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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
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34/95

魔族

 そう大きくない家の中も綺麗に整理されており、所々に色鮮やかな小さな石が嫌味なく施されていた。初めて見る物ばかりで、コウタは若干興奮しながら部屋の中を見回していく。

 落ち着いた趣味の良い部屋。マインも小さく感嘆の声を上げながら部屋の装飾に見入っていた。


「ほれ、じいさん。待たせたな」

「おお! これこれ。待っとったぞ」


 カルガが差し出した二本の瓶を抱きかかえ無邪気に喜んで見せると、その姿にカルガも溜め息まじりに少しだけ笑みを浮かべる。


「やっと、笑ったな」

「あ?」


 マインの一言にまた不機嫌になる。


「ユクスさんは、お酒好きなの?」

「うん? そうでもないが、これは別。こっちで作れない味でな、手に入れるのが手間なんじゃよ」


 コウタに答えるユクスの、さも嬉しそうな笑顔にコウタもつられて笑顔になった。

 何の変哲もない果実酒だよね。技術は高いのに作れないのかな? 

 何だか不思議なギャップを感じる。ギャップはそれだけではない、眉目秀麗な容姿でいながら気取った所が微塵もない。いい意味で見た目を裏切っている感じに、好感度は上がっていった。それはマインも同じ。不機嫌なカルガを笑顔にさせた屈託のなさに、自然と頬が緩んで行った。


「なんかさぁ、【魔族】なんて呼んで失礼な気がしてきたよ」

「確かに。なんで彼らがそんな侮蔑に近い呼び名なのか分からんな」


 コウタとマインが小声で声を交わしていると、カルガは諦め顔で口を開く。


「じいさん達は【魔族】なんかじゃねえぞ。お前らも分かったみたいだな。彼らはれっきとしたエルフだ」

『エルフ?!』


 ふたりは声を合わせて驚いて見せると、カルガは面倒臭そうに続けた。


「森エルフ、シルヴァンエルフというのが彼らの正しい呼び名だ。お前らもここ来て分かったろう、おおらかで穏やか、人を疑うって事をまずしない。森で困っている人がいれば、誰であろうとすぐに助ける程のお人好し。性格はドワーフに近い、それでいてエルフのインテリジェンスも持ち合わせている。器用で頭もいいから技術の水準が高い。ただお人好し過ぎる上に、欲がないもんだから、時に騙されてしまう。だから身を寄せ合って、自らを守るようにひっそりと過ごしているんだ」

「王族は嫌いなんだよね?」

「ひっそりと暮らす事になったのは、王族のせいだ。ヤツらが彼らの技術を騙して盗み、その事を隠す為に虐げた。そして、ひっそりと暮らしているのをいい事に、【魔族】なんて呼び名を浸透させて人々が寄りつかないように仕向けた」

「酷い⋯⋯」

「どうかな? 本人に聞いてみろ」


 カルガはそれだけ言うと、果実酒の栓を開けた。カップになみなみと注ぎユクスに手渡すと、感嘆の声を上げながらゆっくりと味わっていく。


「美味い!」


 コウタはユクスのニコニコと幸せな笑顔を見つめ、カルガの言葉の意味を考えた。


「ユクスさんは【魔族】なんて呼ばれてイヤじゃないの?」

「うん? 別になんともだな。呼び方なんてどうでもいい。日々、笑顔で過ごせればそれで構わんし、こうやって静かに暮らしておれば、面倒事に巻き込まれる事もない。悪くないと思わんか?」

「⋯⋯そっか、そうだね。確かにユクスさんの言う通りだ」


 自分の質問が愚問だったとユクスの言葉に気付かされ、少し恥ずかしくなった。


「それより、お前さん達はどうしてカルガについて来たのだ? 何もないこんな村は退屈じゃろう?」

「そんな事はない。とても豊かだ。それが分かっただけでもついて来て良かったと思う。ラムザにもこのような村や集落があるのですか?」

「森があればきっとある。森の恵みがあれば生きていけるからのう」


 マインはユクスの言葉に笑顔で頷いて見せた。大きいなここの人達は。果実酒に舌鼓を打つユクスに空気は緩む。これは幸せな時間を共有している感覚。この人達はきっと周りの人間を幸せにする力を持っているのだ。自分にはきっとマネする事さえ出来ないと、マインは素直に羨望の眼差しを向けた。


「僕達は、王族が盗んだあなた達の術式を潰すヒントが欲しくて着いて来たんだよ」

「盗んだ術式?」


 コウタの言葉にユクスの手が止まった。上目でカルガを見つめる。


「まぁ、そう言う事だ。オレはひとりで来たかったんだが、こいつらが勝手について来やがった」

「盗んだ術式とは何だ? ありすぎて分からん。潰す? って何じゃ?」

「召喚の術だ。クランスブルグとラムザで行っている、あの術式を潰す方法を探している」


 マインの言葉にユクスの目つきが変わる。あきらかに鋭い目つきとなり、カップをテーブルの上にコトリと置いた。


「本気で?」

「もちろんです。あれは行ってはいけない術、これ以上被害者を増えるのは我慢出来ない」

「もう、クランスブルグでは妨害に入っているよ。一時的だけど術式は止まっているはず」


 マインとコウタの言葉に、ユクスは口元に手を置き逡巡していた。ふたりを見つめ溜め息まじりに口を開く。


「あれは、本当に禁忌の術だ。行ってはいけない。ワシらがいくら言っても王族のヤツらは聞く耳すらもたん。どうやって止める?」

「じいさん、それを聞きに来たんだ。これ以上被害を出さない為にどうすればいいか、知恵を貸してくれ」

「出来るのか? 王族だって黙っておらんぞ、そうなれば勇者とかいう輩も出張る。大丈夫か? カルガ」

「僕達が守るよ。でしょう? マイン」

「まぁ、そうだな」

「けっ」


 コウタの言葉が面白くないのかカルガはそっぽを向いた。ユクスはその姿に首を傾げる。


「何でカルガは、こうも反抗的なんじゃ? 志を同じくする同士ではないのか?」

「目的は同じだが、同士ではねえ」

「なぜじゃ?」

「こいつらこそが、その勇者だからだ。禁忌の術の答えがこいつらだ」


 カルガは強い口調で言い放つと、ユクスはその言葉に驚きを隠さない。驚愕の表情でマインとコウタを見つめていたが、やがてその瞳は慈愛に満ちた優しさを見せる。そしてひとり、納得するかのように何度となく頷く。


「そうか、そうか。お前さん達は呼ばれたのか、可哀そうになぁ。申し訳ない事をした。おい、カルガ。この人達も被害者なんじゃ、それなのに何だ! お前さんの態度は! 態度を改めんか、まったく」


 ユクスが子供をしかるかのように声を荒げる。驚くカルガの様子が可笑しくて、コウタは笑いを堪えるのに必死だった。


「じいさん、こいつらが子供を乗っ取ったんだぜ。こいつらがいなければ、子供は助かったんだぞ」

「ぶわぁっかもん! この人達は、来たくもない世界に訳も分からず呼ばれただけじゃ。勝手に呼んだのは、カルガお前達だ!」

「何言ってやがる! オレは呼んでねえ!」

「だからお前はバカ者だと言っておるんじゃ。この人達をあっちの世界から、こっちの世界に呼んだのは、お前やワシらこっちの世界の人間だ。大きなくくりで見たら、カルガ、お前も呼んだ世界の人間だ。もちろんワシもじゃ」

「そんな⋯⋯言い分が⋯⋯」

「なぜ禁忌か分からんのか? 子供の魂はもちろん、別世界で生きていた人の魂すら持て遊ぶからじゃ。安らかに眠っていた魂を叩き起こす事はあってはいけない。魂への冒涜とも言うべき行いだと思わんか、カルガ?」

「っつ!」


 返す言葉が見つからず、カルガはふてくされて黙るだけだった。マインとコウタは、ユクスの言葉を噛み締める。まさか、自分達を被害者だと言う人がいるとは思わなかった。当事者として、そんな意識は微塵も感じていなかったのだが、ユクスの言葉に考えさせられる。

 死んだ。あっちの世界では。

 もし、こっちに来ていなければ、ただひたすらに眠り続けていた。

 それが、正しい答えという事か。

 マインは考える。答えの出ない問い掛けを自身に投げ掛け、ぐるぐると同じ所を回っていく。


「呼ばれた事に関しては、恨んでいないよ。むしろ、知らない世界を知れてラッキーって思う。けど、子供の魂を追い出したのは、やっぱり頂けない。それは本当にいけないし、返せるものならこの体を返したい。それは、マインもジョンやミヒャ、キリエも同じだと思う」


 コウタは穏やかに語る。それが、本心であるのが伝わったのか、ユクスは何度も頷いた。


「カルガよ。こちらの世界の過ちを許してくれると、お前はどうする? いつまでも、理不尽にふてくされるのか? 受け入れる勇気も持ち合わせていないのか? お前はそんなに臆病なのか?」

「ユクスさん、いいんだ別に。カルガは、なんだかんだ言いながらも力になってくれているからさ」

「全く、頑固者が」


 ユクスはひとつ溜め息を漏らす。カルガはその姿を一瞥して、窓の外をわざとらしく眺めて見せた。


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