種火
カウンターに座る小柄な老人は、こちらに一瞥する事も無く手を差し出した。白鳥の優美な姿を連想させる物は、ここには何一つ無い。僕は小銀貨を二枚その手に置くと、老人は黙って部屋の鍵をカウンターへと雑に投げた。ユランは黙ってそれを受け取ると、アーウィンの腕を引いて行く。
「毎度どうも」
背中越しに感情の無い言葉を老人から投げられ、僕達は二階へと上がって行った。
うん?
部屋に入るなり、何か違和感を覚える。狭苦しいベッドがひとつあるだけの部屋にふたり。
ううん??
「ちょっと待って。一部屋なの? ふたりで一部屋なの? おかしくない?」
「何を騒いでいる。カルガと合流まで時間がある、少し休め。私も休む」
ユランはそれだけ言って、テーブルにうつ伏せるとすぐに寝息をたてた。
あ! もう一部屋借りればいいじゃないか!
「おじさん。もう一部屋貸して欲しいのですが⋯⋯」
「ああ? いっぱいだよ」
一言、愛想の無い返事が返ってきただけだった。
何て事だ。カルガと合流したら何とかして貰わねば。
未婚の男女が同じ部屋なんて⋯⋯それこそミヒャが知ったら⋯⋯。
考えるのは止めよう。うん、そうしよう。
部屋に戻ると埃だらけのソファーに体を預ける。疲れた体はすぐにまどろんでいった。
◇◇
「⋯⋯おい、起きろ」
「あれ? カルガ」
「あれじゃねえ、行くぞ」
「どこに?」
「【召喚の間】だ。思った以上に時間が無い。すぐに行くぞ」
窓の外はすっかり暗くなり、夜が訪れていた。
宿を出るとクールな感じの狼人さんが、腕を組んでこちらを睨んでいる。
「あいつも手伝う」
「どちらさん?」
カルガの素っ気ない紹介では何一つ分からない。僕はカルガをひと睨みして、ユランと共に狼人の元へ向かった。
「初めまして。僕はアーウィン、こちらはユラン」
僕の挨拶に狼人は笑みを向ける。
「あんたがアーウィンか。噂はいろいろ聞いているよ。ユランも宜しく、オレはアンだ」
その名を聞いて、ユランの顔が変わった。少しばかり厳しい視線でアンに問いかける。
「アン? もしかしてアン・クワイか?」
「え? 誰? 有名人??」
「ラムザの勇者だ」
「へ?」
僕は一瞬びっくりしたけどマインの事を鑑みれば、そこまで驚く事ではないのか。ラムザの勇者がまたひとり手を貸してくれるなんて、心強い。
「ま、宜しく頼むよ。他国の勇者にまで精通しているとは、あんたも只者では無いな」
「私は只者だよ」
ユランはそう言って肩をすくめて見せた。
「自己紹介はもういいか。行くぞ」
僕達はスタスタと進むカルガの後ろをついて行く。
街中の人混みを抜け、都の中心に構える王城へと真っ直ぐに向かっている。街に漂う何とも言えない鬱屈した空気が、僕の視線を忙しくさせて行った。
この何とも言えない覇気の無さは何だろうか?
「アーウィン、顔隠せ」
言われた通りにフードを深めに被り、王城の裏手へと回りこむ。今度はアンが先頭に立ち、何食わぬ顔で進んで行く。裏口を守る衛兵もアンの顔を見るとすぐに扉を開いた。僕達はあっさりと王城の中へと侵入。勇者の恩恵に預かり、僕達はすんなりと長毛の絨毯を踏みしめる事が出来た。人気の無い王城の静けさは、どこか不気味だ。
「人が少ないね? あ、だからあんなに募集の告知しているのか」
「あ? 何言ってやがる。お前の時と一緒だ、衛兵には出払って貰った」
◇◇◇◇
数刻前。
西の森にある巨大な壁に向かい、女は業火を撃ち放す。
「《イグニス》」
一振りの剣から放たれる、極大の炎が、堅牢を誇る壁へ爆音を響かせた。
突然の炎撃は壁の内側にパニックを呼び込むのに十分。緩みきっていた緊張は、反動となって大きな混乱を呼び込んで行った。
「【蝙蝠耳】」
マインはスキルを発動させ、壁の内側にある声を必死に拾う。
(何⋯⋯だ!? どうした!? ⋯⋯どういう事だ!!)
(敵襲⋯⋯と思われま⋯⋯)
(⋯⋯敵襲?! 応援⋯⋯?!)
(今、すでに要請⋯⋯準備を⋯⋯した)
(敵⋯⋯敵襲)
ノイズが多くはっきりとは聞き取れないが、おおよその内容は把握出来た。
「どれ。もう少しか。《イグニス》」
マインは再び業火を壁へと撃ち放した。マインは一振り、二振りと壁を削って行く。爆炎とともに削れ落ちる壁。まさかの事態に後手を踏む兵士達。
川下から、気配を感じ、撃つ手を止める。
マインはざわつく空気の変化を敏感に感じ取った。
「来たか」
川を遡る、何艘もの小舟。その上にいる何にもの兵士達。
王城からの応援を確認すると、マインは直ぐに森へと消えて行った。
◇◇◇◇
アンを先頭に王城を進む。顔を伏し目がちにしながらも、堂々と長毛の絨毯を踏みしめて行った。長い廊下をいくつも曲がり、また長い廊下に出る。高い天井に細工の施された太い柱。贅を凝らした作りをフードの奥から見つめて行った。
アンが歩く速度を落とす。前から来る衛兵らしき人物がアンに一礼してすれ違う。何事も無く進んでいたが、アンは唐突に後方に視線を向け、警戒をして見せた。
アンは素早い動きで壁を叩くと、壁がずれて行く。音も無く現れた扉に僕は思わず目を剥いてしまった。
カルガがすかさず、中へと飛び込みユランも続く。僕も急いで中へと飛び込むとアンと視線が交わり、アンはひとつ頷き、廊下から扉を閉めた。
「急ぐぞ」
カルガが静かに吠える。その緊張感が伝わり僕の拍動は一気に上がった。カツカツと足早な三人の足音と吐息だけが階段に響く。長く感じる回廊をひたすらに下る。下りきった先に現れた何の変哲も無い鉄の扉。カルガは止まれと、無言でサインを出した。
薄く開けた先をカルガは覗き、すぐに扉を戻す。僕とユランを一瞥すると再び扉を静かに開ける。
「行くぞ」
石で出来た廊下を足早に進む。前後左右に気を配りながら目的の扉を目指す。
静かだ。マインの城外への誘導が、上手くいっているという事なのかな。
唐突にカルガは止まり、曲がった先を指差した。僕はユランのマネをして、頭を低くそっと角から顔を出す。
あれか。
衛兵がひとり立ち、ひと際大きな松明が煌々と扉を橙色に揺らす。
「あそこ?」
「そうだ。アーウィン、お前は反対側の壁に隠れていろ。見つかるな。お前が隠れたのを確認出来たら、あいつをあそこから剝がす。あとは分かるな」
僕は黙って頷き、向かいの死角へと急いだ。ユランもカルガに頷くと移動を始める。
カルガはじっとタイミングを計り、衛兵を睨んだ。ユランは見えなくなり、対角に身を潜める。僕が合図すると、カルガは口元を布を上げる。カルガはふらっと立ち上がり、不用心に衛兵の元へ姿を晒した。
「よお! 景気はどうだい、兄弟」
マスクの下で口端を上げる。唐突に訪れた招かれざる客に、衛兵は絵に描いたようにあたふたとして見せた。
「く、曲者!」
「ハッハァー。やっぱ、分かるか」
カルガは踵を返し、衛兵に背を向け駆け出した。
すぐに追いかける衛兵。その距離はみるみる縮まって行く。衛兵はその様にさらに加速する。
「待て! 曲者! 待て!」
その瞬間、衛兵の体が宙を舞った。通路の死角に隠れていたユランの長い足が、衛兵の足を簡単に引っ掛ける。ガシャっと鎧の派手な音を鳴らし、うつ伏せに倒れるとユランはすかさず後頭部に重い手刀を放った。
「くっ」
小さい呻きが聞こえ、衛兵は動かない。カルガが近づき衛兵の様子を確認する。
「行くぞ!」
カルガの言葉に、ユランは黙って走り始めた。
この間みたいな震えは無い、衛兵がカルガへと駆け出すのを確認して、すぐにピッキングツールを腰から取り出した。扉は分厚いけど、鍵が貧弱だね。こんな旧式の鍵、すぐに開けられるよ。ピンを鍵穴に差し込み中をまさぐると、鍵の内部が手に取るように分かった。
カチリ。
すぐに解錠の微細な振動が指先に伝わり、ノブを回す。
開け放たれた扉から流れ出る禍々しい空気に、思わず僕は顔をしかめてしまった。
何度来てもここはイヤなものだ。行き所を失った魂が、漂う錯覚が襲う。
燭台に火を灯し、床を確認する。擦れて見づらくはなっているが間違いなくそこに【魔法陣】を確認出来た。ゴーグルを装着して、指輪を【結界】成型モードの向きに嵌める。体を大きく使って、緑色の光環を作り出す。
さぁ、鍵を掛けよう。
僕は集中を上げ、【魔法陣】に鍵を掛ける事だけに集中をしていった。
◇◇
カルガとユランが【召喚の間】を背に、左右に分かれ角から先を覗く。
まだ、戻るなよ。
出払った衛兵達の帰還を危惧しながら、アーウィンを待った。曲者が入ったとはいえ、【召喚の間】が細工されたとはすぐに思うまい。ましてや鍵をいじった様子がなければなおの事。だからこそ、今ここで見られる分けにはいかない。曲者が侵入したが、理由は不明。これが今の最適解。後方のアーウィンをじりじりと待ちながら前方を睨む。
まだか⋯⋯。
急かしたい気持ちをぐっと抑える。
イヤな感じに空気が動く。
「チッ!」
カルガは舌打ちをすると、前方から漂う気配を感じ取る。
アーウィン、早くしろ! 心の中で何度と無く叫ぶ。
ユランも気配の変化を感じ取ると、カルガに視線を投げた。カルガは首を横に振って見せると渋い顔を見せる。
扉が開き、アーウィンが出て来た。遠くからいくつもの足音が聞こえてくる。
鍵をまさぐるアーウィンの姿と前方を何度と無く見やった。
ユランは、静かに前方を見つめている、自分のすべき事を分かっているのだろう。
アーウィンが腰を上げた瞬間、カルガは駆け出す。アーウィンの腕を掴みユランの方へと全速で走る。一瞬動揺を見せたアーウィンも、カルガの切迫した空気にすぐに緊張の度合いを上げていった。何が起きているか、カルガに掴まれた腕で全てを悟った。
「急ぐぞ」
カルガを先頭に回廊の扉を目指す。想定より早く事を進めたが、帰還が想定よりも早過ぎる。
焦るなと言うのが無理な話。
遠くで鳴るいくつもの足音が、三人の焦燥感を煽っていった。
◇◇◇◇
隠し扉から、少し離れた壁にもたれて三人の帰還を待っていた。アンは気配を悟られぬように顔を上げ、宙を睨む。
「あらあら、こんな所で何をしているの? アン・クワイ」
口元に微笑みを浮かべ、ミランダは艶めかしい声色を、わざとらしく響かせた。
「別に。何もしていないさ」
笑ってはいない黒目がちな瞳を一瞥し、静かに答えた。ミランダは、視線を動かし首を傾げる。
「そっけないわね。マインは一緒じゃないのね」
「お前達と違って、年がら年中つるんでいる訳では無いからな」
「ふぅーん」
隣にいつもいる猫人を顎で指して見せると、ミランダは含みのある返事をするだけだった。
ここにコイツに居座られるとマズイな。カルガ達が出てこれねえ。
「じゃあな」
その場を立ち去ろうとするアンに、ミランダは柔らかな声色を聞かせる。
「そんなに邪険にしなくても、いいじゃない。少しお話しをしましょうよ」
ミランダの冷たい笑みに、アンの背筋に冷たいものが走った。
目的が分からない。まるで何かも見透かしている様な、気持ち悪さ。でも、中に潜入してっりるのは、知りようが無い。コイツの勘が、何かを感じたか⋯⋯。
アンは一瞬顔をしかめたが、悟られる分けにはいかない。肩をすくめ、ミランダに了承の意を見せた。




