赤髭
外の爆砕音に紛れ足早に駆け抜ける足音が聞こえると、カルガはダルに止まれと手で合図した。柱の影へと身を隠し足音をやり過ごす。
「派手にやっているな」
「ああ、こっちの言った通りにやっている。こっちも気を抜かずに行くぞ」
「へいへい」
ダルのやる気の無い返事を一瞥して先を急いだ。
「曲者⋯⋯」
兵士が叫ぶ前にダルが喉笛を掻き斬る。物言わぬ兵士を誰もいない部屋へと放り込んでいく。
モモの誘導に相当数割いているようだ。中の守りは思った以上に手薄になっている。
「余裕じゃん」
「バカ、そう言う事を言うんじゃあねえ。厄介事のフラグが立つじゃねえか」
「あ! それは言える」
「少し黙っていろ」
ダルの軽口に顔をしかめながら、カルガは先を急いだ。兵士の気配は一層薄くなる。誰もいなくなる事はありえない。イヤな感じだ。
カルガは表情引き締め、足の運びはより慎重さを増して行く。
くぐもった爆砕音は当初より、だいぶ遠くなった。それだけ奥に進んだという事だ。
カツカツと廊下に響くふたりの足音。人の気配は消えた。
子供達はどこにいる。もう逃がした? 人が出入りした気配は無かったし、その時間も与えていないはず。
どこかに隠し通路がある? ここに来るまでそれらしき物も無かった。きっとまだこの中にいる。
ダルがカルガの肩を軽く叩き、通路の先を指した。松明の揺れる影が見える。
ふたりは視線を交わすと揺れる影の方へと急ぐ。
突き当りの右方から漏れる光。ダルはそっと角から光の方を覗いた。
「どうだ?」
カルガの囁きにダルは大仰に目を剥いて見せる。眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠さないカルガにダルは眦を掻いた。
「ヤバそうなヤツがふたり、扉の前で槍を抱えている。デカイ狼人だ」
普段からおちゃらけてはいるものの、洞察力や判断に関して言えば一級品。そのダルがヤバイと感じるという事は、間違いなく扉の前に立つ狼人のふたりは厄介な存在だという事だ。
そして⋯⋯。
「ビンゴだな」
カルガはそう言って、頭を低くし、狼人を確認した。
兵士達は暴れるタウロスから逃れ、モモ達が身を潜める森へと急ぐ。逃げるのは簡単だが、遠くへと逃げてしまうと、召喚獣も壁から遠ざかってしまう。金色の矢を降らすサジタリウスにも兵士が迫る。タウロスの斧がサジタリウスを狙う刃を弾き飛ばして行く。
ドワーフが先導する森狩りが始まる。召喚士を求め何人もの兵士が森に飛び込む。邪魔な草葉を剣で薙ぎ払い、召喚士の影を求めた。
敵の動きを観察し、リーファは逆に逆にと円を描くよう静かに移動を繰り返す。
「おい、一瞬待て。すぐに貼る」
「大丈夫か?」
リーファの心配をよそにアスクタは手早く地面に【魔法陣】を描く。足音が迫り、リーファの顔に緊張が浮んでいく。
「おい、まだか」
アスクタが急かすリーファに向かってひとつ頷くと、三人はまた静かに移動する。
(ぎゃあああ)
遠目に火柱が上がり、叫び声が聞こえた。兵士が【魔法陣】を踏み、吹き飛んだに違いない。これで警戒が上がり、足が鈍るはずだ。リーファは大木の影から、前方を覗く。腰の引いた兵士の姿を覗き見て、心の中で頷く。
良し。
このまま、上手く逃げおおせば⋯⋯。
「なぁーにをしとる! まぐれ当たりにビビるな! 【魔法陣】などそうそう踏まんわ! ピリっとせんか!」
ドワーフはそう言って草葉を刈る手を強めていった。ドワーフのたった一言で兵士達の集中が戻ってしまい、召喚士を求める圧が上がってしまう。
これにはリーファが盛大に顔をしかめた。
あいつ何者?
どこかのパーティーに所属しているヤツか。ドワーフはそう多くない、思い出せ。
リーファは単眼鏡でドワーフを覗く、至って一般的なドワーフの姿を見せている。がっちりとしたドワーフらしいずんぐりとしたフォルムに、短い手足。重装備を装着し、戦斧を構える。蓄えている髭はドワーフとしては珍しい赤い色を見せていた。
赤毛⋯⋯。
どこかのパーティーに赤毛のドワーフがいたはず。どこだっけ??
眉間に皺を寄せ、リーファは唸る。その姿を心配そうにモモとアスクタは眺めていた。
あ! 思い出した。
幽閉されているグスタのパーティーに赤毛のドワーフがいるって聞いた事がある。名前までは無理だな。グスタのパーティーが事実上の解散になってここの護衛に回されたって所ね。
「リーファ、大丈夫か?」
アスクタが心配そうに覗き込む。リーファは肩をすくめて見せるとモモの方を見た。
「モモ、グスタの所に赤毛のドワーフがいたでしょう? それってアイツじゃない?」
リーファはドワーフを指して見せるとモモは渋い顔を見せる。
「ごめんなさいね。パーティーと行動する事が無かったから分からないわ。でも、赤毛の子がいたのは知っている。聞いた事あるわ、彼がそうだって事ね」
モモも赤髭のドワーフを見つめ頷いた。
「それってヤバイって事か?」
「う~ん⋯⋯面倒くさい? 一筋縄ではいかないかなぁ」
「どうするの?」
リーファは逡巡する。こうなると、このまま逃げ回っても捕まるのは時間の問題かも知れない。戦力を整理すると、壁を攻撃するサジタリウス、そのサジタリウスを守るタウロス。
あたしが一人で動いても釣れる可能性は低い。おとりだという事はすぐにバレるに決まっている。
「アスクタ、あんたは召喚獣から少しだけ離れた所で、【魔法陣】をいくつか貼っておいて。あたしがあのドワーフを何とかする。んで、タウロスにサジタリウスとモモを守って貰う。モモ、やばくなったらアスクタの元に走り込んで、起爆の仕方はアスクタにまかすから、うまい事やって」
「分かった」
アスクタが駆け出すのを確認して、リーファとモモは召喚獣の方へと駆け出した。
「いたぞーー!!」
疾走するふたりの姿はすぐに見つかる。サジタリウスを囲む数人の兵士をリーファが薙ぎ払うとモモは滑り込むようにサジタリウスに並んだ。
『ブモォォォオオオオオオ』
タウロスの咆哮に囲む兵士が一瞬たじろくと、リーファのナイフが的確に喉笛を捉えていった。そこにゆったりと戦斧を構える赤髭のドワーフが加わる。囲まれているふたりを怪訝な顔で見つめていた。
「わざわざ、囲まれに来るなど変なヤツじゃのう」
「ドワーフに変人呼ばわりされる筋合いはないわね」
「うん? お前さんの隣はドワーフじゃろ? うん?? ヌシが召喚士ではないとするとそっちのドワーフ?? ううん?? なんじゃ? あれ? 勇者か? どういう事じゃ?? ううううんん?? ヌシは狼の所にいなかったか? 何がどうなっておる?? ⋯⋯まぁ、やる事は同じか」
「さすが、脳筋パーティーにいただけの事はあるわね。考えるより動けってね。それ分かるわ」
飛びこんで来た戦斧をナイフで滑らすと、リーファは的確に重装備の隙間に素早い突きを見せる。赤髭は戦斧を盾代わりに、素早い突きを受け止めた。リーファは顔をしかめ後ろへと跳ね、仕切り直す。ゆったりと構える赤髭に隙は無く、むやみに飛び込めない。
リーファは逆手に握っていたナイフを順手に握り直し、一気に距離を詰めた。鈍重な斧が軽やかに振り下ろされる。リーファはくるりと身を翻し、落下地点を外すと回転の勢いのまま赤髭のこめかみへナイフを振り抜く。赤髭は反射的に頭を引くと、頬に風を感じた。リーファの刃は辛うじて赤い髭を掠っただけ。
赤髭が戦斧を構えようとした刹那、リーファは勢いを止めない。回し蹴りが赤髭のこめかみを鈍い音を鳴らし打ち抜く。
「ぐはっ」
兜の上からでもお構いなしの重い一撃によろめいた。
休ませないよ!
リーファは間髪入れずに二の矢を振っていく。鋭い突きが赤髭の眼前へと迫る。
「ええ加減にせぇ!」
赤髭の太い腕が、リーファのしなやかな腕を払った。
「しぶといおっさんね」
「ちょこまかと鬱陶しいヤツめ」
再び睨み合う。
リーファは横目で、モモの様子を伺った。タウロスが向かって来る刃を、ことごとく跳ね返していた。
良し。
リーファはすぐに視線を戻す。
一瞬の隙。
眼前に迫る鈍重な刃。リーファは目を剥く。生まれた一瞬の隙を赤髭は見逃さない、それは本能的に戦斧を振り下ろしていた。
ヤバッ!
体を反り、脳天を狙う刃から逃れる。重い切っ先は自身の重さも加わり、瞬速の振り下ろしを見せた。
「がはっ!」
脳天を外したものの重い切っ先が、胸から脇腹にかけて大きな傷を作り血が噴き出す。
一瞬の隙を作ってしまった、悔いた所で取り返せるわけではない。リーファは地面を転がり距離を置いた。
「しぶといのう」
赤髭は呆れ顔で、リーファを見つめる。ダラダラと流れ落ちる血を拭う事なくリーファは構えた。睨む先にいる赤髭は兜を直し、またゆったりと構える。
リーファは前を睨んだまま、大きく息を吐きだした。




