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第100話 緑布

「いい買い物でしたわ。ほかにもなにかあるのかしら」

悪戯っぽく笑いかけるマリアンヌ伯爵夫人に、エレアドは苦笑しながら店内に手を向ける。

「後は店先に出してあるものだけですね」

「見せて貰いますわ」

そう言うとマリアンヌ伯爵夫人は店の売り物を眺め、時には手に取り楽しそうに買い物を始める。

渋く染め抜いた数枚の牙猪のなめし革と、魔導素材のきれいな鉱石のかけらを数個、エルフ染めの布を数反、購入すると満足そうにうなずく。

「全て買いたいぐらいですけど皆様に悪いですわね。いい買い物でした。明日よろしくお願いしますわね」

そう言い残すと、にこやか笑いながら立ち去り、小姓が荷を担いでその後に従って去っていく。


ジエイラは大慌てでその後を追いかけ、帰るマリアンヌ伯爵夫人を見送ると、急いで青狼の出店に戻ってきたが、すでに商品は全て売り切れており、エレアドとギダンは売り子2人と帰り支度をしていた。

マリアンヌ伯爵夫人が大量に購入したことで客が詰め掛け、もともと高品質、そして市価よりも大幅に安めの値段であることからか、あっという間に商品を売り切っていた。

スケイルメイルも目当ての武具商の目に留まり、無事に売れていた。

ジエイラはエレアドを呼び止め、エメラルド辺境伯との会見後の予約を取りつけ、ほっと胸を撫で下ろす。


夕刻、王城から戻ってきたエメラルド辺境伯は、着替えながら家宰コリンの報告に耳を傾けていた。

「マリアンヌが自ら青狼とやらの出店に向かったというのか?」

「はっ」

眉間にしわを寄せ考えこむ。

「なぜだ?」

「それは奥様に直接お聞きになるほうがよろしいかと」

エメラルド辺境伯の鋭い眼差しに、家宰コリンは耐え切れない。

「申し訳ございません。奥様から口止めをされております」


「ふむ?」

部屋義に着替え終わったエメラルド辺境伯は、申し訳なさそうにうつむく家宰コリンを眺める。

「よかろう。どこにおる?」

家宰コリンはちいさくほっと息を吐く。

「お庭でお待ちでございます」



庭に向かったエメラルド辺境伯は驚愕する。

夕暮れの薄い日差しのなか、庭のどの緑よりも鮮やかに浮かび上がる、翡翠色のワンピースを着たマリアンヌ伯爵夫人が微笑み待っていた。

マリアンヌ伯爵夫人は、ふらふらと近づいてきたエメラルド辺境伯の手をとると、優しく微笑む。

「殿様を驚かせました」

「マリアンヌ、それはいったい?いや、そなたはやはり美しい」

マリアンヌ伯爵夫人は、はにかみながらエメラルド辺境伯と腕を組む。

「褒められてしまいましたわ」


2人は楽しそうに今日の出来事を語らいながら、しばらく庭を散策する。


夕食のあと、エメラルド辺境伯は居間に広げられた反物を手に取り、唸っていた。

「これほどの色は見たことがないな」

この場に呼ばれたメイド長や執事なども、皆うなずいている。

「ニキア師、どうであろうか」

ニキアと呼ばれた老魔術師は布を丹念に確認していたが、首を横に振る。

「魔術では無いな。布にはほとんど魔力は感じぬ、じゃが、世俗に疎い儂でもこれは素晴らしいとわかるのう」

メイド長が控えめに口を挟む。

「とても素晴らしい色ですが、質が良いとは言え、献上品の麻布には及びません。普段使いのお召し物には良いのですが、公式な席でのお召し物には少し難しゅうございます」

「ふむ」

エメラルド辺境伯は軽く首肯する。

「普段着でも十分ですよ。それに使い方次第でしょう。シンディ、先のワンピースの本縫いは後回しに、殿様の登城用の上着を1枚、裏地をこの布で張り替えて下さいな」

メイド長は頭を下げ承諾の意を表す。


エメラルド辺境伯は皆を下がらせると、マリアンヌが購入したものを執務室に運ばせる。

「すばらしい色じゃな」

執務室の大机に置かれた布を改めて目にして、エメラルド辺境伯はつぶやく。

マリアンヌ伯爵夫人は嬉しそうに、良人、エメラルド辺境伯を見つめている。

その場に集められたのは、マリアンヌ伯爵夫人と、家老オーロ、家宰コリン、隠密頭、警護長。

エメラルド辺境伯より年寄りで、禿げ上がった頭でガリガリの骨だけのような家老オーロが口を開く。

「閣下が目的とみて間違いないでしょうな」

家宰コリンが首をかしげる。

「しかし目的は何でしょうか。これほどあからさまにエメラルド辺境伯へ近づくなど悪手では?」

「たしかにのう」

家老オーロも同意してうなずく。

警護長が静かにつぶやく。

「罠であれば明らかに囮、本命は他であるかと」

「本命とは?」

「最近の領境、ポンダルト伯爵領の荒み具合は、目に余るものがあります」

「領境に何か仕掛けてくる?あるいはもう仕掛けていると?」

家宰コリンと警護長が、領境の状況を話し合う。


マリアンヌ伯爵夫人がにこやかに笑いながら、布に指を滑らす。

「皆さん、深く考えすぎではないかしら?緑のものはエメラルド辺境伯が高く買うというのは、皆知っているのよ。それに、これほどの布ですもの、リスクは当然よ」

「知っていたのか?」

「いつもより警護が多かったもの。それは気になりますわよ」

警護長が頭を下げる。

「理由を強く聞かれまして」

「よい」

エメラルド辺境伯はうなずく。

「この布の件で、明日の朝、一番に来るように申し伝えてあります」

マリアンヌ伯爵夫人の一言に、あご髭をしごいていたエメラルド辺境伯の手が止まる。

「殿様とのつながりを求めている、それは確実だわ。でもポンダルトだったら、この布は私たちには見せずに売り出すか、パーティで自慢するか、どっちかだと思うわ。殿様のところに持ち込んだのは罠じゃないと思いますわよ」

そう言うと、マリアンヌ伯爵夫人は立ち上がる。

「夜も更けてまいりました。明日の支度もありますので、私は外します。皆さま、ごきげんよう」

怪訝そうにエメラルド辺境伯がマリアンヌ夫人を見る。

「明日の準備?」

「この屋敷のありったけの魔絹や上布、綿布を渡して、この色で染めてもらいますわ」

皆を見回し、にこやかに笑いかけるとマリアンヌ伯爵夫人は部屋を出ていく。

「な、なるほどのう」

あっけにとられながらエメラルド辺境伯は軽い足取りで執務室から出ていくマリアンヌ夫人を見送る。


今まで黙っていた隠密頭が口を開く。

「3か月ほど前に、閣下に報告した資料の中に青狼旅団からの報告がありました。アレンナ商会経由で商隊襲撃の調査をザーレ冒険者ギルドに依頼した件、その調査報告です」


家宰コリンはすぐに壁際の棚に向かい、3か月前の書類の中から目的の書類を見つけ出す。

隠密頭は、家宰コリンを見ながら話を続ける

「依頼だけでなく、当然、我が配下の者も調査に向かわせております。配下から報告を受けた際、青狼旅団は非常に協力的であり、情報の共有など、非常に友好的であったと報告がありました」


家宰コリンから資料を受け取ったエメラルド辺境伯は、青狼旅団からの報告書を読んでいる。隠密頭は感情を見せず続ける。

「報告書について、当時は甘い報告と思っていましたが、閣下寄りの立場であると考えると、意図があるかもしれません」


エメラルド辺境伯は報告書を読み込んでいく。

『領境の街フリミアに五輪花騎士団の一つ、マルベール騎士団が常駐していたが、事件2日前の7月5日に領都ポンドレイドに向け帰還、代わりにゲルベル騎士団が派遣されたとされるが、連絡不足により、フリミア周辺の警らに空白期間が発生、その隙をついて盗賊団が動いたと結論。

情報が漏れた事実が無いか、ザーレ冒険者ギルド経由で五輪花騎士団マルベール騎士団に確認、情報漏れはないとの回答、なおマルベール騎士団は記録上、領都ポンドレイドにフリミア出発後、5日後の7月10日に帰還している。

街道の大森林側を厳重調査、痕跡を確認するが、件の盗賊団の発見には至らず。』


エメラルド辺境伯の翡翠色の眼が、隠密頭を見つめる。

隠密頭は感情を面に現わすことなく淡々と続ける。

「我が配下の調査に置いて、マルベール騎士団の目撃証言の情報ですが、レイセアで7月9日に目撃されたとの証言がありました。レイセアからポンドレイドには4日はかかります」

エメラルド辺境伯はあご髭をしごきながら、報告に目を落とす。

「盗賊団やならず者ではなく、ポンダルトの騎士団が手を汚したと?我が配下と荷、商人、護衛たちを襲ったのはポンダルトというのか」

つぶやきに怒気が混じる。

「青狼旅団の報告書は、そのように示唆しているものと取れます。先ほど配下を動かしましたが、すでに時間がたちすぎており、隠ぺい工作も完璧と思われます。この報告があった時点で動いていれば証拠がつかめたかもしれませぬ。我が不徳の致すところ、申し訳ございません」

隠密頭は頭を下げる。


エメラルド辺境伯は怒りを飲み込み、隠密頭を見る。

「青狼旅団、どう思う?」

「その後の盗賊団の討伐なども請け負っておりました。手柄のほとんどは警備隊や伯爵手下の騎士団などに譲っていたようですが確認済みです。傭兵団は団長ギダンの籍があるポンダルト伯爵領で設立されていますが、冒険者ギルドである青狼ギルドを含む生産ギルド類は王都で設立されています。これは伯爵の影響力を避けるためと考えるのが妥当かと」

隠密頭は一息入れてから続ける。

「奥様のおっしゃる通り、罠ではなく、閣下の庇護を求めている可能性が高いと考えます。罠の可能性も捨てきれませんが、青狼旅団の団員は、ほぼ獣人など亜人が占めており、ポンダルト伯爵領下では強い迫害を受けております」


エメラルド辺境伯はうなずくと皆を見回し、宣言する。

「明日の青狼旅団の使い、儂が合おう」


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