのまさかかもしれんぞ」
ハナムラの返事に、ギダンは舌打ちをすると手を振り、商隊に合図を送る。
商隊は街道を外れ街道脇に降り道を空ける。
護衛の傭兵達も騎獣から降り、獣人たちはフードをかぶる。
ハナムラが地竜から降りながらつぶやく。
「まさか、本当に大森林に手を出す気か」
ギダンも走竜から降り、アイリスに手を貸しながら眉間にしわを寄せ強い嫌悪を示す。
「おいおい、本気かよ。ジャハルがどうなったか、もう忘れたのか」
アイリスはギダンの緊張を見て取る。
「どうしたんですか?ギダンさん」
「どこかのあほうが大森林に手を出そうと開拓団を派遣したようだ。アイリス、すまんがフードをかぶって少し下がっておいてくれ。テキ、アイリスを頼む」
「はい。ギダンさん」
そういうとテキはアイリスの手を引き、少し後ろの荷獣車を引く地竜の脇まで下がり、身を隠す。
ハナムラもフードをかぶりながらギダンの後ろに下がる。
「バルドアの街が大森林に手を出したって噂は本当かもな。それに後れを取るわけにはいかない、なんて浅い考えじゃないだろうな」
ギダンは舌打ちする。
「ちっ!嫌な予感しかしねえぜ」
その予感にハナムラが応える。
「嫌な予感が早速的中だぜ。見ろよ。先頭のキンキラの騎竜をよ。ポンダルト伯爵自慢の私設騎士団、五輪花騎士団のゾブリン様が、自ら指揮しての御出陣だ」
「また面倒臭え奴が出たな、おい」
ギダンが悲鳴にも似たぼやきを上げる。
青狼旅団の面々は騎獣から降り、道の脇に止めた荷獣車を囲んで開拓団の通過を待つ。
ウォレスが荷獣車から降り、ギダンに話かけながら脇に立つ。
「やはり、レイセアからも開拓団を出しますか」
「バルドアが大森林に手を出したってのは、噂じゃねえってことか」
「五輪花が護衛していると言う事は、ポンダルト伯爵も承知、いや自らのお声掛かりかもしれませんね」
「ジャハルは何のために滅びたのかね」
「ギダンさんはジャハルの出、でしたな。なるほど、開拓には反対でしょう。確かに今のレイセアの武力はなかなかの物ですが、大森林の怒りを防げるかどうか。面白くなってきましたな」
「変わらないな。ウォレスさん」
「私は商売人ですからね。金の匂いには敏感ですよ」
ウォレスは素早く胸の内でそろばんをはじき、扱う商品を検討し始める
騎士団、五輪花の先頭を歩む一隊が、ギダンたちに近づいてきた。
ギダンが手を下げると、青狼旅団の面々はひざまずき頭を垂れる。
華美な装飾が施された大きな騎竜と、煌びやかな鎧を身にまとった壮年の男を中心とした数騎が近寄ってくる。
茶髪の長めの髪、僅かに下がった目、長めの顎。
ほぼフルプレートの装備だが、肩当てや肘当てなどは外している。
身のこなしも鍛え上げられた武人、騎士団を率いるにふさわしい偉丈夫。
「臭い臭いと思ったら何のことはない、青狼旅団では無いか」
「は、ゾブリン卿もご機嫌麗しく」
ギダンは頭を下げたまま答える。
「何がご機嫌なものか。この鼻の曲がりそうな臭いで気分が悪くなったところよ」
騎士ゾブリンは忌々しげに青狼旅団を見ていた。
「それは申し訳ありません、魔獣素材の運搬警護にて、素材の臭いは如何ともし難く」
「おお、懐かしき匂いかと思えば魔獣素材の臭いか。かつて竜の背で魔獣どもを屠ったときに嗅いだ臭いよ。懐かしき香りよな。いやしかし通りで臭いわけよ。
竜の背でも、我らが倒した魔獣にゴミが群がり、悪臭を放っておったわ」
青狼旅団の獣人たちは、歯を食いしばり身を震わせ俯いている。
(なんという傲慢、これがこの国の貴族ですか)
(アイリス君、だめだよ。僕達は我慢するしかないんだ)
テキがアイリスの手を強く握る。
エルマとヴァルは白い目でゾブリンを見る。
(うわー、これまた燻んだ色してるなあ)
(なんと言うか、駄目に中庸ですのう)
「おお、そこな商人、お前はウォレス商会のものだな」
「は。ゾブリン卿、ウォレスでございます。お久しぶりでございます」
「1流の商人は、例え宵越しの金に困ろうとも獣人など使わぬものよ。お主も1流足らんとするならば、よく考えたほうが良いぞ」
「ありがたきお言葉、耳に痛とうございますな」
「ははは、よいよい。正しき言葉はときに痛みを伴うものよ」
騎士ゾブリンは笑い捨て、開拓団に戻っていく。
開拓団と五輪花騎士団がだいぶ離れてからギダンはため息をつく。
「みんなよく耐えた。街まであと少しだ」
青狼旅団の面々はみな顔をしかめながら、荷獣車を街道に乗せ、護衛に戻る。
ウォレスがギダンの肩を叩く。
「獣人がいなければこの国は成り立たないというのに、貴族というものは気楽なものですな」
「ま、俺が選んだ道さ。胃が痛てえがな。ハナムラ、大丈夫か」
ハナムラはフードを下げ、開拓団が去った方向を睨みつけていたが大きく息をつく。
「ああ。大丈夫だ、だがギダン、今回の開拓団は相当本気だろう。魔術師団も同行していたぞ」
「見た。開拓団はスラムの人間が中心か」
「街民らしいのもいたが、身なりは貧しかったな。まあ開拓団に参加するような連中は食い詰めているだろうが」
「大森林の様子も気になる。マックス!」
ギダンはマックスを呼ぶ。
「お、仕事かい、団長」
「開拓団を追ってくれ、開拓場所を確認するだけでいい」
「了解だぜ」
そういうとマックスは獣竜を降り、軽く荷物をまとめ、残りの荷物を獣竜の背に乗せ、上着を脱いで被せるとハナムラに手綱を渡して、軽装となって開拓団を追いかけ街道を歩いていく。
ギダンはその後姿を眺めてから手を振り、商隊に合図を出す。
「俺たちも行くぞ」
「ギダンさん、情報は後で買いますよ」
そう告げると、ウォレスは何度もうなずきながら荷獣車に戻っていく。
「アイリス!」
ギダンは走竜に跨ると手を差し伸べてアイリスの手を掴み、抱え上げる。