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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
ペテン師と民

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執着心

 扉から飛び込む負傷した男達を睨みつける。男達はバツ悪そうにその鋭い視線から目を逸らし、少しばかり俯いて見せた。男達の口から零れ落ちる言葉に激怒すると、鋭い視線は怒りの矛先を探す。


「カルガ⋯⋯(はらわた)を引き摺り出して殺す。私のかわいい子を手に掛けた事を後悔させてやる⋯⋯」


 ミランダは、震える唇から言葉を絞り出す。腹の底から煮えたぎる怒りと共に言葉を吐きだしていった。





 暗闇が三人の姿を飲み込んで行く。小路は狭くなり複雑に入り組んで行った。

 今頃、表じゃ騒ぎになっているのか? 

 いや、身ぐるみ剥がされたドワーフが道端に転がっているだけか。カルガは集まり始めた人だかりを思い出す。

 スラム街の奥の奥、まともに建っている建造物などひとつも無かった。崩れかけや、すでに崩れ落ちている建物が並び、その合間を縫うように進んで行く。道端で膝を抱える者、茣蓙らしき物を敷いて寝転んでいる者、様々な人間がいるが誰も彼もが、気力のない目で一点を見つめているだけ。重く淀んだ空気だけが周辺を覆っていた。


「⋯⋯ご機嫌だな」


 カルガは辺りを見渡し、苦い笑いを見せる。


「こっちだ」


 アスクタは周り一度警戒し、小路のさらに奥へとふたりを案内した。崩れた建物の床下を手で払うと埃が舞い上がり、扉が現れる。カルガとダルは顔を見合わせ、先を譲り合った。


「おい、早くしろ」


 アスクタに急かされ、ダルはカルガをひと睨みするとアスクタに続く。カルガは頭上の扉を静かに閉め、下へと梯子を下りて行った。

 地下は広い空間が広がり、いくつかのランプが部屋を仄かに照らしている。その淡い光に映る人影にカルガとダルは緊張の面持ちを見せた。


「大丈夫だ。見れば納得する。戻った! ちょっと来てくれ!」


 アスクタの呼び声に老若男女10名程がアスクタの周りに集まると、アスクタの言葉の意味をふたりはすぐに理解した。


森のエルフ(シルヴァンエルフ)のハーフばかりか?」

「シル⋯⋯ヴァ⋯⋯何?」


 カルガの零した言葉にアスクタは小首を傾げた。ダルはアスクタの肩に手を掛ける。


「仕方ない。無知なお前さんにお兄さんが教えて進ぜよう。【魔族】とは、ラムザやクランスブルグの人間がその力を恐れ、遠ざける為に付けた蔑称である。本当は森のエルフ(シルヴァンエルフ)という立派なエルフなのである! いててて⋯⋯力入ると痛え」

「エルフ⋯⋯」


 アスクタの口から零れた言葉に、地下の住人達も少しばかりざわついた。【魔族】と呼ばれている本人達が気にしていないのだから、正しい呼び名がハーフまで伝わっていなくとも、おかしくはないのか。


「で、アスクタ。ここのハーフ達は何だってこんな地下に潜っているんだ?」

「あ! スマン。その前にあんた達にヒールを当ててやるよ。ちょっと待てよ⋯⋯あ、これだ」


 カルガに一枚の布切れを差し出すと、アスクタは魔筆樹(マジカワンド)を取り出し、布に触れた。柔らかな緑光がカルガを照らし、傷が癒えて行く。やはり、コイツが【魔法陣】の使い手か⋯⋯。ヒールを当てている姿を見つめ、カルガはどうアプローチするべきか考えあぐねていた。こちらも【魔法陣】を使える事を伝えるべきか否か。


「いやぁ、その布切れ凄いのな。どんな仕組みなんだ?」


 ダルの軽口を無視して、カルガはアスクタに問い掛けた。


「そんな事より、アスクタ。ここの人達について教えろ」


 魔筆樹(マジカワンド)を仕舞いながら、アスクタは住人達を見渡していく。


「この間の演説で、【魔族】への風向きが一瞬で変わった。それまでは好奇の目に晒されるくらいで、どうってこたぁなかったけど、昨日まで仲良くしていたヤツらが手の平を返して石を投げてくる。大怪我をした者もいるし、死んじまったヤツもいるかもな。まぁ、そんな状況に急になっちまって、取り急ぎここに身を寄せ合って息を潜めている。こうなると道はひとつだ。【魔族】の集落への移住。ただ、隠れて暮らす彼らの集落が分からない⋯⋯」

「それで、森のエルフ(シルヴァンエルフ)に手を貸しているオレ達に近づいたのか」

「そういう事だ」


 下は10歳に届くか届かないか、上はもう老人に手が届く。戦闘員と言えそうなのはアスクタのみ、そしてこの状況を作った一端は自分達でもある。

 ただ、この人数を秘密裡に動かすのはそう簡単ではない。ただでさえ目立つ彼らをどう隠せばいい? 

 そもそも助ける義理はあるのか? 

 でも、見捨てるなんて事をしたら、アーウィンにまたドヤされるな⋯⋯。

 長考するカルガの姿を不安気にみんなが見つめていた。一縷の望みはすでに託されている。


「どうするよ」


 ダルが耳元で囁いた。カルガは縋る視線を向けるハーフ達を見やり、嘆息する。


「どうもこうも、何とかするしかねえ。森のエルフ(シルヴァンエルフ)の集落はヤツらの手で壊滅したばかりで、新天地へと移動したばかりだ。向こうの様子も鑑みて行動しないとな」

「分かった。だけど、あまり時間は掛けたくないのが正直な所だ。刻一刻と状況は悪くなっている」

「ああ、分かっている。のんびり構える気はねえ。大丈夫だ」


 カルガはダルに視線を向けると、ダルは頷いて外に出て行った。


「やつはどこに行ったんだ?」

「野暮用だ。アスクタ。お前さん、あの術はどこで身に付けた? 身内に使い手がいたのか?」


 アスクタは腰に差した魔筆樹(マジカワンド)を一瞥すると、嘆息しながら口を開く。


「爺さんが、持っていた。殴り書きみたいなメモの束とこれをガキの時に見つけて、何となくこれで遊んでいた。ハーフと一緒に遊ぶ奇特なヤツなんていなかったし、訳も分からず光るのが楽しくておもちゃにしていたよ」

「爺さんは森のエルフ(シルヴァンエルフ)か?」

「いや、違う。ヒューマンだ。国の偉いさん? だか、重要なポジションにいたらしいけど失職して田舎に引っ込んだって話は聞いた事がある。ただ、生きている時に会った事ないんで、なんとも。こいつも遺品整理にくっついて行った時に、たまたま拾った物だ」

「なるほど⋯⋯」


 ラムザにある魔筆樹(マジカワンド)はアスクタのこれだけで間違いない。爺さんがラムザの【魔法陣】を一手に引き受けていたが、イヤになって拒み奥へと引っ込んだ。

 やはり【召喚の術】が引き金になったか⋯⋯。これ以上悪用されないように魔筆樹(マジカワンド)も隠していた。

 こんな感じって所か。


「カルガ、どうした? 嘘は言ってないぜ」


 アスクタは逡巡しているカルガを覗き込む。カルガはアスクタを一瞥し、視線を向けた。


「嘘を言っているなんて思っちゃいねえよ。アスクタ、条件を出そう。無事に森のエルフ(シルヴァンエルフ)の集落に辿り着いたらお前の魔筆樹(マジカワンド)は、元の持ち主に返すんだ。いいな」

魔筆樹(マジカワンド)? あ! これか? 元の持ち主って爺さんは死んでいるぜ」

「爺さんじゃない。そいつはラムザが森のエルフ(シルヴァンエルフ)から騙し取った物だ。多分、爺さんはそれすら知らず研究に励んだに違いない。ただ、気が付いたんだ。そいつが人を幸せにも出来るが、不幸にも出来る事を。それで爺さんはこれ以上人を不幸にさせない為に魔筆樹(マジカワンド)と共に中央から姿を消したんだ。まぁ、想像だが大きくは間違ってないと思う」

「不幸⋯⋯」


 アスクタは真剣な顔で呟き、腰の魔筆樹(マジカワンド)に手をやった。


「それと、今しばらくはこのままだ。数日は籠る。きっと、センスの悪い黒装束がこの辺をウロウロしておっかねえからな。大人しく過ごそう。そうこうしているうちに森のエルフ(シルヴァンエルフ)の集落も落ち着くはずだ。いいな。て、事でオレは寝る。あそこ借りるぞ」


 ボロボロのソファーに体を投げ打つと、埃が舞い上がる。カルガはフードを深く被り、それをやり過ごすと疲れていた体は、一瞬で深い眠りに落ちた。





 焼けただれた顔の皮膚は、強張るだけで表情は変わらない。

 高揚する。

 心臓が早鐘のように打ち続ける。

 美しかった顔も髪も、今では見る影もなく髪は焼け落ち、ただれた皮膚は醜い姿を晒す。右腕はつながっているだけの飾りと化し、左手に握る戦鎚はずるずると地面を引き摺っていた。

 ここか。

 森の奥深く、忽然と現れた集落を見つめる。焼けた瞼は思うように閉じず、眼球を浮かび上がらせた。ギョロギョロと浮き出た眼球が、執拗に探し人を求める。

 アベール⋯⋯。

 隻眼。

 猫。

 執念だけが女を動かす。何もかも失い、黒く深い闇が女の心を塗り潰していった。


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