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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
共闘

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39/95

説得と贖罪

 その紫紺の法衣を纏う小柄な女性は、カルガ達を前にしてあからさまな嫌悪を見せた。長命のエルフだとして、姿からは一体いくつなのか年齢は全くの不詳。それなりに年齢はいっていると思うのだが、小さな容貌も相まって一見すると幼女のようだ。青く肩甲骨の辺りまで伸びた長い青金髪の上から、魔女が被る大きなとんがり帽子を被る。その赤い瞳は、まさしく森のエルフ(シルヴァンエルフ)。くりっとした森のエルフ(シルヴァンエルフ)には珍しいドングリ(まなこ)の可愛いさは、どこかに置いて来たのか、カルガ達を見つめる丸い瞳は険しく歪んでいた。


「イ・ヤ・だ!」


 その頑なな姿勢にカルガ達は何度となく、嘆息し、うな垂れる。ユクスに教えて貰った通り北西の集落でアベール・ハルカルを探し求め、すぐに接触は出来た。穏やかな笑顔で、こぢんまりとした部屋に通してくれる。お茶をご馳走になり、歓談はつつがなく進んでいく。満を持してカルガは魔法陣について尋ねた。するとアベールの表情は一変、あからさまな嫌悪を向ける。


「なんでだ? 悪用しているのを止めたいだけだぞ」

「そうですわ。あなたの知識が必要なのです。何卒、ご協力をお願い致します」


 カルガとキリエの何度目かの願いも、ぷいとそっぽを向いて険しい顔を見せるだけだった。


「まずはどうして、教えたくないのか教えてくれないかな?」


 アベールはコウタをひとつ睨み、口を開く。


「あんた達は嘘つきだ。耳障りのいい事だけぬかしてねえ、何でも盗んじまう。もうコリゴリだ」

「どうしたら、今までと違うと信じて貰えるのだ?」


 マインを一瞥してすぐにまたそっぽを向く。その姿にマインも嘆息するしかなかった。

 こりゃあ頑固ってだけじゃ利かんぞ。カルガの表情も渋くなっていく。ロクに話も聞いて貰えず、手詰まり感だけがこの部屋を包んだ。小さくて頑固な森のエルフは、目の前で難攻不落の要塞と化している。


「アベール! いるか!?」


 玄関先からの声に、アベールは困惑の表情を見せる。椅子から飛び降り、玄関へそそくさと向かった。


「アウフ!」


 アベールの驚きの声。そしてアウフという名が耳に飛び込んで来た⋯⋯。

 どこかで聞いた⋯⋯。

 マインが一同を驚愕の表情で見回した。


「マイン、どうしたの?」


 首を傾げるコウタを一瞥し、アベールの向かった先に顔を向けた。


「【結界】の研究者よ! ユクスが教えてくれた!」


 珍しくマインが興奮ぎみに声を上げると、一斉に驚愕の表情を浮かべた。運がいいのか、必要とする人間ふたりが今まさにここに揃っている。

 ただ、何でここに? アウフは人を避けて暮らしていると言っていた。研究者同士友人であっても、おかしくは無いのか?

 一同は興奮と困惑が入り混じり、ソワソワと落ち着きがなくなっていく。小さな森のエルフと戻って来たのは、壮年の美丈夫。その切れ長の目を一同に向け、少し首を傾げて見せた。


「聞いた話と違うな⋯⋯」


 アウフはポツリと呟きつつ、視線を忙しなく動かした。


「あんた、それにしても急になんだい。今まで寄りつきさえしなかったのに」

「まぁ、いろいろ思う所もあるさ。アベール、あんたもそうだろう」


 旧知の仲か。気負いの無いそのやりとりからそれが伺える。


「なあ、ここにキリエってやつはいるかい?」

「私ですけど⋯⋯あなたは?」


 唐突に自分の名を呼ばれ驚き、戸惑いを見せる。男は気にする素振りも見せず、少し唸って見せた。


「獣人との二人組って聞いているんだが⋯⋯」


 その言葉にキリエは目を剥いた。

 聞いたと言う事は、言った人間がいる。


「アーウィン! 生きているのですね!」


 キリエの感情的な言葉が、みんなの心に火を灯す。心のどこかに諦めが潜んでいたのは事実。大丈夫と信じていても確証が無ければ妄想のそれでしか無い。その場で全員が自然とハイタッチを交わしていくとカルガも笑顔でその輪に加わっていた。コウタがその姿に笑顔を向けると、またすぐに不機嫌な顔へ戻していく。


「そうか、みんなアーウィンの知り合いか。なら、いいんだ。伝言を預かっている。『僕は大丈夫。合流まで少し時間を貰うけど、必ず行きます』だと」

「うん、うん、うん」


 キリエはその言葉に何度も頷き、一同は安堵を見せた。

 カルガは安堵と驚愕が入り混じり少し興奮状態だったが、一息入れ、冷静さを取り戻しアウフに問いかける。


「あんたがアウフさんかい? しかも、この感じだとアーウィンを助けてくれたのか」

「ああ。川で行き倒れていてな。びっくらこいたぞ。あんな辺鄙な所でぶっ倒れているのを見つかるなんて、あいつはなかなかの強運の持ち主だな」

「あいつの運の強さは半端無いんだよ。ありがとう、オレ達からも礼を言わせてくれ」

「気にするな。ちゃんと恩を返してくれるらしいからな」


 アウフがへたくそなウインクをして見せると、コウタは盛大に噴き出し、カルガは苦笑いをしながら呟く。


「恩返しか、あいつらしいな」

「お前さん達は何でここに? あ! そうか、魔法陣か。教えて貰えたのか?」


 アウフの言葉にカルガ達は渋い表情を見せた。難しい顔して見せるカルガ達にアウフは察する。アウフは苦笑いで続けた。


「ああ、こやつは頑固だからな。手を焼いているのか」

「どうしたら信用して頂けるのか、分からなくてな」


 マインが嘆息しながら答えると、アウフはひとつ肩をすくめて見せた。

 キリエは固く閉じていた口を開き、真剣な眼差しを向ける。


「ここに来る途中、志半ばで倒れた仲間の為にも、やり遂げないとならないのです」

「そうかい⋯⋯なるほどね。お前さん達も本気だな。分かってはいたけど⋯⋯で、アベール。あんたはどうなんだ? 本気のこの人達になぜ乗らねえ」

「もうコリゴリなんだよ。騙されるのがさ。あんただって分かるだろうに」

「ああ、分かる。でもな、この人達の本気も分かる。言っている事に嘘はない。これで騙されたとしたら自業自得。本格的に何も学んでいなかった事だ。私は【結界】について教えるぞ。あんたも【魔法陣】の事を教えてやりなさい」

「イヤだね」


 アベールの頑なさにアウフは嘆息する。


「まったく、この頑固者が。贖罪の機会が来たのだ、これを逃すと次いつになるか分からんぞ。アベール、あんたは一族に対しての罪の意識を拭う事もせず、この先も悶々と抱えて朽ちるのか? この人達は既に動いて、【魔法陣】を物理的に使えなくしておる。あんたが力を貸せば、ちゃんと止める事が出来る。これは私達にも好機が訪れたのだよ、贖罪のな」


 そっぽを向いたままのアベールに、アウフの表情は引きつり始める。柔らかな声色で諭していたアウフから怒りに似たオーラを一同は感じ始めた。一触即発の冷えた空気を一同が感じた瞬間。


「こんのぉ、クソばばあ! いい加減にせんか! オレが手伝うんだから、お前も手伝え!」

「やかましいわぁ! じじいがギャンギャン喚くな!」


 アウフがキレた。キレるまでの速さにも驚いたが、一同はこの罵り合いを眺める事しか出来ない。もはや【結界】も【魔法陣】もどこかに行ってしまっていた。


「いい歳して、魔女っ娘か? 歳考えろや」

「なんじゃと!? お主に関係なかろう! そもそも、ガキみたく不貞腐れて出て行ったくせに」


 いつまで続くんだ、これ? カルガを筆頭に苦笑いで眦を掻いた。


「ちょっと、ちょっと待てって、ふたりとも。話が脱線し過ぎている。アベールもアウフに戻って欲しいんじゃないのか? その贖罪? ってのが出来れば戻れるのなら、オレらがそいつを遂行する。だから、ちょっと手を貸してくれよ」


 アベールは、怒りの表情のまま、ぷいっと横を向く。この姿にカルガも呆れるしかなかった。


「はんっ! こんなヤツどうでもいい!」

「そう、強がるな。あんたの盗まれた術式を盗み返して来てやる。これ以上子供を死なせる訳にはいかねえんだ」


 冷静なカルガの言葉に、アベールの頭は少しだけ冷静さを取り戻す。カルガを睨みつけ、大きく溜め息をついた。


「アウフ、本当にこいつら大丈夫なのかい? また盗まれたらどうする気だい」

「大丈夫さ。人を疑って生きるより、信じて生きていたい、だろう?」

「なんか上手く乗せられている気がするけど⋯⋯分かったよ、あんたらに【召喚の術】、【魔法陣】の事、教えてやるよ」

「やったぁー!」


 コウタが小躍りで喜んで見せると、一同は安堵の溜め息と共に笑顔を見せた。

 カルガも安堵と共に天を仰ぎ見て、ポツリと呟く。


「また、あいつに助けられたな」


 アウフの所で静養している、鍵屋に思いを馳せた。


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