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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
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32/95

追跡者

 冷たい玉座にグスタは腰を下ろす。ただ座り、どうでもいい報告に頷く毎日。神官長と少年が忙しく動き回り、次の動きに向けて密談を繰り返していた。跪いて見せた所で、跪かせているのは自分ではなく、王という冠。彫刻の施された絢爛たる柱と壁に囲まれた豪奢な王の間。その広さが逆に自分を矮小な存在へと(いざな)っている。

 笑わなくなった。

 心の底から笑顔を向けたのはいつだったか。

 まるで遠い記憶。


「王グスタ、顔色が優れませんね。どうされました?」

「どうもしない。気のせいだ」


 少年は薄い笑みで機嫌を伺う。響かない言葉にうんざりとしているのが分かり、少年は笑みを深める。


「何か気晴らしでもいかがですか? あなたが望めば、何でも思い通りになりますよ」


 悪魔にも似た甘美な囁き。その囁きが地獄への一本道だとしても、すぐに抗えぬ甘さの虜となっていた。

 自らの欲を解放する。自らの欲に溺れる。

 出口のない深みへと、グスタはゆっくりと落ちて行った。

 その姿を、危機感を持って見つめる瞳。獣人らしい長い手足を組んで壁にもたれていた。

 狂い始めた歯車、いや壊れた歯車か。

 静かに息を潜め成り行きを見守る。勇者には珍しい狼人(ウエアウルフ)の男は、感情の揺さぶりは見せず、淡々とその様を見つめていた。

 少年は、その佇む狼人(ウエアウルフ)の姿を見つけると小走りで駆け寄る。薄気味悪い子供らしからぬ笑顔を湛え、対峙した。


「アン・クワイ。あんた、勇者の感知出来るんだろう? マインがどこにいるか分からないか?」


 気配を消して感知出来なくなるのを知らないのか?

 アンは黙って、スキル【生命感知(ヴィーテセンソ)】を発動させて見せた。体が纏う緑色のオーラが、スキルを発動したと告げる。

 いない事は知っている。

 むしろどこに行っているのか聞きたいのはこちらなんだがな。アンは表情を変えず首を横に振って見せた。


「いない。少なくともこの周辺にはいないようだ」

「あいつ、本当にクランスブルグに行きやがったのか⋯⋯」

「クランスブルグ?」

「あ、いや。気にするな。悪かったな」


 少年は気になる呟きを残し、去って行く。

 一体何をしている? 何が起こっている? 戻って来るのを待つしかないのか。

 組んでいた手足を解き、壁際から体を離した。王の間をあとにして、長い廊下をあてなく歩いて行く。

 あいつ、一体何をしているのだ? 

 頭に残る疑問符と共に足を動かしていった。


◇◇◇◇


 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯。


 自分の呼吸と後ろへと流れる景色。狩られる側の景色。

 ただ、今はそう簡単にやらすわけには行かない。少しでも遠くへ、こいつらを連れて行かないと。背中に感じる圧は時間と共に明らかに増している。

 どこかないのか⋯⋯、何かないのか⋯⋯。

 流れる景色の中を、飛び込めそうな場所を求めた。ただ、ひたすらに生い茂る木々の間を走り抜ける。だが、変化の乏しいその風景が流れて行くだけだった。

 破れそうな肺を抑え込み、耳元でうるさい拍動に焦りを感じ、それでもひたすらに足を動かす。もつれそうな足元に限界を感じたとしても、動かし続けなければならない。

 どこをどう走ったのか全く分からない、気が付けば傍らに断崖が迫る。選択肢は自然と狭まった。自らの吐く息と、擦れる草葉に紛れ、断崖から激しい水流音が漏れ聞こえる。下から届く水流音は、かなり高さのある断崖だと告げる。断崖に逃げ場は自然と狭まって行く。水流音とは逆へと舵を切った瞬間、目の前に何者かが飛び込んで来た。その影に足が止まる。飛び出す程高鳴っていた心臓は、更に強く打ち鳴らす。


「へぇー、あんたが鍵屋? 随分とひょろいわね。城を手玉に取ったヤツには見えないわ」


 猫背の猫人(キャットピープル)。女性としなくても、かなりの長身だ。その長い手が鞭のようにしなり、気が付けば体ごと吹き飛んだいた。抗う力さえ残っておらず、木の葉のように簡単に吹き飛び地面を転がる。起き上がる所を腹部から猛烈な痛みが襲い、また吹き飛ぶ。胃からせり上がった吐瀉物をぶちまけ、地面へと体を叩きつけた。


「汚ねえー」


 猫背の猫人(キャットピープル)が、ニヤニヤしながら顔をしかめて見せた。気が付けばその隣にはリアーナが満面の笑みで立っていた。その笑顔からは恐怖しか感じられず、僕の体は硬直してしまう。ゆっくりと体を起こし、リアーナを見上げる。リアーナから笑みは消え、僕の視線とリアーナの視線が交じり合った。


「あんたのその目が気に入らないのよ。さて、この間の続きをしましょうか」


 リアーナは腰からナイフを抜くと、なすすべなく一瞬で馬乗りになっていた。僕を見下ろすリアーナの瞳は爛々と輝く。鈍く光る刃先が、右目へとゆっくりと迫って来る。身動きの取れない体で必死にもがくも、頭を地面へと抑えつけられ自由は利かない。瞼を固く閉じるが、皮膚が破ける感触と共に、右目で感じていた光がプツリと消えた。


「がぁあああああああああ!!!!」


 痛みより右目を失ったショックで、僕は混乱する。叫び暴れようと必死にもがく。その姿をニヤニヤと薄い笑みで見下ろす猫人(キャットピープル)とリアーナを、左目から涙が零れ落ちる目で睨んだ。右目から零れるのは涙ではなく血。涙と鼻水と血が、アーウィンの顔をぐしゃぐしゃに汚していく。


「あああああああ⋯⋯」

「ぶわっははははははははは、喚きすぎだ! さて、話して貰おうかな、あんたのやった事、知っている事」


 見下ろすリアーナは、泣き喚く僕の姿を笑い飛ばす。悔しさと力を持たぬもどかしさに押し潰される。ズキズキと痛む右目の傷より、踏み(にじ)られた尊厳が痛い。力を持たぬ者を虫けらのように痛ぶる様に、人として何かが欠落していると感じた。そして、その感覚は恐怖へと変わる。アサトとはまた違う狂気を感じ、呼吸が浅くなっていく。息苦しさと共にリアーナの顔が近づくと、鋭い目つきのまま口角を上げた。


「ほらほら、早く言いなよ。次は手? 足? まさかの首? ウフフフフフフ」


 ナイフから剣に持ち替え、僕の瞳を覗き込んだ。僕は恐怖で直視出来ず視線を外す。


「そうやって素直にびびってればいいのよ。生意気な目を返されると頭にきちゃうからさ」


 眼前のリアーナが笑みを深めて行く。


◇◇◇◇


 さっさと行っちまいやがったぁ。

 トルマジは、駆け出すリアーナとユランを追うのを止めた。

 馬が三頭、鍵屋の仲間があとふたりいるって事だぁ。鍵屋がひとりで姿を現したのは⋯⋯なんでだぁ? 

 だよなぁ、残りのふたりを逃がしたいんだよなぁ。

 トルマジが踵を返し、繋いである馬の方へとひとり戻って行く。テクテクと歩いて戻ると、地面に顔をつけて痕跡を求めた。

 

 マズイな。

 

 トルマジの動きを睨むカタは、苦い顔でその様子を見つめている。側に控えるキリエに、もっと遠くへ動こうと指さした。

 ふたりは静かに移動を開始する。勇者とはいえ、キリエに肉弾戦は不向き。キリエを隠しながら、スキル無しの肉弾戦なら勇者にひけを取らないと言われるトルマジを相手にするのは、相応のリスクが発生する。

 逃げの一手。

 ただ、馬との導線上にトルマジが睨みを利かす。


「誰が追って来ているのですか?」


 足早に歩を進めながら、キリエは不安そうに声を掛けた。


「トルマジ。見かけによらず相変わらずキレる」

「彼女ですか⋯⋯アーウィンは大丈夫かしら?」

「人の心配している場合じゃないぞ」


 どうする。

 逡巡するカタの視線の先に大きな岩が重なり合っていった。


「キリエ、あそこの岩場に隠れろ。隙を見つけて、ここから脱出しろ。一度居住区に戻るんだ。なんかイヤな予感がする。何食わぬ顔して居住区にいるんだ」

「あなたは?」

「どうにかする。ひとりだし、どうにでもなる大丈夫だ。」

「でも⋯⋯」

「いいから、頼む。早く隠れてくれ! 絶対に見つかるな」


 カタの懇願に、キリエは大きな岩場へと逸れて行った。カタはそれを確認すると岩場とは逆に舵を切る。

 アーウィンと同じ事をしているな。

 疾走しながら苦笑いを浮かべた。左腕のハンドボウガンを展開し、ゆっくりと足を動かす。トルマジの視界にゆっくりと入り込んで行った。

 カタの姿に駆け出すトルマジの姿が視線に映る。

 カタはすぐにハンドボウガンの照準をトルマジへと向けた。

 剣呑な表情を向けるトルマジ。カタはゆっくりとボウガンを下ろし、トルマジへと駆け寄った。


「トルマジ! 何してんだ? こんな所で」


 カタが驚いて見せると、トルマジは首を傾げて見せる。


「お前こそ何やっているんだぁ?」

「何って見りゃあ分かるだろう、非番だからダチと狩りしているんだ。お前さんも狩りか? そうは見えないけど」

「うーん、そうだなぁ。ある意味狩りだぁ。うん」

「獲物は? なんだ? 鹿か? 猪か?」

「うーん、なんだぁ、すばしっこいヤツだぁ」

「何だそりゃ? まぁ、上手く行くといいな。じゃあな」


 手を上げ、カタは去って行く。キリエは上手くここを離脱出来たか⋯⋯。


「ちょっと、待ちなよ。ダチってのは誰?」

「誰? 言ったって分かんねえよ、古い馴染みだ」


 急な問いかけに、驚いた顔を見せてしまう。終わったという油断もあった。とりあえずぎこちない笑顔で答えると、トルマジの顔色が変わって行く。眠たげな瞼を見開き、カタの一挙手一投足を観察するかのように視線を向ける。その姿にカタは怪訝な顔を向けた。


「何だよ、急に雰囲気が変わったな」

「狩りするならよぉ、普通バラけないよなぁ。大人数ならまだしも。たった三人でバラけて狩りって? おかしくねえかぁ」

「誰が一番狩るか賭けてんだ。別段、おかしくはないだろ」

「んじゃあよ、そいつらはどこにいる?」

「その辺、見て回れよ。ひとりで狩っているやつらがいるからさ。そいつらがダチだ」


 早口にならないように、普段通りの口調を心掛けた。リアーナといい、ユランといい、トルマジといい、こういう事にだけ鋭い。普段はボーっとしているくせに厄介なヤツらに目をつけられた。


「おお! そうかぁ」

 

 トルマジが唐突に声を上げる。カタが怪訝な表情を向けると、トルマジは黙って背中の戦斧を手に持った。


「おいおいおい、物騒だな。なんだよ」

「お前がぁ、鍵屋を手引きしたんだなぁ。元々、衛兵だし、内情は勝手知ったるものだぁ。うん。繋がった」

「何、わけのわからない事を言っているんだ⋯⋯」

「あ。もう、そういうのはいいんだぁ」


 それだけ言い、トルマジの瞬速の戦斧がカタへと振り下ろされた。


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