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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
慟哭

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 風?

 僕達は屋根の上からやきもきしながら、ミヒャとユランを覗いていた。

 唐突に風が頬を撫でた気がして、僕は顔を上げる。音も無く屋根の先端に立つ、黒ずくめのエルフとそれに付き従う者達。

 僕の皮膚が泡立つ。

 この人達はマズイ。


「アベール!」


 余裕の無い僕の叫びにアベールはすぐに反応を見せた。僕はアベールの腕を掴み、屋根を滑り下りる。


「見ーつけた! なになに、追いかけっこ? アハハ! どこまで逃げられるのかしら」


 この人を見下す感じ。ラムザの勇者か?

 着地の衝撃に顔をしかめても、足は止めない。


「アーウィン! あそこの赤い屋根の家に飛び込め!」


 アベールに言われるがまま、扉を蹴り破った。アベールは部屋へ飛び込むと魔筆樹(マジカワンド)を取り出し、床に素早い手つきで、【魔法陣】を描いていく。


「アベール! 来るよ!」

「もうちょい⋯⋯」


 気配が近づく。

 必死に描くアベールと入口を僕は落ち着きなく見やる。


「よし」


 アベールの声と共に入口の前で足音は止んだ。開け放たれた扉の向こうに、エルフと黒ずくめの従者達がこちらを睨んでいる。

 僕はアベールの腕を引き、部屋の奥へと急いで行った。


「さて、どうしましょう。どうせ、何かしら罠が張ってあるのでしょう? 火はダメ、きっと氷もダメね。魔法全般、相性が悪そうよね。ふたりが飛び込んだって事は、踏んでも大丈夫なタイプかしら? ルクどう思う?」

「こちらで様子を見てはいかがですか?」


 猫人(キャットピープル)が背中に携えていた弓をエルフに手渡すと、満足気な笑みを見せすぐに構える。

 ヒュン。

 音が聞こえた時にはすでに矢は壁に突き刺さっていた。僕の腕からはチリっと痛みが走り、血の気が引いていく。

 どういう事? 

 !! 

 アベールは!

 茫然とするアベール。僕はアベールの頭を抱え、必死に奥へと飛び込んだ。大きな食器棚の裏へと体を投げ入れ、棚を背にして身を隠す。

 ヤツらは【魔法陣】を警戒して、家の中へ飛び込もうとはしない。

 ただ、瞬速の矢が息つく暇なく襲いかかり、大きな破裂音と共に壁や家財道具を吹き飛ばす。絶望がヒタっとにじり寄り、頬をイヤな汗が伝っていく。

 鳴り止まない風切り音と破裂音。食器棚から砕けた陶器がパラパラと降り注ぎ、生きた心地がしなかった。打開策を考える余裕などなく、庇うようにアベールの頭を抱え、降り注ぐ陶器と破裂音に怯える事しか出来ない。

 矢の嵐が突然止まった。僕は早鐘のような心臓を抑えつけ、前方をゆっくりと覗く。

 眼前を風が吹き抜ける。ヒュンと音が聞こえた時には奥の壁で矢が揺れていた。


「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」


 動悸が治まらない。激しく脈打つ血が全身を駆け巡るが、頭からはさらに血の気が引いていく。

 危なく左目も失う所だった。恐怖が襲い、再び前を覗くのを躊躇してしまう。


「やっぱりダメね。弓はあまり得意じゃないのよ」

「ミランダ、オレが行く。キキの恨みもあるしな」


 一瞬、躊躇を見せるミランダだったが、すぐに頷いて見せる。


「モルバン、まかすわ。気を付けてね」


 モルバンは剣を握り締め、ゆっくりと家の中へ足を踏み入れた。視線は足元を睨み、足を滑らすようにゆっくり、ゆっくりと慎重に進めて行く。

 静まりかえる室内からモルバンの緊張が伝わる。その様子を見ていたルクが、おもむろに剣を構え、モルバンのあとに続いた。

 モルバンの浅い息づかいが、ルクの耳朶を掠める。緊張の度合いは、進めば進むほど否が応にも上がって行った。

 緊張と切望。ミランダも厳しい眼差しを静かに前方へ向ける。付き従う者達も同じように緊張の眼差しで見守っていった。


「うん?!」


 モルバンの足元から緑光が上がる。緑の淡い光に包まれるモルバンの顔は引きつり、覚悟を決める。見守る者達も盛大に顔をしかめたが、モルバンに小さな風が足元から吹き上がっただけだった。

 首を傾げるモルバンは緑光の消えた足元へ視線を落とす。


「何ともな⋯⋯」

「モルバン!!!」


 刹那、天井から吹き下ろす風の刃。ルクが叫びと共にモルバンの体を引き寄せた。

 目を剥き、硬直するモルバンの体。


「がああぁっ!」


 モルバンの膝から下が地面に転がり、引きずられたモルバンの血が二本の赤い線を描く。両足を失い顔面蒼白、その姿にミランダは激しい怒りを纏った。


「ケルウス! モルバンをお願い!」


 エルフが駆け寄り、モルバンを抱え治療の為にこの場をあとにする。

 罠があると分かっていても、黙って見ている訳にはいかない。

 怒りと恨みが積み重なり、黒目がちな瞳が鋭さを増していく。


 バタン!


 扉を閉める激しい音が、奥から聞こえた。

 ミランダは目を剥き、吼える。


「ヤツらは裏手から逃げた! 追うぞ! 裏に回れ! 逃がすな! ウチの子を痛ぶっておいて、タダで済むと思うなよ⋯⋯」


 地の底から絞り出す声色が、怨念の深さを色濃く見せた。



「どうだ?」

「一応釣れたみたい」


 一か八か。転がる足を確認すると、アーウィンは裏口へと駆け出した。わざとらしく大きな音を扉から鳴らし、逃走を偽装する。

 通常であれば引っ掛かるはずもない子供騙しだが、激高し、正常な判断が鈍っている今にふたりは賭けた。プライドが高ければ高いほど、賭ける価値は高まるはずと。

 僕は棚からそっと入口を覗く、床に転がる二本の足が生々しい。入口から漂っていた圧は消え、クリアーになったように感じた。僕達は姿勢を低くして、ゆっくりと入口を目指す。

 安堵とまでは言わないが、大きな波をやり過ごした。あとは注意を払って、どこかに身を隠せれば⋯⋯。

 ゆっくりと入口から顔を出し、右、左と⋯⋯。


「ほらね。やっぱりそうじゃない。もっと頭使わないとさ」


 女が溜め息まじりに壁にもたれていた。髪はショート、利発な口調とは裏腹にすっきりとした目元が冷たい美しさを醸し出す。溜め息まじりに放つ言葉が、アーウィンの体を硬直させた。


「に、逃げて! 早く! 何しているの早く!」


 僕はそれだけ言うのが精一杯。僕の怒号にアベールも、仕方なく走り始める。女は追う気配さえ見せない。

 目的は僕か? 

 女の手が僕の頭をギリギリと掴み、自身の眼前へと持ち上げた。細い腕なのになんでこんなに力があるの? ギリギリと締め付けられる頭に顔をしかめる。

 値踏みするようにジロジロと僕の顔を見つめる。何かを納得出来ないのか、顎に手をやり、首を傾げた。


「本物?? 何か⋯⋯こう⋯⋯オーラのないヤツね」


 そう言って、道端に投げ捨てられた。道端に転がる僕を女はすかさず蹴り上げる。


「かはっ!」

「そらっ! そらっ! そらっああ!」


 体がくの字に曲がり吹き飛んだ。激しい痛みと共に、胃の中の物がせり上がる。

 立ちあがる隙もなく、蹴りが何度となく襲う。腹や顔へ容赦のない蹴りが襲い、意識は朦朧として来た。

 口から流れる血反吐が、土埃を拾い顔を汚す。腫れた目が視界を塞ぎ、意識の混濁と共に世界に膜を張って行った。

 膝から下に力が入らず、うまく立ち上がれない。何とかしなきゃ、ダメだ。

 でも、どうする? 抗う力は削り取れた。意識を繋ぎ留めるので精一杯。

 向こうの仲間が合流しても終わる。

 起きろ! 抗え!

 僕は地面を転がり、必死に逃げる。


「アハ。それで逃げているつもり。そらっ!」

「ぐぁっつつ!!」


 女の足が背中を思い切り踏みつけた。叫びに鳴らない嗚咽が漏れる。激しい痛みが駆け巡りうずくまった。


「しぶといね。諦めなよ。私が殺しちゃうとさ、怒られるのよ。手加減するのも難しいんだから大人しく伸びてなさい」


 ああ、やっぱり舐められている。

 弱くて惨めだ。

 自身の弱気が心を折りに掛かった。

 でも、折れてしまえば、楽になるのか⋯⋯。


「立て。終わりじゃない」


 女との間に誰かが飛び込んで来た。知っているこの(ひと)の声⋯⋯。


「あれれ。これは面倒なヤツが飛び込んで来ちゃった。まいったね」


 女の口調から軽さが抜けた。僕はゆっくりと体を起こして行くと、知った顔が女と対峙している。僕の口から自然と彼の名が零れた。


「アンさん⋯⋯」

「遅くなってスマン、良く耐えたな。下がっていろ」


 アンの鋭い眼差しが女を射抜く。形勢が入れ替わった事に女は激しく顔を歪めた。


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