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第13話 今昔


粥を食べ終えると、硬いパンで器を拭うようにしながら食事を終えるギダンとハナムラ。

「アイリスには無理か。貸しな」

ギダンは器を受け取ると、パンを使ってきれいに拭いながら食べ終え、器を片付けて

行く。

「すまんな。護衛中はいつもこんなもんさ」

そう言いながらギダンは、焚き火からケトルを上げ、コップにお茶を注いで行く。


「これもロクなもんじゃねえがな」

アイリスは渡されたコップを両手で持ち、お茶を啜る。

「味がしない」

そのつぶやきにギダンが答える。

「まあ、色は付くんだよ」

アイリスはキョトンとしてギダンを見る。

そして涙を流して笑い出し、しばらくしてから申し訳なさそうに謝る。

「あははは。すいません。味がなくて色だけのお茶なんてあるんですか」


ギダンは頭を掻きながら笑う。

「ははは、貧乏な傭兵団なんでな。しかし涙を流すほどウケるとは思わなかったぜ」


ヴァルが、アイリスの頬を、涙が流れた跡を、羽根でそっと擦る。

(味覚、と言うものが無いのですな。アイリス)

(はい。何も味を感じませんでした。食事も、お茶も)

(すみませぬ。儂らにはない感覚故)

(いいんです、いいんですよ。ヴァル)

固い表情で焚火の炎を見つめるアイリスの手を、横に座ったエルマがそっと握っている。

その様子を横目で見ていたギダンは、足元の固い草を千切ると口に咥える。

「それでだ。毒王の話だが、大丈夫か?」


「はい。大丈夫です」

アイリスは気を取り直したように微笑む。

ハナムラが焚き火に薪をくべながらつぶやく。

「毒王か。5年前のスタンピードで生き残った、迷宮産の魔獣って話だがな」


ギダンは両手を頭の後ろで組みハナムラを見る。

「時期が会い過ぎているからな。間違い無いだろうよ。少し南のバルドアの街のあたりに流れてきて居着きやがってよ。迷惑な話だぜ」


「しかしバルドアじゃ歓迎してるって話だろ。迷宮産の魔獣は大森林の意志から離れているとか言ってよ」


「誰が言い出したんだか知らねえが、悪意を感じる噂だぜ。そんなに甘いもんじゃねえだろうが。大森林はよ。バルドアは大森林を開拓し始めたって噂もある。なんか裏がありそうだ」

そう言うとギダンは焚火に向かい口に咥えた草を吹き出すと、燃えゆく様を無言で眺める。


エルマがアイリスをそっと小突く。

(早く言えよ!アイリス)

(え、ええー、言いにくいですよ。大体、エルマがスパンて首を切ったのに、なんでスーラの所為にしなくちゃいけないんですか)


エルマがにやっと笑う。

(とどめを指したのはアイリスだぞ)

(もー。嘘がどんどん転がって、どんどん大きくなってる気がします)

(ホホホ、今は仕方ないですのう。我らは無力ですな)

ヴァルが首だけで横を向く。


(もーー!ヴァルも他人事だと思って!)

少しムッとしながらアイリスは意を決する

「えーと毒王ですけど、多分死にました」


ハナムラが持っていた薪を握り潰す。

「なんだと!」

ギダンの眼が強い輝きを放ち、アイリスを見つめる。

「どう言うことだ?」


「はい。集落を潰された後、僕は毒王を追いかけました。その先で銀狼の王種と争っていました。死んだと思います」


ハナムラが鋭く問う。

「確実か?」


「銀狼の王に、首を落とされていました」


「銀狼の王?青狼王か!」

ギラギラと輝いていたギダンの眼に、昏く冷たい炎が宿る。

(おい、さっきまで結構いい光だったのに、やな感じだぜ)

(ホホホ。この輝きは復讐の光ですかな)


「アイリスが呼ぶ銀狼ってのは、たぶん俺たちで言う青狼ってやつだ。あいつらの銀は青みがかっているだろ。それでここらへんでは青狼って呼ぶのさ」


「この傭兵団の名は、青狼旅団、と言いますよね」

「ああ、忌み名さ。憎しみを忘れないために、そう名付けた」

ギチギチと音を立てるほどにギダンは拳を握り込む。

「やつが毒王を喰らったと言うのなら、どれほど強くなっているのか」

(スーラの敵か。やっちゃう?)

(やってしまいますかな)

(駄目ですよ、2人とも。本当に物騒ですよ。でも、なんか火をつけちゃいましたね。設定間違えましたか?)

(まあ大筋では同じ事ですし、これは仕方ない事ですぞ)

今度は頭を回しながら、ヴァルはアイリスとギダンを見る。


アイリスは。ギダンの強く握り込まれた拳に自分の手を乗せると、憎悪に満ち歪んだ魔力の流れをそっと整えて行く。

大きく息をつくとギダンは自分を取り戻したのか、苦笑しながらアイリスの頭を撫でる。

「すまん。取り乱した」

ギダンが落ち着いたことを見て取り、ホッとしたようにハナムラが薪を焚き火にくべ始める。

ギダンとハナムラは毒王の情報について整理、検討していく。

「毒王が死んだと言うのなら、毒王の支配域はどうなる?」

「青狼王が喰らったのであれば青狼王の支配下だろう」

ハナムラの疑問にギダンが答える。


「そうとも限らんぞ」

そう言いながらハナムラは荷物から地図を出す。

「確か、青狼王と毒王の支配域の間には、ほかにも数体の王種がいたはずだ。

この辺りは若い王種がかなり入り乱れる複雑な地域だ。漁夫の利で支配域が増える王種もいるだろうし、飛地の可能性があると俺は思う」


ギダンはこめかみを親指で押さえながら地図を見る。

「飛地で支配ってのはあり得ねえか?」

「どうなんだろうな。王種はその土地の魔力を支配しているってのが定説だ。飛地で魔力が届くのか?守るにしてもほかの王種が邪魔で動けないだろう」


「飛地じゃない場合はどうだ」

「魔獣の支配域の更新なんて滅多に確認されないがな。新しい支配域は周囲の王種も狙うことが普通だ。支配域に動きがあったときには、数年は魔獣の動きが活発になっているな」


ギダンはため息をつきながら地図を確認していく。

「飛び地であろうとなかろうと、ほかの王種が狙ってくるのは確かか」

「南は炎猴王、北は青狼王か炎狐王、西がわからんがな」


「つまり今は青狼王の支配下か空白、いずれにせよ、毒王の支配域を巡って魔獣どもが争う確率が高いってことか」

「だろうな。毒王の支配域の正確なところはわからんが、この周辺から南、バルドア辺りまでしばらくの間やばそうだ」

「だが毒王がいないってことなら価値がある」

ギダンはにやりと笑い、ハナムラもうなずく。

「毒王は動くものは何でも食らう悪食の王だ。毒をばらまかれた大森林は薬草の採取もできねえ。あいつの支配域は危険で近寄れなかったからな」


ギダンは興奮を表に出し、アイリスに確認する。

「アイリス、この話はまだ誰にもしてねえな?」

「はい」

「ハナムラ、これは他言無用だぜ」

「おお」


ふとアイリスは、ハナムラが出した地図に目を止める。

目を止めた先に、ザーランド712と書かれていた。


「ザーランド712?」

アイリスは、つい声に出す。


ハナムラは最初なんのことかと訝しんだが、すぐに地図に書かれた年号と気づき頭を掻く。

「おお、さっきギダンも言ったがな、うちは貧乏でな、地図も少し古い地図しか買えないんだ。10年前の地図だが、ここら辺はあまり変わってないんでな」


アイリスの顔色が青ざめて行く。

「10年前?712年?では今のザーランドは722年ということですか」


「ああ、っておい」

ギダンとハナムラはようやくアイリスの異変に気づく。

血の気を失い、全身が真っ白となり、身体を震わし、涙が流れ始める。

切株がアイリスを支え、フクロウが肩の上で細くなる。

「おい!猿のおっさん。きれいな布持ってこい。あと敷布と、掛ける布も持ってこい」

「お?おおお?おう……」

ハナムラは目を点にしながらテントに走っていく。

「ヒゲはお湯を沸かせ。色のついてないやつだぞ」

「お、おう?ヒ、ヒゲ?」

ギダンはケトルの中身をこぼすと水筒から水を入れ、火にかける。

ちらっと切株とフクロウを見ると、倒れたアイリスをかいがいしく介抱している。

(なんだこれ?)

ギダンは呆然としたままアイリスを見つめる。



しばらくして、焚き火の脇に敷物が敷かれアイリスが寝かされていた。

呼吸は落ち着きを見せ、切株が甲斐甲斐しくお湯に布を浸し固く絞っては、アイリスを拭いている。

(僕の知っているザーランド王国は702年でした)

アイリスが感情のない目で胸につぶやく。

エルマはアイリスの涙を拭きとる。

(人の使う時間は我らには分からん、分からないんだ……アイリス)

ヴァルは首を傾げアイリスを見ている。

(界渡り、時を超えていましたか)

(あれから20年も立ってしまったのですか。僕にとってまだ1ヶ月も経っていないのに。何となく、信じてなかったんです。もしかしたら、このままカシオの都に帰れば、お城に戻れば、きっと父上も、母様も、兄さま達、姉さま達も、家族がみんなそこにいて、いつもの日常が帰ってくると思っていました)

アイリスの目から涙が止めどもなく零れ落ちる。

エルマは優しくその涙を拭き続ける。



「おい、ギダン。切株が喋ったよな」

「ハナムラ、他言無用だ」

「わかったわかった。何なのかわからんが、わかったら言えよ」

「ああ、俺もわからんが、わかったら教える」

ハナムラはため息をつき、アイリス達を見る。

「俺は寝るぞ」

「ああ、ゆっくり休め」

ギダンはハナムラがテントに消えるのを見てから、焚き火に照らされる不思議な少年と切株、フクロウを見つめ続ける。


少年の眼、絶望と悲しみ、己の弱さへの怒り。

妹のミシェルが10年前、家族を失った時に見せた眼と一緒だった。

ギダンはその時、妹ミシェルの涙を止めることが出来なかった。

今の切株のように、涙を拭いてやる事しか出来なかったことを思い出していた。



一晩中ギダンは、アイリスたちを見守り、火の番をして過ごした。


朝日が昇る前、薄明の中、アイリスの顔色は戻っていたが瞳に輝きはなく、暗く沈んでいた。


それを見つめるギダンは、かける言葉を見つけられないでいたが、その空気を優しく解したのはテキだった。

「おはようございます、ギダンさん。アイリスくんだったよね、靴を作ったから足に合わせるよ」


そう言いながらアイリスの足元にしゃがみ込む。

そしてアイリスの顔を見て、赤くなった目を見る。


テキは優しく笑いながらアイリスに靴を履かせ、合わせていく。

「どうしたんだいアイリスくん、僕の目みたいだ。悲しいことを思い出したの?」


アイリスはぎこちなく笑う。


「悲しい時あるよね。僕もね、昔を思い出して悲しくて泣いてしまう時があるよ。

僕はね、親が死んだ時、村を追い出されたんだ。婆ちゃんと妹と3人でさ。それからずっと旅をして、婆ちゃんが死んで途方に暮れて。妹と抱き合って泣いていたときに、ギダンさんに、青狼旅団に拾われたんだ」

そう言ってギダンを見ると、ギダンは照れたようにそっぽを向いている。


「言ったよね。この団は助け合うって。みんな悲しい思い出を持っている。だけど少しずつ前に進んで行くんだ。助け合いながらね」


アイリスの足に靴を合わせ紐で調節して行く。

「これで良し。歩いて見て」

アイリスは靴の感触を確かめる。


「うん、大丈夫だね。でも街についたらしっかりした靴を買おうか」


「テキさん、ありがとう。僕は大丈夫です」


いつしかアイリスの眼に、強い光が宿っていた。

(アイリス)

(アイリス)


(もう大丈夫です。20年の時が過ぎ去ったとて、何も変わらない。僕が何者なのか。それは誰かではなく僕が自身が定めること。もう32歳なのはショックでしたけど)


あがき、もがきながらも生きる事を選び、過酷な運命に抗う魂。

美しい。

エルマとヴァルはその魂の輝きに見惚れる。


朝日がアイリスを照らす。

暗闇の中、光に染まっていくアイリス。


その輝きは復讐に囚われた1つの魂に少しずつ変化を与える事になる。



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