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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
湖畔

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呼ぶ声

 男はゆっくりと目を開ける。暗闇に目が慣れるまでの幾分かの時間で、何が起こっていたかを思い出していった。

 ユリカさんと怪しい家に出向き、デカイ猫に蹴られてすっ飛んで⋯⋯あとは何かあったかな?

 月明かりが照らす家の惨状に目を剥く。屋根は吹き抜けと化し、床は瓦礫の山。

 壁にへばりつくように倒れていて難を逃れたのか⋯⋯。

 ユリカさんがこれをやった? 

 いや、さすがにそれは無理だ。だとすると、ミンさんが合流して吹き飛ばした。

 それだ! そうに違いない。


 男は納得のいく答えに辿り着き、ゆっくりと体を起こした。体にかかっていた小さな瓦礫がパラパラと床に落ちて行く。頭や肩を手で払い、改めて家内の惨状に目を凝らす。

 随分と派手にやったものだ、倒れているのに気が付いて貰えなかったのかな?


(ぅ⋯⋯)


 うん?

 小さな呻き声? 


(ぅぅ⋯⋯)


 生存者? 敵か?


 男は抜刀し、声の方へと近づくと地面に投げ出された戦鎚を見つける。

 これはユリカさんの⋯⋯持って行くか。

 さらに奥へと進むと、床に転がる人の形が見えた。月明かりに見えるのは黒く煤けた人?

 女? 誰? 


「うわぁああああ!」


 月明かりが照らすその顔は、見るもおぞましい姿だった。皮膚はただれ、眼球は剝き出しになり、肉という肉が焼かれた姿は見るからに無残な姿を映し出す。

 辛うじて呼吸をしているが、これはもう助からない。男は首を横に振り、立ち去ろうと立ち上がった。


(《⋯⋯⋯⋯》)


 背中越しに何か呟きが聞こえた気がして、男は振り返った。床に転がっている体からヒールの仄かな光が零れる。

 その刹那、男は悟った。


「ユリカさん! しっかりして下さい! もう一度ヒール出来ますか?」


 男はユリカの元へと飛び込み、抱きかかえる。ユリカの震える手を掴み、ヒールを手伝っていった。


「《キュア⋯⋯オーブ⋯⋯》」


 男はユリカを抱きかかえたまま、瓦礫と化した家を飛び出した。

 何が起きている? 何が起きた?

 勇者がやられてしまった⋯⋯状況的にマズイのではないのか?

 男は周りを慎重に見渡し、暗闇へと消えて行く。





 倒壊しかけている家屋を見つめる獣人の目。爆発音が届いた瞬間にアンは音の方へと駆け出した。兵士達の目を何とかかいくぐり、音の元へと辿り着く。

 思いの他時間が掛かってしまったと眉をひそめ、ゆっくりと家屋へと足を踏み入れる。


「こいつはひでぇ」


 狼人(ウエアウルフ)の目には月明かりで充分だった。誰に言うでもなく口から零れ落ちる。

 崩れかかっている家屋。天井は大きく射抜かれ、床には足の踏み場がないほど瓦礫が散乱している。間違いなく、アーウィン達と誰かがここで交戦したのだ。

 兵士か? こんなになっちまう程の激しい交戦? 考えにくいな。

 それにこんなに派手に崩れているのに誰ひとり倒れていない。もちろん、アーウィンとユランの姿もなかった。


「アーウィン、ユラン⋯⋯」


 小さな声で呼びかける。何一つ反応がない。どうなっちまっているんだ。


「アン!」


 家の外から声を掛けられ一瞬驚いたが、声の主に覚えはあった。


「アーウィン、良かった」

「ユランも大丈夫、アベールもね」

「アベール?」


 アンはひとまず肩の力が抜けると、傷だらけのユランの横に立つ、大きな魔女帽子を被る女性へと視線を移した。


「【魔法陣】の先生だよ。主にカルガが世話になっている」

「へぇー。しかし、どうやったらこんな派手に家がぶっ壊れるんだ?」

「それこそ、アベールの【魔法陣】だよ。自分の家を壊しちゃったけど、あの状況では仕方なかった。強い治療師(ヒーラー)の勇者が現れて大変だったんだよ。その辺に倒れていない?」

「強い治療師(ヒーラー)⋯⋯? 誰も倒れていなかったぞ?」

「そんな⋯⋯いやいや、あの炎に焼かれて? そんなバカな⋯⋯」


 アンの言葉にユランとアベールも目配せすると、首を傾げて見せる。炎の勢いは確かに凄かった。床に転がる体も間違いなく見ている。僕達は痛む体を押して、家の中へとまた足を踏み入れた。

 ない。

 いない。

 アンの言う通り、焼けた体が転がっていた場所には何もない。僕達はその場所をじっと見つめ言葉を失った。

 あの炎の中生きていた⋯⋯。終わったと思って、終わっていなかったなんて前にもあったじゃないか。リアーナの醜悪な笑顔が頭を過る。


「⋯⋯生きている」

「いやいや、無理だ。あの炎の中⋯⋯。生きているのか? そうなのか⋯⋯」


 ユランはアーウィンの真剣な瞳を覗き、絶句する。


「強い治療師(ヒーラー)か⋯⋯十中八九、ユリカ・キタベだ。良く退けたな」

「ユランとアベールが頑張ってくれたからね」


 アーウィンは、嘆息しながら微笑んで見せた。やるせない気持ちはアンにも伝わり、互いにうまい言葉が見つからず押し黙る。


「アーウィン、アベール、ユラン」

「カルガ!」


 家の外から呼ぶ声に、僕は思わず声を上げる。僕達の無事を確認するとカルガも肩の力を抜いた。


「とりあえず。助かったか。まさかユリカが参加しているとは、ヤバかったな。向こうも片付いた、あっちに合流するぞ。お前ら歩けるか?」

「ゆっくり頼むよ。意外と響くんだよね」

「無駄口叩けるなら大丈夫だ、行くぞ」


 

 

 松明の灯りの元へ、助かった住人達が続々と集まり出した。怒りのはけ口が見つからず、鬱々とした空気が流れる。マインはすぐに住人達へ頭を下げたが、住人達は首を横に振った。


「あんたが謝る事じゃない。あんたらが来なかったらもっと酷い事になっていた」


 避難をする時間を稼ぐ為に犠牲になった人々。身内や、知り合いが犠牲になったのだろう、涙を零す者も少なくない。

 森のエルフ(シルヴァンエルフ)達の家には必ず地下に避難施設を作っており、このような事態は常に想定しているのだと、肩を落とすマインに話してくれた。

 こんな事が想定されているのが、おかしいのではないのか。

 マインは落ち込みを見せながらも、怒りを灯す。

 


 激しい車輪の音が届き、その場にいる者達は顔を上げる。

 再びの襲来? マインはすぐに抜刀し、住人達の前に出る。

 入口から、猛スピードで突入して来る馬車を睨む。二台の馬車が連なり突っ込んで来た。


「マイン!」


 止まるや否や、扉からコウタが飛び出して来た。マインは脱力すると、剣を鞘へと戻す。


「こいつは何の騒ぎだ?」


 カルガがボロボロのアーウィン達を引き連れて合流する。


「アーウィン!」


 今度はミヒャが飛び出す。傷だらけのアーウィンに眉間に皺を寄せ、厳しい表情を見せた。


「やぁ、ミヒャ。元気?」

「元気って⋯⋯リックル!」


 ミヒャが治療師(ヒーラー)のエルフの名を叫ぶと、後部の車両から飛び出した。


「こいつは酷いな。今、ヒール掛けるから⋯⋯」

「リックル、先にユランを診てあげて。彼女の方が酷いんだ、頼むよ」


 アーウィンの懇願に、リックルは嘆息するとすぐにユランの元へと向かった。


「しかし、入口の所は酷い有様でしたね。勇者が魔法を放ったって所かしら」

「さすがだね。オレはアン・クワイだ。あんたもクラスブルグの勇者だろう、宜しく頼むよ」

「初めまして。私はキリエ・ルジンスカ。あっちの少年みたいなのがコウタ・ミハラ、アーウィンの側にいるのがミヒャ・ラグーよ。こちらこそ宜しくお願い致しますわ」


 キリエは続けて、道中を共にしているパーティーの紹介をした。アンもダルを指して、キリエに紹介する。


「口が軽くてイラつくかも知れんが、腕は立つので勘弁してくれ」


 アンは肩をすくめながら、ダルを紹介した。キリエは笑顔を返すとすぐに真剣な表情に戻す。


「それで、ここで何が起きたのです?」

「もう少し、落ち着いたらみんなで話そう。面白い話じゃないのが残念だがな」


 アンも渋い顔をして見せた。

 短時間で片はついたが、代償がデカすぎる。

 

 松明の灯りの元に車座になって集まると、カルガは住人に話を聞きながら事の経緯を語っていった。

 誰しもが真剣な眼差しを向ける。怒りや悲しみが闇に溶けて行き、松明の炎と共に舞い上がって行く。

 

 やるせない気持ちは、どうにもならない。

 もし僕が、もう少し早く動き、気付いていれば。

 もし、もっと早く駆け付けていれば。

 もし、ラムザの【魔法陣】に触れていなかったら。

 もし⋯⋯怒りをぶつける事の出来る力があったら、ここの人達をもっと守れたかも知れない。

 もどかしい。いつもそうだ。

 僕は揺れる松明の炎を見つめ、憂鬱になる。


「⋯⋯アーウィン」


 ミヒャは微笑みと共にそっと僕に手を重ねてくれる。気持ちを察してくれたその優しい手の温もりが、嬉しかった。

 その優しさに僕の心はゆっくりと(ほど)けていく。


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