困惑と弁解
ガラスの目玉にボタンの目玉。棚一杯に並び無機的な視線を向ける、あみぐるみ達。この数まで行くと壮観を通り越して、不気味にすら感じてしまう。薄桃色の壁がその不気味さを和らげてはいるものの、かなり幼さを映すその光景に大人の部屋として、首を傾げるのも仕方がない。
「フフフフフ~ン♪」
ベッドに腰を掛け、鼻歌まじりであみぐるみを愛でているドワーフ。ドワーフらしくずんぐりとした体形に、くりくりとしたドングリ眼。栗色の髪をふたつに結び、愛らしい顔で足をブラブラとさせていた。
コンコンと来客を知らせるノックの音に、思い当たる節は無く首を傾げる。再び鳴るノックの音に嘆息すると、仕方なしに扉を開いた。
「モモ。すぐに開けてくれ」
「あら、やだ。アンにマイン! どうしたの? 珍しい」
この少女趣味の部屋にイマイチ慣れないふたりは、棚に並ぶあみぐるみの数に軽い眩暈を起こす。一通り見渡し、マインは嘆息する。
「モモ、また増えていないか?」
「あら、やだ。わかるぅ? 良く見ているわねえ~。あそこのキキとあっちのココが新しく仲間入りしたのよ」
ふたりにとってどうでもいい情報を、喜々として語るモモの姿にふたりは額に手をやった。
アンは額に手をやりながら溜め息混じりに言う。
「式典くらい出ても良かったんじゃないか? 王様が代わったのだぞ」
モモは目線を上げて考えるフリをする。
「⋯⋯興味ないしぃ。退屈でしょ。アン、あなただってそうでしょ?」
「まぁ、退屈な事は否定しない」
「でしょ、でしょ。無駄な時間は過ごさない。そんなつまらない事に時間を掛けるならこの子達を愛でているほうが人生において、よっぽど重要なのよ。わかって?」
アンは渋々と頷いて見せる。さて、どう切り出せば良いものかと。ふたりは揃って、そのタイミングを見計らう。のらりくらりと真意を外す問答に毎度疲れる。向こうにつく事は考え辛いが、13精獣を操る強力な召喚士、もし敵に回ったら厄介極まりない。彼女に対抗出来る召喚士など、この世に存在しない。通常呼び出せる精獣は1種類、強力な術者で2種類が関の山。
モモはひとつ大きな溜め息を漏らす。
「ねえ、それで結局何をしに来たの? 顔を出さなかった事へのお咎めかしら? 謝るから勘弁して頂戴。どうも申し訳ございませんでした。これでいい?」
この食えない強力な召喚士にどう切り出すべきか、アンとマインはその距離を計りあぐねていた。
◇◇◇◇
アジトであるログハウスに、少なくない衝撃が走る。城に隣接する居住区より、こちらにいるのが当たり前になりつつあった。ユウとリアーナがいない今、居住区で過ごした所で面倒事は起きないだろうが、あの空間にバツの悪さを感じてしまう。
ミヒャの所に届いたマインからの【魔法鳩】。その内容をすぐに飲み込む事は出来ず、少し頭の中身を整理する時間を全員が欲した。
「どうなっちまうんだ? 一体全体、どうしてこうなるんだ?」
「⋯⋯分かる事は、アサトの差し金で間違いないという事だ」
「そうは言いましても、ユウがアサトの口車にそう簡単に乗りますか?」
「そこまで仲良しってイメージはなかったよね。でもさぁ、なんかこうなると、大分きな臭くなるよね」
コウタの一言に全員が口を閉じ、この現状を踏まえどう転がって行くのか頭を悩ます。
一瞬にして静まり返る部屋。後ろに立っている妖精のリックルや狼人のアッカ達パーティーのメンバーも、先の読めない不気味な気配をその内容から感じ取っていた。
「王様になんかなりたいものかな? 面倒臭いだけな気がするけど」
顔をしかめるコウタに、ここでは異論を唱える者はいない。ましてや勝手も分からぬ他国で王になる。ラムザの国民はどう感じる? マイン以外の勇者達はどう捉える?
コウタが何かに気付いたのか急に顔を上げた。
「ねえ、もし。もしだよ。ユウがラムザの勇者を率いて、クランスブルグに戦争を仕掛けたらどうなるの?」
一同の視線がコウタに向けられる。
あってはならない事だが、ありえなくは無い⋯⋯のか?
誰もが心のどこかでそれは無いと思う。
それはただの願望でしか無いのか? そう言い切れるのか? ミヒャは表情を曇らせる。
「万が一だ。ラムザが今の状態で攻めて来たら、ヤバさは怪物退治の比じゃないぞ」
ジョンは真剣な面持ちで首を横に振る。ラムザにどれだけの力があるのか分からないが、こちらの戦力は半減している。今までフルの状態で均衡が保たれていたと考えれば、単純に今の戦力差は倍という事だ。言葉に出さずとも、その危うさは誰もが気が付いている。ざわざわと困惑の空気が覆って行く。
「こんばんは⋯⋯? どうかしたの?」
当たり前のようにひょっこりと顔を出したアーウィンが、居間に渦巻く困惑に表情を曇らせた。タイミング悪かったかな? そんな事を思いつつ、部屋の面々を見渡していく。
ミヒャの困ったような瞳と合い、僕の困惑も深まっていく。
「⋯⋯ユウがラムザで王になった」
「ああ! 見つかったんだ⋯⋯って、何? 王? え? え? ラムザで? うん? ああ、うん?」
僕はここにいる誰よりも混乱した。ラムザ帝国で見つかって、しかも王になっている⋯⋯。理解しろと言う方が無理だ。僕は眉間に皺を寄せ、ずっと唸っている。
「それよりアーウィンどうしたんだ、こんな時間に?」
「あ! そうだった。ジョンさん達、みんなに合わせたい人がいて連れて来たんだ。さぁ、入って」
アーウィンに急かされ、隣に並んだ猫人の大柄な女。頭を垂れ視線を逸らしている。自らが招かざる客だという自覚は重々あった。
「ユラン!? なんで連れて来た?! おい、アーウィン! カタの事を忘れたのか!」
「わ、忘れてないよ! ちょっと落ち着いて!」
壁際に立っていたアッカが、鋭い視線を投げ掛ける。今にも飛び掛かりそうな一触即発な空気を放つ。壁にもたれていたリックルも剣呑な雰囲気を放ち、壁から背を離し、ミヒャもその紅い瞳が鋭く射抜く。ユラン自身はこうなるであろう事は予測していたのか、落ち着き払った雰囲気のまま顔を上げて行った。
「ユラン、何か弁明はあるのか?」
リックルの言葉にユランは黙って首を横に振る。殺伐とした空気だけが重くなり、僕はアタフタとする事しか出来ない。
仲間の敵とも言うべき人物、外では取り繕う事もそれなりに出来た。ただ今は、完全なるホーム。唾棄すべき相手に牙を剥くのは当然であり、自らのテリトリーから排除に動くのは当たり前だ。
「ちょ、ちょっと待って! 話を聞いて! 彼女は力になってくれるから」
「アーウィン。何を甘っちょろい事ぬかす。こんなヤツの力はいらねえ」
「そういう事だ。ただ、ここを知られてしまったのは芳しくないぞ」
勇者達は黙ってそのやり取りを見ていた。自分達が介入して問題が解決したとして、それが根本的な解決になるとは思えない。アーウィンが連れて来たという事は、ユランに敵意は無いと分かる。あとはアッカ達が、納得するか、しないかだ。彼らの感情的な部分も充分理解出来る。なぜ、アーウィンが連れて来たのか⋯⋯。
ミヒャも黙って行く末を鋭い視線のまま見守る。アーウィンが連れて来た女、アーウィンを傷つけた女。どう心の折り合いをつけるか逡巡し続ける。
「え、えっと、まず、彼女はカタを傷つけてはいない。リアーナとずっと一緒だったから。カタを傷つけたのは一緒にいたドワーフ。それとキリエ、君はドワーフを殺してはいないよ。ドワーフを殺したのはリアーナ。だよね、ユラン」
ユランは黙って、首を縦に振った。小さなどよめきが起きる。一番驚いているのはキリエだった。人を殺めてしまったかもと激しい落ち込みを見せていたが、実際は違った。リアーナが殺したという言葉に殺伐とした空気は困惑へと姿を変える。
「ほら、あとさ、殴り合ったらその後で、仲良くなるとかあるでしょう。そんな感じでね⋯⋯」
自分で言っておきながら弱い。一方的にボッコボッコにされただけで、殴り合ってもいないしね。
「リアーナが殺したってどういう事ですの?」
痺れを切らしたキリエの言葉に、苦い表情を浮かべるユアン。口元に悔しさを露わにし、ゆっくりと口を開く。
「おまえ達の言わんとする事は、十二分に理解しているつもりだ。リアーナは助かったであろうトルマジの胸に刃を突き刺した。連れて行くのに邪魔だという理由で。そう口にはしなかったが、分かる。アイツには人の命が軽すぎる。いや、勇者以外は人と思っていなかったのかも知れない。力で敵うはずもなく、言いなりになるしか出来なかった。悔しくて、死にそうだった。だが、突然アイツは姿を消し、鍵屋⋯⋯アーウィンが生きていた。勇者と対峙した無力の男が、あの悪魔みたいな女から生き延びた。我が耳を疑ったよ、そんなバカなと。だが、本当だった。ならば、私にもアイツに一矢報いる事が出来るかも知れない。それでアーウィンに接触し、勇者に抗う術を乞おうと店を訪ねたが、アイツはもうこの世界からは消えていた。その後はアーウィンから世界がどうなっているのか、どうしてこうなっているのかを教えて貰った。私に出来る事があるなら力になりたい、今はただそれだけだ」
淡々と静かな口調に、聞き入っていた。語られた言葉に嘘は無いのも理解出来る。ただ、心のわだかまりがスッキリするかと言われれば、答えは否。
静まり返る部屋。誰が口火を切るのか探り合う。




