嘘
コウタは体を激しく壁に打ちつけた。削られて行く体力と増えていくダメージ。
肩で息をしながら、ゆっくりと起き上がる。
心は折れるな。
瞳に力を宿し、せせら笑うミランダを睨む。
何度もスキルを使い飛び込んだ。その度に簡単に裏をかかれる。
考えろ。熱くなり過ぎるな。
「何度やっても同じよ」
ミランダの蔑む視線と交わる。コウタは目に入った血を拭い、心は怒りで染まって行く。
なかなかにしつこい。
デニスの無駄のない剣とルクのしなやかな剣が何度となく切り結ぶ。
デニスの真っ直ぐな瞳は、ルクを捉え離さない。デニスの切っ先が一瞬の隙を作ると、ルクはそれを見逃さなかった。真っ直ぐなデニスの刃にしなやかな太刀筋が絡まっていく。
「⋯⋯青い」
デニスは淡々とその隙が誘いである事を告げ、真っ直ぐな切っ先はしなやかな太刀筋を簡単に弾き飛ばし、ルクの肩を抉った。顔を歪め睨むルクにデニスは冷ややかな瞳を向ける。
悪くはないのですが、敵ですからね。味方として出会えていたら⋯⋯そう思うと少々残念ですな。
まるで弟子に稽古をつける師。
圧倒的な技術の差に傷だらけになっているルクの表情から余裕は消え、焦りは手に取るように伝わった。焦り、迷うルクの剣は最早デニスの敵ではない。ゆったりと構えるデニスが最後の通告を向ける。
「もう終わりでいいのでは? 無駄死にする必要はありませんよ」
淡々と語るデニスの言葉は届かなかった。ルクは自らのしなやかな剣を捨て、大上段から大きな一撃をデニスに向ける。
「⋯⋯愚か」
神速の刃が無駄のない動きでルクの首を刎ねた。
血糊のついた刃を一振りし、血を払うとゆっくりとコウタの隣に並び、ミランダと対峙する。
転がるルクの首に言葉を失うミランダ。目を剥き、デニスに怒りの業火を向けた。
「許さない⋯⋯」
ミランダの囁きと共に襲う激しい斬撃。止まらない怒りの刃にデニスの表情も厳しくなり、受ける事さえままならない。ミランダの怒りを伴う切っ先が、デニスの体に傷を作っていく。
「【加速】」
「【流風探知】」
コウタが隙をつき詠う。ミランダもすぐに反応を見せる。
コウタはフェイントを掛け、一度後退を見せ突っ込んで行くが結果は同じ。いるべきはずのミランダは視界から消え、真横から鋭い突きを見せる。
「ごはぁっ⋯⋯」
呻きを上げたのはデニス。コウタとミランダの間に体をこじ入れ、ミランダの突きを体を呈して受け止めた。ミランダが苛立ちから頬を引きつらせ、デニスは顔をしかめながらもその隙を狙う。
デニスの一振りがミランダの腹部を襲った。
浅い。
ミランダはすぐに後ろへ跳ね、致命傷を逃れる。
デニスはコウタの襟首を掴み、後ろへと跳ねた。
ミランダは出血を見せる腹部に触れ、デニスを睨む。デニスもまた穴の開いてしまった腹部を押さえ、呼吸を無理矢理に整える。
「このジジイ⋯⋯」
デニスはミランダの睨みに首を傾げて見せると、ミランダの熱は更に加熱していった。
「コウタ様。スキルの使用はお控えください。何かありますぞ。押してダメな時は引いてみるのも手です」
「⋯⋯うん。分かった」
囁き合うふたりの姿に、ミランダが詠う。
「【風斬】」
ミランダの剣が淡い緑光を見せ、振り抜く度に風の刃がふたりを襲う。ふたりは痛む体を押し、左右へ飛んだ。部屋を飾る調度品が弾け飛び、壁が大きく抉れていく。
ミランダの放つ風の斬撃は止まらない。ふたりは痛みに耐えながら床を無様に転がった。
床に散乱する調度品の欠片に破損した家具の一部が、まるで嵐にでも襲われたかのように床に転がる。ふたりも破片の散乱する床を必死に転がり、この狂気の嵐が止むのを必死に耐えていく。
破片は突き刺さり、掠める風が皮膚を破る。
唐突に怒りに任せた嵐が止んだ。肩で息をするミランダの姿が映る。その姿にデニスは目を細めた。
「コウタ様。スキルというのは、相当に体力を削るものですか?」
「ものによるけど⋯⋯ああ、なるほどね」
コウタの一瞬の逡巡。
初めからこの強力なスキルを使っていれば、もっと早く終わっていたはず。
なのに、ルクがいる状態では使わなかった。
使いたくとも使えない理由。
威力があり過ぎて巻き込んでしまう。体力が大きく削られ連発は出来ない。
そんな感じかな。
「ハハ」
コウタの口端が醜くせり上がり、ドロっとした感情で心が埋め尽くされて行く。
「【加速】」
肩で息をするミランダも口元に歪んだ笑みを浮かべる。
何度やっても同じだ。
激しく動く風の流れが、お前の動きを私に告げる。
「【流風探知】」
?!
風が動かない?
一瞬の困惑。硬直する思考。一瞬のミランダの混乱。
眼前に迫るコウタの姿に目を剥く。スキルのオーラを纏っていない⋯⋯。詠唱は嘘!
振り抜くコウタの刃がミランダの頭上を襲う。
終わりだ。
コウタの渾身の一撃。
ミランダは頭を引き、両手で握る剣で振り下ろされる刃を、力の限りかち上げる。弾かれた刃にコウタは醜悪な笑みを浮かべた。
なぜ笑う? ミランダの更なる混乱。
ドス。
刹那、ミランダのガラ空きの体を貫くデニス刃。一瞬の混乱と困惑をデニスが見逃すはずはなかった。
ミランダの視線が突き刺さる刃を見つめ、物憂げに口を開きかけ固まる。
根元まで深々と突き刺さるデニスの刃は、ミランダの心臓を狂いなく貫いていた。
突き刺した姿で、デニスはしばし固まる。
「もう大丈夫。死んだよ」
コウタの声に、デニスはゆっくりと抜いて行く。ズルっと抜けた剣を一振りし、ミランダの血を振り飛ばした。
「お疲れ様でございました」
「⋯⋯うん。お疲れ様」
全く晴れない心にコウタの表情は、優れない。キリエの仇は取った、なのに微塵も晴れない。転がるふたつの躯を見つめても、心は重く凪いだまま。
「さすがに老体にこれは堪えますな」
デニスは穴の開いた腹へ、自身でグルグルと布を巻いていた。
コウタはその姿に慌てて手を差し伸べる。
「ごめん。ボーっとしちゃった。やるよ、貸して」
「それでは、お言葉に甘えます」
「うん。まかせて」
「コウタ様⋯⋯こんなものです。いくら考えようと、晴れないものは晴れない。これで晴れる人間は、心のどこかに欠陥があるのだと、私はそう思います」
デニスは止血をして貰いながら、宙を見つめた。
「こんなものか⋯⋯。そっか。付き合わせてごめんね」
「いえいえ。お安い御用ですよ」
デニスがコウタに微笑みを向けると、コウタは苦笑を返す。
コウタは憂鬱を吐き出したくて、大きく息を吐いた。
雨の止まぬ街道に、ぬかるみを踏むいくつもの足音が雨音に混じる。
ぬかるんだ土の音が、侵攻を遅らせる微々たる要因にはなったのかも知れない。
雨に打たれる事を微塵も気にせず、街道の真ん中に立つ女の姿。
外套に打ち付ける雨をものともせず、迫る行軍を睨んでいた。
前線の兵士が女の姿にざわつき始めると、部隊長が単眼鏡で前を覗く。単眼鏡から目を外し、獣人のひとりに手渡した。
「お前が見て報告しろ」
「はっ!」
狼人が目を凝らす。暗闇の中、必死に前を覗いた。
少しつり上がった大きな目。その冷ややかに見つめる瞳に見覚えがあった。
「マイン・リカラーズ⋯⋯」
「なぜ? こんな所にお尋ね者がいる? 見間違えではないのか?」
狼人の呟きに部隊長は怪訝な表情を見せる。
まさか。
見間違いにせよ、なぜこんな時間、こんな天気に街道に女がひとりでいるのか⋯⋯。怪しい事には間違いないが、恐れる事はない。
王の言葉では、アン、マインのふたりは消え、クランスブルグの勇者は全てラムザに向かうよう仕向けたと言っていた。それを返り討ちにする事で形勢を安泰させ、ラムザの地位をより盤石なものにし、この世界に君臨すると⋯⋯。
「《イグニション》」
女の持つ剣が炎を纏う。剣を横へ一振りすると炎の線がぬかるんだ地面に引かれた。雨をものともせず一直線に燃える炎。その様とその姿に兵士達は確信する。
勇者はここにいる。
部隊長は炎の線へと歩み寄り、マインの顔を確認した。目を剥き、後ろへと飛んで帰って行く。
「お尋ね者だ! 首を獲れ! 首を獲った者には報奨金だ!」
叫ぶ部隊長を睨みつけ、マイン・リカラーズも叫んだ。
「その線を越えるな! 越えた者は斬る! クランスブルグへの侵攻など断じて許さない! 妄言に踊らされる愚か者は斬る! 理に反する行いを恥と知れ!」
「戯言に聞く耳を持つな! いくら勇者といえども、相手はたったひとり! この人数で押し切れば、おそるるに足らず! 怯むな!」
業火の線の向こうでマインは切っ先を兵士達に向ける。
部隊長の檄に兵士の熱が少しばかり上がっていた。業火を挟み、マインと兵士達が互いに引かず、睨み合う。




