独眼竜な彼女 ~とりあえずその刀を仕舞おうな、な!?~
クリスマスがやって来た。今年は仲間内で盛大にやる予定であったが、友達に『参加するぜ!』と可愛いスタンプのSNSを送った瞬間に、突如首筋に冷たい感触を味わった……。
「貴殿……今年のくりすますは……暇か!?」
冷たい感触が鋭く押し付けられ、それがあからさまに刃物であると理解せざるを得ない程に、鈍い光を放っては血を吸いたそうな波紋がギラギラと此方を向いていた。
「分かった! 分かったから、その物騒な刀を仕舞おうな、な!?」
俺が両手を挙げると、刀がスッと首筋から離れ、そして俺にようやく生きた心地が戻ってきた。
「だから刀を突き付けられちゃビビって話も出来ねぇってばよ、すみれ!」
「うむ」
小さく頷き刀をシュッと払う女子。幼馴染みの【伊達すみれ】は、かの有名な独眼竜の子孫らしく、ご多分に漏れず眼帯をして刀を背負っている。勿論クラスではかなり浮いており、仲の良い友達も居ない。俺はすみれと幼馴染みなだけで幼少より仕方なく接してはいるが、出来ることなら普通の青春を送りたい。
チン、と刀を納めると、山田の机が真っ二つに倒れた。俺は「ハハハ……」と失笑し、そして外を一目見た。逃げたい……!!
「くりすます……暇か?」
俺は「お、おう……」と嘘をついた。嘘一つで生き延びられるならお安いものだ。
「そうか! そうかそうか!!」
すみれが嬉しそうに笑った。
──チャッ!
「ならば我とくりすます致せ!!」
素早い抜刀から首筋まで一秒と掛からなかった。俺は涙目に「はい、はいぃぃ!」と返事を返すのが精一杯だった。
──チン
「では当日、昼の一時にな……」
山田の椅子が真っ二つに倒れた…………。
クリスマス前日。俺は極めて普通な素振りで学問に励んだ。
「思えば短い寿命だったな…………」
遺書を認め机の上に置いておいた。これでもう死んでも大丈夫だ。パソコンのエロティックも消したし、一切の不手際も無い。
──チャッ!
「貴殿……」
お馴染みの冷たい感触が首筋に伝わる。替えのパンツは持っていないので、出来ることなら穏便に頼みたい所だが、彼女にそれは通用しないようだ!
「な、なんだすみれ……!!」
「貴殿に聞きたい事がある……」
すみれはまるで人を五人程殺したことがある目付きで、俺をギロッと睨み付けた。ヤバい……何故かご機嫌斜めってやつだぞ!!
「な、なんでございましょうか……!?」
生きるか死ぬかは全てこの舌に懸かっている。俺は慎重に言葉を選らばざるを得ない……!!
「サンタは……好きか!!」
「──!?」
謎の質問に喉が詰まりそうになったが、俺の口が思考より速く「はい」と答えやがった。
「そうか! そうかそうか!!」
すみれが嬉しそうに笑った。俺は「ハハハ……」て失笑するしかなかった。
──チャッ
「ケーキは何が好きだぁ!!」
「ひうっ!!」
首筋に強い力が込められた。少しでも引けば俺の首からは鮮血が飛び散るだろう……止めて。
「ふ、ふふ普通の! 普通のが好きです……好きですぅ……!!」
「うむ、あいわかった」
──チン
納得したすみれが教室を去って行った。山田の鞄が真っ二つに割れ、中から真っ二つに割れたお弁当が落ちた。
クリスマス当日、俺はすみれの家へと向かった。
「あんなだけど、何故か家はアパートなんだよな……」
恐らく家賃3万円の安アパートのチャイムを押し、俺は暫し沈黙を楽しんだ。
──ドタバタバタ!!
──ガチャ!!
「よくぞ参られた!! 歓迎する!!」
俺は息を切らして扉を開けたすみれに、少しだけ私生活を垣間見れて微笑んでしまった。
──チャッ!
「何がおかしい……!!」
「い、いえ……」
俺は手を挙げて降伏の印を送った。
──チン
「入るがよい」
「あ、ああ……」
多分今頃山田のベッドでも真っ二つになっているんじゃないか?
すみれの家の中は意外なほどに普通で、俺は既に料理が並べられたすみれの部屋へと案内された。すみれの部屋へ入ったのは幼少以来だ……。
「あまり見るなよ……!!」
休日と言えども容赦なく首筋には冷たい感触が押し付けられ、俺は替えのパンツを三つしか持ってこなかった事を後悔した。
「飲み物を持ってくる……待たれよ!!」
部屋の扉が閉められると、それまで扉の裏に隠れていた槍が露わになった。
「何故槍が……!?」
すると天井からミシミシと妙な、まるでネズミでも居るかのような物音が聞こえてきたのだ。
「お待たせした……!!」
扉が開くと、そこには肩を出したサンタの服を着たすみれがジュースを抱えていた。
「──なっ!?」
「見るな……!! やっぱり見ろ……!!」
首筋に刀を押し付けられるが、それは直ぐに引っ込められた。
決してスタイルが良いとは言えないサンタコスであったが、普段制服で刀を振り回すしか見たことの無い幼馴染みのギャップに、俺の独眼竜が唸りを上げる。
「飲め……!!」
返す刀でペットボトルの蓋が吹き飛ばすすみれ。いちいち普通に出来んのかいな……。
「食い散らかせ……!!」
「お、おぅ!?」
俺は促されるままにチキンを手にした。一口囓るととんでもない味がしたが、口からケツまでもが裂けても「不味い」とは言えないだろう。
「美味か……!!」
刀が押し付けられたが、少しばかりその手は震えていた。頼むから震えながら刀を押し付けるのは止めてくれ……!!
「う、美味い……!! 美味い!!」
俺は自分に言い聞かせるように答えた。するとすみれは大輪の向日葵のような笑顔で、俺の答えを喜んだ。
「そうかそうか!! どんどこどんと食え!!」
──チン
刀を納めジュースを注いでくれるすみれは、とても可愛らしく見えた。今頃山田の部屋は真っ二つに割れて無くなっているだろう……。
「ぷ、ぷれぜんと……だ!!」
すみれが部屋の隅から包みを取り出した。
「開けれ……!!」
少し恥ずかしそうに、はにかむすみれ。俺はそれまで人生で味わった事の無い高揚感を感じていた。
中を開けると、一本の万年筆が出て来た。
「オマエ 万年筆 スキソウ……!!」
俯きながら話すすみれに、俺は素直に「ありがとう」と言った。
──チャッ!
「礼には及ばぬ……!!」
分かった、分かったから、さっきより震える手つきで刀を押しつけるな……!!
俺は万年筆を仕舞い、今度は俺が持ってきた包みをすみれに差し出した。
「ぷれぜんと……か!!」
「まあ、一応……」
少し恥ずかしくて鼻を指で擦った。すみれが嬉しそうに中を開けた。
「あ……まふらー……」
少しお洒落な店で買った長めのマフラー。選ぶのに二時間かけた事は内緒である。
「嬉しい……!!」
──チン
刀を納め、マフラーを巻くすみれ。サンタコスで出していた肩がマフラーで覆われてゆく。今頃山田の家は真っ二つだろう。
「暖かい……!!」
すみれは嬉しそうに口元をマフラーで隠し、俺を見つめた。
「うーむ。やっぱり似合ってるな!」
──ボフッ!
すみれの顔から火が出る音がした。
「なっ──!!」
すみれが恥ずかしさのあまり背中の刀に手を掛けた!
「──むっ!?」
しかしマフラーが引っ掛かり、刀が抜けなかった。
「隙あり」
俺はそっとすみれの顔に手を当て、一つ不意打ちを食らわした。
「……!?!?!?!?」
すみれの顔からマグマが湧き出しそうな程に、顔が朱くなる。
──ガタガタ!!
天井から謎の物音が鳴る。すみれは部屋の隅にあった槍を手に持つと、シュッと天井に向かって投げた。
「グエッ!!」
天井に槍が突き刺さると、短い悲鳴が聞こえ、そして静かになった。
「い、今のは……何?」
「過保護なネズミを始末した……それだけだ!!」
刀を抜こうとするがマフラーに引っ掛かって抜けない。
「じゃあ……遠慮なく?」
「…………そういう事だ!!」
俺はすみれをベッドへと引き寄せ、思い切り抱き締めた。






