口実
アベールのヒールのおかげで、体中にあった痛みは大分楽になった。僕が立ち上がると、沿道にいた野次馬達も終わったと散開して行く。街を滅茶苦茶にした張本人が砕け散る姿に住人達は何を思う。
剣を振り下ろした瞬間、胸のつかえがスッと下りて行ったのは間違いない。ただ少しばかり頭の片隅に、人を亡き者とし、これで良かったのかという自問が常に横たわっているのも事実。全てが終われば、この憂鬱は霧が晴れるように消えてくれるのかな?
きっとその時にならないと答えは出ないに違いない。
「カルガ達はこの後どうするの? いよいよラムザの召喚を止めるのに動くの?」
「そうさな、まずは下準備に入る。オレとマインは一度ラムザに戻り、召喚について洗っていくつもりだ」
「カルガ、大丈夫かい? その⋯⋯」
「何だ?」
言い淀む僕にカルガは怪訝な表情を見せた。僕の言いたい事はおおよその予想がついているはずだ。ラムザに戻るという事は見たくはないであろう、我が子の顔を持つアサトと相対するという事だ。鍵屋でのカルガの動揺は常軌を逸していた。ただ、誰も責める事は出来ない。ただただ心配だった。
「アーウィンは優しいな。カルガ、おまえはいい友と出会えたな。私もいる。事情が事情だ。カルガの顔を知っているアラタには、見つからないようにしなければならない。その辺りは上手くやる」
「まぁ、顔を見られるわけにはいかないものね。マインよろしく。実際、ラムザはどうなっているの? 勇者が王様になったんだよね」
「国自体はそこまでの混乱は来していないと思うが、きな臭い事には変わりはない。それに、どのように召喚を行っているのか全く知らんからな。まずはそこからだ。【魔法陣】が見つけ、【結界】の鍵を外す。その時はアーウィン、頼むぞ」
僕は黙って頷く。憂いを見せるカルガの表情。何に思いを馳せているのかは、すぐに分かる。
僕は黙っていた。どう言葉を掛ければいいのか、うまい言葉は見つからない。マインも余り直接的な表現は控えているように感じる、優しい人だ。
「カルガ。気を付けて。何かあったらすぐに向かうから」
「ああ」
「僕はとりあえず一度戻って、リアーナの件を伝えて来るよ。⋯⋯そういえば連絡ってどうすればいいの?」
「リアーナの件は【生命感知】で感知出来るのではないのか? ミヒャが私を認知しているので、十中八九【魔法鳩】が使えるはずだ。もし、ダメなら使いを寄こそう」
「ミヒャはここに来た事ないからリアーナの事は多分感知出来ていないと思うよ。【魔法鳩】の件は伝えておくよ」
「頼む」
「カルガ、無茶しないでね」
「おまえもな」
マインは力強く頷き、カルガは何か迷いのようなものがここに来て見え隠れしているように感じた。マインの瞳は鋭く、すでに次に向けての動きを考え、カルガの瞳は少しばかりの憂いを映す。
ふたりは集落をあとにして行く。僕は黙ってその背中を見送る。信じて待つしかないよね。しばらくは、もどかしい時間を過ごす事になるのか。
ラムザ帝国。
どんな国何だろう⋯⋯。
今はふたりの無事をひたすらに祈ろう。
◇◇◇◇
分厚いカーテンが陽光を遮り、昼間だというのにうす暗い。豪華な飾りも、堅牢を誇る太い柱も暗く影を映すだけ。床に散乱する空き瓶と腐りかけの食べ残しが、この部屋の空気を汚す。すえた臭い、甘ったるい何かの臭いに腐敗臭。退廃した部屋の片隅で崩れ落ちている大男の姿。
「くっせぇ。何だこりゃぁ。おい! 誰だよ、こいつにゴランの実を教えたの! これじゃあ、使い物にならねえじゃねえか」
少年は鼻をつまみながら、王の間に陽光を取り戻す。カーテンを開け、窓を開け放つ。明るくなると荒んだ部屋の全容が露わになり、少年の後ろにいる衛兵達も顔をしかめていった。
豪奢なソファに体に体を投げ出している王グスタ。足元に転がる山ほどのゴランの実の皮。甘ったるい臭いを放ち、男の思考を奪い取っていた。白目を剥き、言葉にならない言葉をずっと呟いている姿に、少年は頭をバリバリと掻き盛大に顔をしかめる。
「アラタさん、どうします? ここまで酷いとヒールも何も元に戻らないですよ」
「分かってるよ!」
ここで殺すのは簡単だが、こちらを良く思っていない勇者に突っ込み所を作ってしまう。
待てよ⋯⋯これは逆に好都合なんじゃなえのか。
アラタはひとり不敵な笑みを浮かべると、後ろに控える衛兵達はその姿に首を傾げた。
「こんなになっちまったが、こいつは今までこの国に尽くしたんだよな。無下に扱うのも何だ、忍びない。とりあえず、病に伏せてしまったと丁重に隔離して管理しろ」
「いや、しかし、暴れたら私共で抑えられないですよ」
「んだよ、その時はゴランの実でも齧らせておけ。すぐに大人しくなる。それと、ここと【謁見の間】を急いで掃除しろ。次の王様は綺麗好きだ。ほら! サッサとしろ」
「承知致しました。急げ!」
大男が担ぎ出されて行く。フワフワと夢心地か? ある意味幸せなヤツだ。
アラタはその姿に冷えた視線を送る。王を交代させる大義名分が出来たな。
「さてと。おい! 掃除終わって綺麗になったら声掛けろ、いいな!」
「はい!」
次の仕込みに入るか。アラタはひとり王の間をあとにして柔らかな絨毯の上を歩いて行く。
◇◇
グスタか?
廊下のざわつきを物陰から覗く狼人。何人もの衛兵に担がれて行く大男の姿に目を凝らす。しばらく見ないと思ったが引きこもっていたのか。あの様子じゃあ、使い物にならんよな。どうするつもりだ?
少しばかり逡巡し、アンは衛兵のひとりを捕まえる。
「なぁ、さっき運んでいたのはグスタだよな? どうした? 何かあったのか?」
「アンさん! いやぁ⋯⋯」
言い淀む衛兵を黙って見つめる。バツ悪そうに俯く衛兵の肩にアンはそっと手を置き耳元で囁く。
「ここだけの話だ。何があった?」
「私から聞いたって言わないで下さいね」
「もちろん」
アンは衛兵に微笑む。
「グスタさんがゴランの実で飛んじゃったんですよ。相当量齧ったみたいで、元には戻せそうもないので隔離しておく事になりました」
あのバカ。何やっているのだ。顔をしかめると衛兵が少し怯えを見せた。アンはすぐに笑みを見せ、続ける。
「アラタの指示だよな? 他になんか言ってなかったのか?」
「そうですね⋯⋯。あ! 新しい王様は綺麗好きとか言っていました、今みんなで掃除しています」
新しい王は綺麗好き? アラタが王位に色気でも見せると思ったが違うのか? 引っ掻き回してはいるが、地位欲は相変わらず感じられない。何を考えているのだ?
「忙しい所呼び止めて悪かったな。⋯⋯これで仕事終わりに一杯やってくれ」
「え?! いいんですか! すいません。ありがとうございます」
衛兵に大銀貨を握らすとホクホク顔で去って行った。いろいろ解せない。使い物にならなくなったグスタを生かす意味は? 仲間って柄じゃないよな、アイツの場合。ああなっちまったとはいえ、こちらは仲間だった。アラタが何かするようなら、それなりの代償を払わすつもりだったが、あの状態だと隔離するしか手はあるまい。
解せんな。ヤツの動き。
忙しなく動いている衛兵達を後目に、狼人はその場をあとにした。
◇◇◇◇
喧騒で溢れている酒場。一日の疲れを酒精で洗い流す人々。少しばかり奥まった席に三人、喧騒を横目に静かにカップを傾けていた。
「随分とうるさい店だな」
アンが周りを一瞥しながら、カップを空けていく。
「ここのやつらは他人の事など気にしない、ちょうど良いではないか」
マインもひと口カップを口につけた。カルガはひとり視線を逸らし、テーブルの上で指が退屈そうに不規則なリズムを刻んでいる。その姿にアンは嘆息して見せた。
「久々だってのに、つれないねえ。全く」
「まぁ、話を聞けば、こやつの態度も納得出来る。中々、興味深いが、かなりショッキングな内容だ。心しておけ。本人の口から聞くのが一番だが、どうせこやつは話さん。私の口から知り得た事を伝えよう」
マインは今までの話を、順を追って話していく。話が始まるとアンの目つきはすぐに真剣なものへと変わって行った。転生者としてショッキングな内容の連続に、酒を口に運ぶ事すら忘れてしまう。マインの言葉に頷き、カルガに目を剥く。
「そんな⋯⋯」
アラタの【憑代】が、カルガの息子⋯⋯。アンは絶句し、カルガに掛ける言葉を失った。
「私も掛ける言葉は見つからない。ただ言えるのは、今すぐにでも召喚を止めなくてはならん。そこに間違いはないはずだ。だろう? カルガ」
カルガはマインの言葉に不貞腐れたまま一瞥し、酒を煽っていった。




