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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
憂鬱の始まり

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来客

 ここに来て大事な事が抜け落ちていた。一番の不安。勇者にこんな事をして大丈夫なのか? いやいや、大丈夫なわけがない。これって僕も共犯になってしまうの? 直接は何もしていないけど⋯⋯。あ、でもハサミ渡したのは、僕だ。いや、でも⋯⋯。

 思考の迷路を彷徨う。出口なんて見えやしない。いや、ないのかもしれない。堂々巡りの僕の思考をカルガが、救ってくれるとは到底思えなかった。ああ、また新しい憂鬱が僕に寄りかかってくる。だが、不思議と後ろ向きにならない自分がいる事に、僕自身が驚いてもいた。


「カルガ⋯⋯、これって今さらながらまずくないですか? まずいですよね!? ど、どうしよう」

「ああ? ハッハァー、何を今更ほざいているんだ。こんなもんバレなきゃいいんだ、バレなきゃな」

「いやぁ⋯⋯。でも、どうやって?」


 カルガはニヤリと口角を上げる。びっくりするほどの悪人顔だ。何だかとてもいやな気がする。


「死人に口なしだ。コイツには消えて貰う」


 絶句するアーウィンにカルガは少し驚いて見せた。カルガにしてみれば何を今更という感じだ。


「おいおい、アーウィン。コイツが生きていたらオレ達があの世行きだぞ。気にするな、コイツらは元々こっちの人間じゃねえんだから」


 こっちの人間じゃない? そういえば転生者って言っていた。どういう事?

 思考の迷路はさらに複雑さを増した。


「それって転生者? だから?」

「そうだ」

「そもそも転生者って何ですか?」


 カルガは大げさに目を剥いて見せる。知らないものは知らない、仕方のない事だ。


「違う世界で死んじまって、こっちの世界に来たヤツらだ」

「へ? 死んでこっちの世界に? え? え?」

「おいおい、考えてもみろ。こんなバカみたいな力を有しているのが、普通の人間なわけないだろうが。獣人やエルフだって、あんな力は持っていない。存在自体がイレギュラーなんだ」

「え? でも、どうやってこっちの世界に? ええ? そんな⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯さあな。どうやってんだろうな⋯⋯」


 カルガの口が一瞬重くなったように感じた。ただ、そんな事より他の世界から来た人間が勇者として君臨している。巨大な力を持ち、住民から崇められ、この世界に存在している。


「他の勇者も⋯⋯ですよね」

「ああ。そうだ。バカみたいな力や魔術を操るヤツらがこの国を、この街を、うろついているんだ。冷静に考えてみろ、ヤツらがちょっと本気出したらこの世界をひっくり返す事なんてわけないんだぜ、危なくて仕方ねえ」

「ですが、彼らがいないとモンスターに襲われて⋯⋯、そう! モンスターに襲われて国が終わってしまうじゃないですか、それこそドラゴンなんかが襲ってきたら勇者がいないと歯が立ちませんよ」

「ゴブリンやオークに襲われて国が(ほろ)ぶか? ドラゴンねえ⋯⋯。そもそもお前はドラゴンを見た事があるのか? お前じゃなくてもいい、ドラゴンを見たってヤツに出会った事はあるのか?」


 カルガの鋭い視線が、言葉が、僕を射抜く。なぜだか彼の言葉には力があった。反論の余地を探してもその隙間は見つからない。


「では、なぜ彼らが存在しているのでしょう?」

「そんなもの、隣の国に勇者がいるからだ。こっちにいなかったら攻め込まれて一瞬で終わりだ。それは向こうも同じ、こっちに勇者がいるから向こうもいる」

「それは、分かっています。そもそも、必要な存在なのでしょうか?」


 カルガはニヤリと口角を上げる。視線は鋭く樽へと向いた。いや、きっと樽の中へと向いている。


「必要なんかねえよ。もともと、こっちの人間じゃねえんだ、お帰り頂くのが筋だ」

「向こうに帰れるのですか?」

「知るかよ。元々、一度死んでいるんだ。死んだところで、元に戻っただけだ」


 辻褄はあっているような⋯⋯。でも、やっぱり、人殺しの片棒を担ぐなんて僕には無理だ。そんな度胸も器量もない。きっぱりと断ろう。


「いや、でもやっぱり人殺しの手伝いなんて出来ません! 見なかった事にするのでお帰り下さい!」

「おいおい、相棒。今さら一抜けたはねえだろう。今のお前を見てみろ、コイツが消えるんで体は喜んでいるじゃねえか。自分に素直になれよ。しかも、殺すのはオレ達じゃない。ここで殺したらすぐに勇者が駆け付けちまう。勇者の生死を感知する能力を持っているのがいるらしいからな、うまい事やらねえと」


 そう言ってカルガはまた笑みを浮かべた。カルガの仲間が手を下すのかな? うまい事言い包められているって分かっている。だけど、心の深い、深い、所でポコっと何かが湧き立つ感じ。それが何なのか自分でも良く分からない。ただ、カルガの言葉にいちいち胸のすく思いがするのは分かる。もう逃げられない所まで来ているのか。いや、そもそも逃げる気はなく、見届けたい思いの方が強いのか。


「他の誰かが手を下すのですか?」

「まあな。誰って訳じゃねえけど、オレ達じゃない」

「樽の中は大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。打ち込んだのは酒を濃縮したものだ。八の鐘くらいまではいい気分で寝ている。夕刻の喧騒に紛れて出発だ。夜のピクニックと洒落こもうぜ。それまでオレは店の奥でコイツを見張りながら隠れている。普通に店を開けておけ、怪しまれるな」


 僕は黙って頷いた。表の札を開店にして、店のカウンターで先ほどの作業の続きに戻っていく。表に停めていた馬車は裏に繋ぎ、何食わぬ顔でカウンターに座った。自分でも驚くほど落ち着いている。触れてはいけない領域、そこに踏み込んだに違いない。だけど、僕の心は何故か穏やかだった。それが偽らざる気持ち。


「いらっしゃいませ、ご用件をお伺いします」


 僕はいつも通り、ニッコリと微笑んで見せた。


◇◇◇◇


 夕刻が近づくと、街の慌ただしさが始まる。仕事を終えて足早に帰宅を急ぐ人を、そうはさせないと飯処が食欲をそそる匂いを通りに漂わす。匂いに誘われるがまま、店に吸い込まれていく人、それを後目しりめに家路に就く人、それぞれが一日の終わりを謳歌し、笑みがこぼれていった。


「ぼちぼち、いいだろう。行くぞ」


 カルガが奥から顔を覗かせた。少し早いが閉店の準備を推し進める。


「アーウィン、ごめん! もう終わり?」


 閉店の札を掲げた扉から、男が現れた。

 間の悪い客を追い返そうかと一瞬迷ったが、急いでいるのを悟られては反射的にマズイと思い笑顔を向ける。


「大丈夫ですよ。どうされました?」

「新しい鍵の事で相談なんだけど」

「どうぞ」


 間の悪い時はとことん間が悪い。得てしてそんなものだ。ニコニコと笑顔で接しながらも内心は緊迫していた。八の鐘までは大丈夫と言っていたが、逆に捉えれば八の鐘がリミットという事。時間は刻一刻、簡単に削られて行く。客の言葉は僕の体をすり抜け、自分に焦るなと言い聞かせながら応対していく。


「⋯⋯ありがとうございました」


 一刻近くかかったのではないか。僕は急いで店を閉じる。カルガが奥から再度覗き、裏に回るように顎で指した。

 準備万端の馬車に飛び乗るとカルガはすぐに手綱を引いた。荷台だけの簡素な馬車に樽と男がふたり。荷運び中でも思って貰えれば、それでいい。


「すいません。遅くなってしまって」

「いや、あれは仕方ない。変に追い返すより後々の事を考えれば、あれで良かった」


 カルガは街中をゆっくりと進めた。喧騒溢れる街中を飛ばすのは目立ってしまう。ゆっくりと喧騒に溶け込むように進んで行った。先ほど七の鐘を告げる鐘の音が響いた。八の鐘と言っていたが、きっちりと八の鐘というわけではない。早めに目覚め、大騒ぎされれば全てが終わる。

 ガタっと樽から音がした。僕は心臓が止まるかと思うほど驚き、樽へと目を剥く。


「大丈夫だ。まだ起きる時間じゃない。急ぐ事に変わりはないがな」

「はい」


 緊張の度合いは跳ね上がる。僕は樽のフタに手を掛け、些細な動きも見逃さない。街を抜けるまでの時間がもどかしい。早く抜けてくれ。

 街の出口が見えてきた。残り数十M。僕は安堵の溜め息をつき、樽に置いた手の力を抜いた。

 ガタン。

 先ほどとは違う音が鳴る。


「チッ!」


 カルガは舌を打ち、出口を見据える。僕はガタガタ音を鳴らす樽を何事もないような顔で必死に押さえた。

 速度を上げれば、怪しまれる。急がないと中にいるアサトが本格的に目覚めるかもしれない。相反する事象を抱えたまま、馬車は出口へと向かう。



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