勇者と呼ばれる者達
ラムザの玉座にだらしなく崩れ落ちているグスタの姿。その姿に誰もが目を背けた。日がな一日酒を浴び、気の向くままに欲を発していく。
流石にあれはちとマズイな。アラタの表情すら、その醜態をさらす姿に曇る。
「あいつどうするのさ? 使い物にならないよ」
ミン・フィアマが、緑色のおさげを揺らしながら玉座を顎で指した。
「あそこまで落ちるとは思わなかったんだよな。すげ替えるか⋯⋯」
「誰と? あそこに座りたがるやつなんていないわよ」
「ここにはな。ひとり、心当たりがあるんだ。勇者なら構わないだろう」
「誰が座っても、あれよりはマシね。好きにすれば」
「まぁ、じきに面白くなるさ。見ていなって」
アラタは不敵な笑みを浮かべる。ミンは肩をすくめて玉座の間をあとにした。
「で、心当たりって誰よ?」
「うわっ、急に声掛けるなよ。びっくりするじゃねえか」
「知らないわよ。ずっとここにいたのだもの。で、誰よ」
アラタの背中越しにユリカ・キタベが、唐突に声を掛けてきた。全くいるのに気が付かなかった。ナチュラルに気配消してやがる。本人曰く治療師は、的になりやすいので自然と気配を消すのだと、いけしゃあしゃあと言ってのけた。長身のショートカット。短い髪が少しうねって、両脇の毛が跳ねている。細い目と長身がアジア出身のモデルのようでもあり目立ちそうなものだが、気が付くといつの間にかに側にいて、いつの間にか消えていた。
「まだ、言えねえ。こっちから当たりもつけていないからな。当たってみてオーケーが出れば言うよ」
「ま、勇者って言っても結構いるものね。誰かなぁ~」
「呑気なやつめ」
「だって、暇なの。やる事ないのよね」
「他のヤツらはどうしている?」
「さあね。そこらへんで暇つぶしているんじゃない。探して見れば」
「いやだね。面倒くせぇ」
ユリカは肩をひとつすくめて去って行った。アン・クワイとマイン・リカラーズは、こっちにはつかないと見ている。ミンとユリカはこっち側か⋯⋯残りの三人がどう出るのか読めねえ。
その少年はひとり逡巡の素振りを続ける。爪を噛みながら鋭い目つきで思考の波を泳ぐ。絢爛な玉座も、欲にまみれた代償なのか酷く汚れ、物が散乱していた。
限界だな。
少年も玉座の間をあとにした。
◇◇◇◇
冷たい緊張が、居間に漂っている。豪奢な部屋の中、鋭い視線がぶつかり合っていた。一触即発も厭わない火薬庫と化したこの部屋。リアーナは目を剥き、ジョンは鋭く睨む。ミヒャは冷えた瞳で見つめ、ユウは何度も首を振った。
「あんた、どういう事よ! こっちはトルマジがやられたのよ。あんたのパーティーが鍵屋に手を貸していやがった、その落とし前どうつけるのよ」
「お前、いい加減にしろ! 何の根拠があって言ってやがんだ。証拠も何もねえくせに難癖ばっかつけてくるんじゃねえぞ!」
「はあ? トルマジが、カタにやられたって言ったのよ。それが証拠よ」
「そのトルマジがいねえじゃねえか。どうにだって言えんだろう、そんなもの。大体、トルマジがカタにやられる? 普通に考えてありえねえ。トルマジなんてオレらだって苦戦するんだぞ」
リアーナの表情が、一瞬固まり頭に上っていた血が、サッと引いていく。
「あ! そう言えばキリエは? どこにいるの?」
リアーナがひとつトーンを落とし何かに気が付いた。こういう時のこいつの勘はすこぶる面倒だ。ジョンは表情から悟られぬように必死に取り繕っていく。
「知るか。どこで何していようと関係ねえだろうが」
「勇者に仇なすのも自由なの」
「何言ってやがんだ、こいつは⋯⋯」
「馬が三頭いた。一頭は鍵屋、もう一頭はカタ、じゃあもう一頭は?」
リアーナはジョンの言葉を遮り、問いかける。リアーナの瞳が不気味な笑顔を浮かべた。その表情にうすら寒さすら覚え、一瞬言い淀んでしまう。
「⋯⋯その一頭がキリエとでも言うのか。バカバカしい。そもそも、カタが鍵屋と組んでいたというのすら怪しいのに、そんな荒唐無稽な話、信じられるか」
「トルマジは焼かれて死んでいた。あいつほどの手練れが、そう簡単にやられはしない。カタにキリエが加勢したなら、全ての話に筋は通る。馬が三頭いた訳、トルマジが焼かれた事、それと鍵屋がここから逃げられた事。全て辻褄が合う」
「こじつけだ」
困り顔で様子を眺めていたユウが、小さく手を上げる。
「トルマジの件は残念だ。優秀な人間を失ってしまったね。大きな痛手だ。カタの件だが、リアーナの言う通りかも知れない。カタが手引きしたなら鍵屋の脱獄は容易だったろう。ただ、キリエが絡んだというのはちょっと突飛な気はする。彼女がリアーナの言う通り、鍵屋と組んでいると考えるのは少し乱暴だな。キリエが鍵屋と組む理由も、接点も分からな⋯⋯」
「⋯⋯お前が見つけた鍵屋はどうした? なぜ、ここにいない」
黙って聞いていたミヒャがユウの言葉を遮った。
リアーナの口ぶりからアーウィンと接触したのは間違いない。ただ、出て来る言葉はトルマジとカタばかり。ミヒャの心がざわつく。
なぜ、アーウィンに触れない? 一番重要な所ではないのか?
ミヒャの赤い瞳が冷たくリアーナを射抜く。その瞳からリアーナは視線を逸らした。
こいつまさか⋯⋯。
ミヒャの瞳に殺気がこもる。
ヤバイな。その瞳を見たジョンはすかさず割って入った。
「お前、まさか重要な情報源を始末したりしてねえよな?」
ジョンはあえて低く感情を抑えた声色を響かせる。今にも飛び掛かりそうなミヒャを必死に抑える為、努めて冷静に言う。
リアーナはバツが悪いのかそっぽを向いたまま、不貞腐れた。
「始末なんかしてないわよ。そんな事をしたら怒られるの分かっているしさ。取り押さえたけど逃げられちゃったわ」
ミヒャとジョンは表情を変えず、心の中でほっと溜め息を漏らした。
良かった。
上手い事やったか。
「ただ、谷底にダイブしたから死んだかもね。川があったから運が良かったら生きているんじゃない。つか、あいつ悪運強いから死んでないか」
ミヒャは俯き目を剥く。表情を読み取られないように必死に取り繕った。
アーウィン!
拍動は激しくなる。今この場からすぐにでも飛び出し、捜索に向かいたい。
テーブルの下、ジョンの手が待てと示していた。
ミヒャはバレないように大きく息を吐きだし、冷静さを取り戻す。
アーウィンの気魂が【生命感知】で、分かれば⋯⋯。思うように出来ないもどかしさが、ミヒャの心を締め付ける。
あ!
「⋯⋯お前の妄言と愚行にはついていけない。こちらはこちらで勝手にやらせて貰う」
ミヒャはいつものように冷静な口調で言い放つと席を立ち、静かに扉から出て行った。
「んじゃ、オレもそうする」
ジョンもあとを追う。小走りでミヒャのあとを追いかけた。
「ミヒャ!」
「⋯⋯ジョンも出て来たのか」
「いいタイミングだったからな。どうした急に? 熱くなった感じじゃなかったから、何か引っ掛かったんだろう?」
「⋯⋯【生命感知】を使えと言われる前に離れた。あのふたりにキリエとコウタの場所は知られたくない」
「あ、なるほど」
ミヒャの言葉にジョンは大きく頷いた。ふたりは足早に廊下を進む。少しでも彼らから離れたい気持ちが足を動かした。
「アーウィンが心配だな」
その言葉にミヒャは立ち止まる。
「⋯⋯大丈夫だろうか。彼はいつも危ない目に合ってしまう。危険から一番遠くにいて欲しいのに」
「確かに。それでいて一番の鍵になっている。うん? ⋯⋯鍵屋だからか?」
「今は笑えんな」
「そんなつもりで言ったんじゃないぞ。リアーナの言葉じゃないが、きっと大丈夫だ」
「⋯⋯そうだな。ヤツの勘は当たるからな」
「そういう事だ。本格的にヤツらと袂を分かつ。これ以上は危険だ」
ミヒャはジョンの言葉に黙って頷く。
「【召喚の間】はどうだ? 動きはあるのか?」
「⋯⋯こちらが動いているからか、閉まったままだ。王族はよほど我々には知られたくないのだな」
「あの施設をなんと言っているんだ?」
「死者を送る場所だと言っている。そんな場所に勇者様を関わらせる分けにはいかないと、ふざけた事を抜かしている」
「止める気はないな。ミヒャの目が光っている内はおいそれとは出来まい。ただこうなるとマインが言っていたように、上の首を替えない事には止まる事はないよな」
「⋯⋯それは追々考えよう。召喚が止まっている今、問題はリアーナだ。あいつの動きはトリッキー過ぎる」
「正直、お手上げだ。関わらないのが一番だが、向こうから寄って来るからな」
「⋯⋯私達がすべきはアイツをキリエやコウタ達に近づけない事⋯⋯か、確かにどうすればいいのか思いつかんな」
「とりあえず、またいつもの場所で。立ち話も危険だ」
「⋯⋯分かった」
ふたりは人目を気にしながら廊下を右と左へ別れて行った。




