白煙
迫る業火にリアーナは一瞬、目を剥いた。ただそれはほんの一瞬。
不敵な笑みを口元に浮かべ、振り下ろしていた氷柱を業火に向けて振り上げた。
炎と氷が激しくぶつかり合い、互いを消し合い爆散する。
「アハハ、残念だったわね」
「何がだ?」
余裕の笑みを浮かべるリアーナにマインは表情ひとつ崩さない。カルガは氷と炎が作り出した白煙の中、素早く地面へとうつ伏せた。その姿を怪訝な表情で見つめるリアーナ。
その刹那。
ドゴオオオオオォォォォォォオオオオ
リアーナの足元から爆音と共に、特大の炎柱が立った。その様を見届け、マインは再び膝から崩れ落ちる。カルガは爆炎の勢いに地面を転がり、頭にはパラパラと巻き上がった小石や土くれが降り注ぐ。カルガはその余りの爆発の威力に目を白黒させていた。
アベールと視線を交わしたあの一瞬、アベールはカルガのサインを読み取った。リアーナの背中越しにアベールは最大速で【魔法陣】を描く。スイッチは炎。
辺り一面に立ち込める濃い白煙に視界は奪われ、カルガはゆっくりと立ち上がり、目の前の煙を手で払っていく。上手くいったと安堵の溜め息を誰もが漏らし、難は去ったと思えた。
緩やかな風が白煙をゆっくりと押し流す。
「うそだろう⋯⋯」
カルガの口から思わず零れる。
信じられない光景にカルガだけではなく、誰もがわが目を疑った。
フラフラとしながらも、【魔法陣】の中央に仁王立ちするリアーナの姿。爆散したと思われた勇者の体は黒く煤け、剝き出しの皮膚はただれてはいたが、確かにそこに立っていた。体から細い白煙がいくつも立ち、狂犬のごとく瞳はギラつかせ対峙した者達を睨んでいる。
冷気? マインは顔をしかめながら、煤けているリアーナから立ち込める白煙を目で追う。炎の煙とは違う水分を含んだ白煙。リアーナ自身が冷気を纏い、難を逃れたのか!? あの一瞬でそんな芸当が出来るとは⋯⋯。痛みと最大の好機を逃してしまった事に、顔をしかめる事しか出来なかった。
「マルス!」
リアーナが突然叫ぶ。最後の力を振り絞ったその声に、馬の高いいななきが聞こた。リアーナは力を振り絞り、馬へ飛び乗る。その姿はもはや乗るというよりただ乗っかっているだけ。馬はリアーナを集落の外へと運ぶ。
コウタはその姿に急いで弓を手にする。一瞬の逡巡。
ヤツにバレる、いいのか?
いや、ヤツを外に出してはいけない。ここで止めを刺さねば。
弓を構え前方を行く、リアーナに照準を合わした。
コウタの狙いすました矢が真っ直ぐにリアーナへと向かう。リアーナのダラリと伸びきっていたはずの腕が、渾身の力で矢を払いのけていくとコウタの矢は勢いを持ったまま地面に突き刺さった。コウタの瞳は険しさを増し、立て続けに矢を放つ。鞍上では力無く運ばれているだけのリアーナが、向かってくる矢を睨み、動かぬ体で必死に払いのける。コウタの力のある矢は、リアーナの腕をかいくぐり自身の体へと突き刺さるが、致命傷には至っていないのか、狂犬のごとき瞳はギラついたままだった。
「何やってんだ!! 馬狙え!!!」
「やっている!」
カルガの怒号に、コウタも叫ぶ。
自身を盾にして馬を守られてしまった。遠ざかるリアーナのあとを追う。スキルを使った所で、疾走する馬に追いつけるわけも無く、小さくなって行くリアーナの後ろ姿に悔しさを噛み殺した。
騒然とする集落に長嘆する。あの野郎、街中でもおかまいなしだったな。カルガは地面に胡坐をかいて治療を受けていた。治療を受けながら破壊された建物を見渡していく。
「ちょい、動くな。ああ、こいつは跡になっちまうな」
治療をしているアベールが、カルガの頬から首にかけて出来てしまった凍傷の跡に軽く触れた。
「そうか。ちったぁマシになるか?」
「悪人面に拍車がかかるだけだよ」
カルガはアベールを一瞥し、再び辺りを見渡す。住人に怪我がなかったのは幸いだが、取り逃がしたのは大きな痛手だ。居場所がバレてしまった。
隣では痛みに顔をしかめるマインが治療を受けている。ヒールを当てても中々痛みの引かない様に傷の深さが伺えた。
「ごめんよ。僕が躊躇したばかりに」
俯くコウタをカルガが見上げる。カルガは聞こえるように舌打ちをすると呆れた顔を見せた。
「まったくだ。仕掛けるなら止めを刺せ。中途半端ってのが一番マズイ事くらい分かんだろう」
「面目ない」
「カルガ、そう言ってやるな。あのまま力尽きたかも知れんぞ」
「ねえな。おまえもそう思ってんだろう」
カルガはコウタを睨みながら言葉を吐き出した。
「うん。思っている。アイツはまた来る、来てしまう。ここに迷惑を掛けてしまう」
普段の陽気な姿は影を潜め、神妙な面持ちを見せるコウタにカルガもマインも嘆息した。
コウタの言う通り、執念深いヤツだ。こちらを襲撃してくる可能性は十二分に考えられる。コウタもキリエもこっち側である事がバレたと考えるべきか?
「マイン。アイツにどこまでバレた」
「私の素性はバレてはいないはずだ。キリエとコウタはバレたな。【魔法陣】については何も知らない様子だったぞ。その証拠に、ここにはアーウィンを探しに来ていた」
アーウィンを探しに来てか。むしろこちらとぶつかって幸運だったかも知れんな。
長居は危険だ。ジョンとミヒャも巻き込むしかないのか。対峙するのはユウとリアーナ、戦力的にはこっちが上か⋯⋯。勇者といえどもあの傷で早々に動けるようになるものか? 王都まで辿り着けるのか? カルガの逡巡は続く。
「私がここに残ろう。本来の目的を見失うな。アーウィンを連れて戻り、【召喚の間】を封鎖してしまえ。リアーナの件はそれからでも構うまい」
マインの言葉にカルガは一瞥すると軽く頷いて見せた。
「これは一体どういう事ですの?」
ちょうどそこにキリエが戻ってきた。破壊された建物と負傷したふたりの姿に顔を盛大にしかめる。
「いいとこに戻ったな。アーウィンを連れて戻るぞ」
「戻るぞは構いませんが、これは一体⋯⋯」
「あとでゆっくり誰かに聞いてくれ。んで、アーウィンはどこだ?」
みんなが顔を見合わせて首を傾げた。
そういや、誰も知らなかったっけ。カルガは後ろ手に頭をガシガシと掻き、顔をしかめる。
「アーウィン。戻って来い」
カルガは空を見上げ、ポツリと願った。
◇◇◇◇
緑色の光環が弾け飛ぶ。アーウィンはその光景に満足気な笑みを浮かべる。アウフとラランが笑顔を見せ合うと、アウフはお手上げとばかりに軽く手を上げて見せた。
「どうだ? もういいんじゃないか。解砕するだけならオレより早いかも知れん」
「本当ですか! 良し!」
「シシシシ、アーウィンやるぅ~」
アウフのお墨付きを貰い、アーウィンは目一杯の破顔を見せた。
これでやっと合流出来る。ひとつ大きな山を乗り越えた感じに僕は安堵した。アウフとラランにお世話になってばかりで申し訳ないよね、良くしてくれたふたりの為にもやり遂げなきゃ。
「よし」
「ん? どうした?」
思わず気合が口から出てしまい、アウフが不思議そうにアーウィンの方を見つめる。
「あ⋯⋯気合入れたら声が出ちゃいました⋯⋯」
「そうか。やる気満々だな」
「もちろん! あらためてアウフさん、ラランも、本当にありがとうございました。必ずやり遂げて見せます!」
「そんなに気負うな。何も心配してはいない」
「そうそう。アーウィンなら大丈夫」
ふたりの笑顔に勇気を貰った。久々にやる気に満ち溢れる。
そういえば、お礼にラランを王都に連れて行く約束していたっけか、早く連れて行ってあげたいな。
「ララン、約束は忘れてないからね。王都を案内するから」
「シシシシ、約束、約束」
そんなふたりのやり取りをアウフは、慈愛のこもった笑顔で見つめていた。
「なぁ、アーウィン。ひとつお願いがあるのだがいいか?」
「もちろん。アウフさんのお願いなら何でも」
「そうか⋯⋯ラランも一緒に連れて行ってやってくれないか? 案内は二の次でいい。王都を見せてやりたいのだ」
「それは構いませんけど。案内出来なくてもいいのですか? 危険を伴う可能性も無くはないですが⋯⋯」
「ああ、構わない。ラランも見るだけで充分だろ?」
「うんうん。充分、充分。王都見たい!」
「分かりました。危険な目に合わないよう、十二分に気をつけます」
「すまんな」
「やったぁあああ!!」
危険な目に合わないように気をつけないと。お世話になったのだ、これくらいの願いは叶えてみせなきゃね。
喜ぶラランの姿を見つめ、僕は気を引き締めた。
◇◇
「大変お世話になりました」
「【召喚の間】とラランを宜しく頼む」
「はい! それじゃあ、行こうか」
「うん。行ってきまーす!」
「ふたりとも気をつけて」
アウフに何度も頭を下げ、大きく手を振った。
ラランとふたり集落を目指す。久々にみんなに会える。
自分に何か出来る事があるという事が、大きな自信となっていた。
素直にみんなに会いたいと思えた。
柔らかな陽光がふたりの背中を押す。湖のほとりが見えてくるとみんなの顔が浮かんで来る。
「みんな元気かな」
アーウィンはキラキラと輝く水面を見つめ、ひとり呟いた。




